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氷塞城市

AVANT

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 生まれ落ちる場所が、何百年も安寧の地であることは稀だ。

 己の場合は幸運な方であったろう。
 少なくとも、機敏に動けるようになるまでは平穏に過ごせた。

 ある時、眠っていたのに地響きで起きた。
 地上に這い出てみると、武器を持った人間がいた。
 たくさんいて、己を取り囲んだ。

 鉄というのは嫌なもので。
 打たれると体の髄まで響いた。
 
 殺されるのかと覚悟した。
 しかし見た目を気に入った人間が持ち帰った。
 しばらく囚われていた。

 所有主は将軍であったらしく、戦場に己を伴った。
 戦いを見ていた。

 老いて将軍は戦に負けた。
 それを怒り、己の尾を掴んで振り回そうとした。

 激昂した後はよく覚えていない。
 ただ、人間も食えるのだと知った。

 戦い方さえ分かれば。
 山の上の泉をおさえ、棲みついた。
 気ままに過ごした。
 時おり己の気にさわる範囲に入ってきたものを食う。
 それだけで安寧は得られた。

 ある時、1人の人間がやってきて話があると言った。
 うるさいので食ってやろうとしたが、なかなかに強かった。
 家移りしてこいと言われた。
 飼われるのは面倒だった。
 囚われるよりは幾分いいだろうという話になった。
 
 随分と離れた山の中にその人間の砦があった。
 盗賊が村を作っていて、その人間は姐さんと呼ばれていた。

 彼女なりに面倒をみてくれた。
 言葉を操れることを知ると、面白がった。
 姿も変じられるかと問われてやってみた。
 初めはうまくいかなかったが、姐さんが教えてくれた。
 
 周辺の国で戦が激しくなった。
 姐さんに傘下へつけと言いにきたものがあった。
 彼女はそれを一蹴し、喧嘩になった。
 砦に鉄の弾が飛んできた。
 
 最期に彼女が己の方へ駆けてきた。
 覚えず、こちらから噛みついた。
 またひどいことをされるのかと思って。
 姐さんはしょうのないと一言つぶやいた。
 鼻頭に触れただけだった。

 また1人になった。
 今度は森深い場所に湧く泉に棲みついた。
 木が太く生えていて、人間は滅多に来ない。
 土に潜って眠っていた。
 
 地面からどんどんと突かれて、目が覚めた。
 仏僧だという人間が杖で己の真上を騒がしていた。

 己の仕業で地面が揺れる。
 大水が出る。
 雷が降る。

 なんのことか知らない。
 けれど喧嘩を売られたから買った。
 
 僧は食ってやったが、鉄の棒が腹に刺さった。
 
 地中を這っていき川の下流の村を襲った。
 食っても傷は癒えなかった。
 耐えかねた人間たちが別の僧を呼びつけた。
 川のほとりに封じられて、動けなくなった。

 時が移ると体の上から社が取り払われた。

 ちょうど燕が飛んでくる季節だった。
 ふわりとした心地がした。

 今が天にのぼってみる時だと思った。

 人間の近づけない場所へ行こうとまた地を這った。
 社を取り払った仏僧は弱く、簡単に地中へ呑まれた。
 頭上の人間たちを押しのけて飛び立った。
 
 切り立った崖の上が具合よく思えた。
 近くには湖があり、川がこちらへ流れてきている。
 蜃気楼を吐き出してみた。
 楼閣は高く、上は霞んで見えないほどだ。

 昇っていくのはおもしろかった。
 しかし、途中で悟ってしまった。

 己は天へは行けない。
 人間に食らった傷が癒えない。


 この楼閣を地面に叩き込んでやりたかった。
 幼き頃より散々邪魔した人間が憎らしい。
 
 ふと、楼閣の中に姐さんを見つけた。
 盗賊の頭領を。




 天へ行く方法なら、ある。



 姐さんを見て思った。





 楼閣に取りついた蛟龍。

 鱗は白く、銀にふちどられている。
 金茶色のたてがみに、鳥の雛のようなやわらかい黄味の瞳を持つ。

 角はかつて傷を負い、治癒した跡があった。
 


 ってやんなよ。



 盗賊の声が聞こえた。
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