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荒魂
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「ここでは一番日が当たる場所だね」
言われてみればそうだった。
空には薄雲がかかっていて、暖かい場所は限られている。
氷の海から一番遠く、地面から高い。
敷地も広い。
いい場所だ。
庭には果樹が植えてある。
誰か世話していた。
「おかえりなさい」
愛想よく声をかけられる。
「ただいま」
自然とそう答えた。
木の世話をしていた人はなっていた実をくれる。
すももだ。
「あんたはひいきだね」
姐さんが言う。
「なんだろう。理由はわからないけど。
あなたのこと、嫌い」
藍はじとっと彼女を睨んだ。
主殿や泉殿がある大きな武家屋敷のようである。
姐さんは囲炉裏に火を起こすと勝手に服を脱いで乾かし始めた。
「ああ、冷えた」
その声に誰かがやってきて盆に乗せた熱い茶を置いて去った。
「お嬢さん、ここはどこだって聞かないね」
体があったまってきて機嫌を直したらしい。
笑って話す様子は思ったより若そうだ。
「蜃気楼の中なんでしょ。
昊から聞いてる。
ここは司城さんの楼閣」
「吏王って」
彼女は鼻で息を吐いて言う。
「呼んであげた方が喜ぶね。
いい名前だろ。あいつっぽい」
「あなたの名前は?」
「忘れた」
自分の名を忘れた姐さんはけろっとしていた。
「あたしもひいきでね。
普段はここを仕切っている。
だから姐さんでいいんだよ」
茶が冷めるよ、と勧めてくれる。
人と暮らしたのは戦国時代あたり。
するとこの人はその頃ここに入ったのか。
「帰るなら帰りな。
けどその前にまちを見てっておくれ。
いつ消え失せるか分からないまちだよ」
姐さんは藍を観察していた。
値踏みされているようで気分が悪い。
「お嬢さん、それ。
その石、触っていいかい?」
姐さんは藍のペンダントを指差した。
「嫌」
藍は速攻で服の中に隠す。
ち、と言われた。
「この家の主人はお嬢さんだから自由にできる。
世話するものはいつでも起きてる。
勝手に入ってくるのはあの白龍くらいだ。
入ってきたからって気にすることはないよ。
ほっときゃいい」
「白龍?」
藍は吏王の龍の姿を見たことがない。
昊は一言だけ、かっこいいと言っていたが。
服があらかた乾くと姐さんは帰っていった。
自分は石の楼閣に住んでいる、と教えてくれる。
その顔つきからして優越を感じてるようだ。
タワマン、か……?
ちょっと扱いに戸惑いながら藍は納得する。
静かな世界だ。
藍は背中を乾かし始める。
映像で見ただけだが、昊の城市になら行ってみたい。
みんな楽しそうに暮らしていた。
果物を配り歩く妖怪。
テーブルを囲む人間と動物。
ボードゲームなんかしていた。
朱塗りの楼閣は角に綺麗な金細工の灯籠が下がる。
いろんな生き物が楼閣を訪れる昊に話しかけていた。
昊のように笑顔だった。
「疲れた……」
喧嘩っていうのは、疲れる。
普段力を入れないところで踏ん張るし。
人間の体は柔らかくて、すぐ怪我をする。
はあ、とため息が出た。
「こちらにご用意がございます」
慌てたような声がふすま越しに聞こえる。
開けてみると、浴衣とかい巻き、布団が用意してあった。
やばい。
うっかり何か言うとやってもらっちゃう。
至れり尽くせりか。
藍はのけぞりかける。
蜃気楼から出るには、覚えていないといけないことがある。
ここが誰の蜃気楼か。
自分はどこからきたのか。
そして、出入り口。
出るチャンスは一度。
言われてみればそうだった。
空には薄雲がかかっていて、暖かい場所は限られている。
氷の海から一番遠く、地面から高い。
敷地も広い。
いい場所だ。
庭には果樹が植えてある。
誰か世話していた。
「おかえりなさい」
愛想よく声をかけられる。
「ただいま」
自然とそう答えた。
木の世話をしていた人はなっていた実をくれる。
すももだ。
「あんたはひいきだね」
姐さんが言う。
「なんだろう。理由はわからないけど。
あなたのこと、嫌い」
藍はじとっと彼女を睨んだ。
主殿や泉殿がある大きな武家屋敷のようである。
姐さんは囲炉裏に火を起こすと勝手に服を脱いで乾かし始めた。
「ああ、冷えた」
その声に誰かがやってきて盆に乗せた熱い茶を置いて去った。
「お嬢さん、ここはどこだって聞かないね」
体があったまってきて機嫌を直したらしい。
笑って話す様子は思ったより若そうだ。
「蜃気楼の中なんでしょ。
昊から聞いてる。
ここは司城さんの楼閣」
「吏王って」
彼女は鼻で息を吐いて言う。
「呼んであげた方が喜ぶね。
いい名前だろ。あいつっぽい」
「あなたの名前は?」
「忘れた」
自分の名を忘れた姐さんはけろっとしていた。
「あたしもひいきでね。
普段はここを仕切っている。
だから姐さんでいいんだよ」
茶が冷めるよ、と勧めてくれる。
人と暮らしたのは戦国時代あたり。
するとこの人はその頃ここに入ったのか。
「帰るなら帰りな。
けどその前にまちを見てっておくれ。
いつ消え失せるか分からないまちだよ」
姐さんは藍を観察していた。
値踏みされているようで気分が悪い。
「お嬢さん、それ。
その石、触っていいかい?」
姐さんは藍のペンダントを指差した。
「嫌」
藍は速攻で服の中に隠す。
ち、と言われた。
「この家の主人はお嬢さんだから自由にできる。
世話するものはいつでも起きてる。
勝手に入ってくるのはあの白龍くらいだ。
入ってきたからって気にすることはないよ。
ほっときゃいい」
「白龍?」
藍は吏王の龍の姿を見たことがない。
昊は一言だけ、かっこいいと言っていたが。
服があらかた乾くと姐さんは帰っていった。
自分は石の楼閣に住んでいる、と教えてくれる。
その顔つきからして優越を感じてるようだ。
タワマン、か……?
ちょっと扱いに戸惑いながら藍は納得する。
静かな世界だ。
藍は背中を乾かし始める。
映像で見ただけだが、昊の城市になら行ってみたい。
みんな楽しそうに暮らしていた。
果物を配り歩く妖怪。
テーブルを囲む人間と動物。
ボードゲームなんかしていた。
朱塗りの楼閣は角に綺麗な金細工の灯籠が下がる。
いろんな生き物が楼閣を訪れる昊に話しかけていた。
昊のように笑顔だった。
「疲れた……」
喧嘩っていうのは、疲れる。
普段力を入れないところで踏ん張るし。
人間の体は柔らかくて、すぐ怪我をする。
はあ、とため息が出た。
「こちらにご用意がございます」
慌てたような声がふすま越しに聞こえる。
開けてみると、浴衣とかい巻き、布団が用意してあった。
やばい。
うっかり何か言うとやってもらっちゃう。
至れり尽くせりか。
藍はのけぞりかける。
蜃気楼から出るには、覚えていないといけないことがある。
ここが誰の蜃気楼か。
自分はどこからきたのか。
そして、出入り口。
出るチャンスは一度。
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