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同属

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 厳寒の候。
 コーヒーが売れる。

 最近は駅のゴミ箱に店のカップが増えてきた。
 認知度が高まってきたようで嬉しい。
 配送の数も増えてきていた。
 藍の真の目標は配送だけで生活費を賄うこと。

 もこもこの昊が駅に向かって出る。
 数分違いで司城が店に来た。

「こんにちは。
 営業の途中なんですけど、今日は寒くて。
 寄っちゃいました」

 ほんとに寒いですよねえ、なんて話をする。


 彼は年末に挨拶して以降、週に1~2回は買いに来ていた。
 着々と店のデジタルスタンプを貯めている。

「次は1杯無料ですよー。
 いつもありがとうございます」
 
 無料券が発行された画面を見て藍が言った。
 こちらは彼の会社に一度も貢献していないのに、ありがたい。

「藍さん。
 2月はオフ日、ありますか?」

 店舗営業はしていなくても何かと仕事をしてしまう自営業を気遣った聞き方だった。

「今度の日曜日は仕事休もうと思います。
 商店街の仕事、何か頼まれましたか?」

 たまに、商店街の人足募集が人伝に回ってくることがある。
 藍はそれかと思った。
 司城は年末の片付けで力仕事ができると知られている。
 誰かから直接そいういう頼みが来ていても不思議はなかった。

「一緒にお出かけしてくれませんか?」

 にこっと笑って彼は尋ねる。
 藍ははぁっと息を詰めた。
 昊がいることは誰かから聞いているだろう。
 だからどういう意味だと思った。

「それは無理です」

 意味は分からなかったが藍は即答する。

「残念です」

 司城は去り際に、また今度誘ってみます、と言った。

 重ねて断ろうと口を開きかける。
 ちょうどそのタイミングで常連さんが来た。
 
 びっくりしたあ。

 後から、理由を尋ねてもよかったかな、と反省する。
 司城はここに来たばかりだ。
 同年代の一緒に出かけられる人間がいないのかも知れない。
 遠くから転職のために越してきたとしたら。
 それもあり得る。

「藍、ただいま」

 ぱたーん、と出入り口を開けて、昊が元気よく帰ってきた。
 そしてまたちょっとの間変な顔をした後、作業テーブルに向かう。

「今日のこれ、俺が届ける」

 1件だけ昼前に届けるように指定されていた。
 届け先は司城の勤める掃除屋である。

 先ほどのことを思い出して藍は逡巡した。
 結局お願いする。

 藍がこの注文を受けていた時、変な感じがしたのだ。
 この1ヶ月ちょっと感じていたものと同じ。

 藍は霊感の類が一切ない人間である。
 実は店に人外の者が来ていても見分けられない。

 昊は見抜いているが、言わなかった。
 事情があるのかもしれない。
 そもそも他の生き物になんか興味が薄い。

 人の中にうまく隠れ潜む者もある。
 そういうやつは正体がわからない。
 実際会ってみなければ。

 昊は今日、絶対に掃除屋へは自分が行くと決めていた。
 最低限、藍にくっついていこうと。




 会社の通用口から声をかけた。

 給湯スペースに奥さんがいて、いそいそとスマホを起動させる。
 いま社内におかしな気配はなかった。
 やはり違和感は生き物によるものなのだ。
 電子スタンプを押して帰ろうと戸口を出る。

 その時、あの気配が外から帰ってきた。
 店舗脇の小道で昊は足を止める。
 お、と男性の声がした。
 
「コーヒー屋さん?」

 昊より高い位置にある目線を下に落とす。

 昊はちょっと目を大きくして相手を見た。
 予想外の正体に動きが止まる。

「……のとこのぼうずか。
 今日は一人で配達してえらいんだな」

 その、態度。

 一寸にやりとして。
 いっぺんに嫌いになった昊は相手を睨み上げた。

 初めて会ったが、まるで仲良くする気がない。
 そればかりか敵意があった。

 お互いがお互いの生き方を嫌っている。

「藍にまとわりついてるな、お前」
「べったり絡んでる甘えん坊は誰だっけ」
「お前のようにわざわざ寄ってきてまとわりついたわけじゃない」
「つまるところまとわってんだ」

 かぁっとなった昊の周りに風が吹き始める。
 会社の裏手に雨雲が集まってきた。

「キレやすいなあ。甘ったれは」

 ふ、と笑うその目は言っている。
 力勝負なら受けると。
 
 相手は昊の雲を消し去った。

 戸口のがたがた言う音がする。
 二人は動きを止めた。

「吏王くん、おかえりなさい。
 コーヒーが届いたの。淹れてあるからどうぞ」

 勝手口から顔を出した奥さんが声をかけてくる。

「どうも」

 そう言った時のその顔は、貴公子みたいで。

 昊はそれに対して毒づくような言葉を知らなかった。
 ただし、理解はしている。
 その表情は作り物だ。
 心の入らない笑顔なんかで人間を操ろうとしている。


 昊は敷地を出た。

 こーちゃん、といつものように声をかけられる。
 うまく受け答えできたか分からない。
 動揺していた。

 店ではなくて家の玄関から帰った。
 藍にすぐ話せると思ったのに、来客中だ。

 昊は一言挨拶したまま玄関に突っ立っていた。

 その様子に気づいた藍がすぐに客を返す。
 別れ際に何か受け取った。

「昊、何があったの?」

 心配そうな顔で藍が尋ねる。

「蛟龍がいる」

 昊も心配そうな顔をしていた。

「藍に近づいてきてたやつは、蛟龍だ。
 俺より長生きをしている」

 藍の頭に司城が浮かぶ。

「あれは意地悪なやつだ。
 藍に近寄っていいやつじゃないぞ」

 意地悪?

 昊は人を悪く言う言葉をあまり知らない。
 それだけではどんななのか測りかねた。
 しかし。

「昊、確かめてきたんだね。
 何か嫌なことがあったんだ」

 自分が行けばよかったと後悔した。
 昊に嫌な思いをさせてしまった。

「ごめんね。次から配達は私がやる」


 牛乳あっためようか?と昊に聞く。
 それくらいこわばっていた。
 この温厚な蛟龍はうんと頷く。


「今さっき来てたの、電気修理屋さんの奥さん」


 昊を作業テーブルに座らせながら藍が教えた。

「おかしな話なんだけど。
 山の中にある家を買ってくれない? っていう」

 店の方に回ってホットミルクを作ってくる。
 
「豆の焙煎なら、そういう空気の綺麗なところでどう? だって。
 おうち自体はここから車で30分くらいかな」

 けどねー、と苦笑した。

「里山付きの土地らしくてさ。
 草刈りや筍の管理の方が時間取られそうなんだよね」
「たけのこ」

 昊が好きな食べ物に反応する。

「俺は地面の下を掘って根こそぎかじれるぞ」
「……やりたい?」

 牛乳を飲んで嫌なことを忘れることにした男の子を見る。
 きっと昊は楽しそうにやると思った。

「しかしこの店に家を買うような余剰利益はない」
「こんにゃろう」

 真顔で突いてくる。

「まあ、そのとおりだから断ったの。
 でも一度見てほしい。
 泊まりで確認してほしい。
 一度っていうか今月いっぱいいてもいい。
 そう言われたんだよね」
「裏がある話?」
「あるね、きっと」

 空き家対策?
 住んでいるんですよって体を示したい?

 それか、この真冬の間に一度草を刈って欲しい?
 泊まりがけで。

「店舗売上の3日分を買い取るから一回行ってきてって」

 藍は見慣れない鍵を見せた。

「ログハウスなんだって。
 昊、丸太の家って住んだことある?」
「ない」
「行ってみる?」
「うん」
「司城さんから今日はちょっと遠のきたい?」
「うん」

 素直。

 そんなに嫌なことされたのか。

 藍はムカっ腹が立つ。
 うちの昊が文句を言われる筋合いなんてないはずだ。
 ここからいっとき離れたい様子の昊に心が痛む。


 いまいち、蛟龍が同じ商店街に2ひきいることの意味は分かっていない。


 だが昊より長生きということは、彼もまた近々天にのぼるのだ。
 できなければ海底に行く。
 それでなければ弱って死ぬまで人間の世界で暮らす。




 昊と同じ立場のものが、藍の前に現れた。
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