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いま必要なもの

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 屋敷の門が開いた。
 庭には大きな池があり、大きな魚がたくさん泳いでいる。
 こうは飛びつくように橋の欄干を両手で掴んだ。

「すごいな! こんな庭だったらいいのに」

 らんと住んでいる家の庭では、確かに無理かもしれない。
 魚が息苦しいだろう。
 
 池のはたには時期でもないのに杜若かきつばたが咲いていた。
 昊は駆け寄ってじっと見る。

「食べたいー……」

 けれど、何故だかまだダメだという気がするのだ。
 昊はんんん、と唸って池から離れた。

 この屋敷は古い日本家屋である。
 玄関で靴を脱ぐ。
 
 手本を示すように草履ぞうりが揃えてあった。
 昊は自分の足元を見て、靴を脱ぐ。

 これは人間に変化するときできたものだ。
 もとはきっと鱗か何か。

 草履の横に同じように揃えておいた。

「おじゃまします」

 藍に教えてもらった通り挨拶する。
 150年前の昊の生活ではあまりしない挨拶だ。
 「いるかい?」とか「上がるよ」とかでよかったから。
 
「庄屋様のお屋敷みたいだ」

 梁は太い天然木で、欄間には透かし彫りがされている。
 台所ではお祝い事でもあるかのように大きな鍋がかかっていた。

 入ってすぐの部屋にはたくさんの膳がある。

「お祭りか」

 昊は目を丸くした。

 村のお祭りのときだってこんなに真っ白ではなかったかもしれない。
 砂糖の山もあった。

 世話をしてくれた人間たちの顔が浮かぶ。

 昊はそれでも何も手に取らなかった。
 次の間へと襖を開く。

 次の間は少し暗かった。
 黒い木でできた箪笥がある。
 引き出しを開けてみると、きらきらした石が並んでいた。

「綺麗だな……」

 王様の部屋を思い出す。

 透明なものもあれば、そうでないものもあった。
 王様の部屋はぴかぴかした石と、すべすべした木と。
 ふわふわした羽や毛があったっけ。

 お后様方の装いも綺麗だった。

 真ん中の小さな引き出しに、青い環が収められている。
 
「夜のあいいろ」

 強く惹かれるような瞳でそれを見つめた。
 あまりに綺麗で、持って帰りたいと思う。
 指にひっかけて取り出してみた。
 傷ひとつない。

「でも、これじゃない」

 自分に言い聞かせるように昊は言った。
 静かに環を元の場所へ戻す。

 この屋敷の主はきっと他のものも用意している。
 
「主はよく、俺の好きなものばかり集めたな。
 大変なことであったろうに」

 奥の間へ行く襖を開けた。
 そこは最後の部屋のようである。
 三方の壁に出入り口はなかった。

 奥の壁にくっついて文机が置かれている。
 何枚か紙が置いてあった。
 
 この部屋は暗い。
 行灯が机のそばにあった。

 昊は近づいてしゃがむ。

「……市役所?」

 様々な届出用紙があった。

 あったが、昊は封筒を手にする。
 中を覗くと「戸籍」という文字が見えた。

「これにする」

 にっこり笑って立ち上がる。
 昊は引き返して歩き出した。

 諦めきれなかったのか、2番目の部屋の青い石をもう一度眺めた。
 
 藍の顔が脳裏に浮かぶ。
 彼女はよく言う。
 稼いだら、それができる。

「稼いで、買える」

 掘ってもいいが。
 現代は買う方がいいのかな。

 藍に聞いてみよう。

 昊は引き出しを閉めた。

 玄関で靴を履いて、家の主に挨拶する。

「おじゃましました」

 庭の池をもう一度よく眺めた。
 1人しか乗れなさそうな小舟がある。
 池の奥まで行って魚をとるのかな。
 それとも杜若を食べる?

「素敵なお庭だ」

 姿の見えない家主に向けて褒めた。
 門を出て白い花の咲く木の間を戻る。

 ここは瑞気に満ちていて心地よかった。
 大きな岩の前を通るとき、屋敷を仰いで見た。

「ありがとう。助けてくれたんだな。
 迷い家マヨヒガよ」


 幻のように屋敷が薄くなっていった。



 麓に藍の気配がする。

 小道を辿ると小さな家があった。
 昊はそれを知っている。

 幼い頃世話になった家だ。

小梅シァオメイらんはいる?」

 玄関で声をかける。
 すぐに小柄な女性がやってきた。

「おりますよ。
 もう主のお招きは済んだのですか」
「済んだ。
 帰らなければ」


 懐かしい顔に胸がいっぱいになって、昊は小梅を見つめる。


「昊」

 藍が話し声にこちらへやってきた。

 映像はまだ続いている。
 昊が楼閣を現したところだった。

 彼女を見た途端に昊はぱっと顔を明るくする。

「藍。帰ろう」

 その手を引っ張って外へ連れ出した。

小梅シァオメイ、ありがとう」

 昊が言うと、彼女は深くお辞儀をした。


「昊、あんたさっきの何語?」

 小道を歩きながら藍が聞く。

「知らない」

 昊が何だそれ、という顔をした。

 藍が聞いたのは外国の言葉だった。
 何を話していたのかさっぱりわからない。
 昊だと最初は気づかなかった。

「待ってる間、彼女に昊のこと教えてもらったよ。
 昊は黒い蛇の赤ちゃんで生まれたんだね」
「うん」

 細道を抜け出るとき、また変な感じがする。
 昊はそこで息を吐いた。

「領地を出られた。良かった」
「領地?」
「そうだ」

 昊は藍の顔を間近に覗く。

「あれは迷い家マヨヒガの幻だ。
 もてなしをひとつ受けなければいつまでも出られない」
「それって、妖怪?」

 藍は眉をひそめた。
 カワウソの仲間かと思ったのだ。

「……山の神だ」

 藍は何も知らない。
 知らないだけに時々、とても失礼。

 おかしくて笑った。
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