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Catch A Dragon

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 7月の月締間近である。

 藍はその日もコーヒースタンドのカウンターに立っていた。
 時間はもうすぐ11時。
 閉店だ。

 夏休みに入って通学客が減った。
 しかし部活の子の需要はあるから、夏の間は限定でアイスティーを扱う。
 甘くしたりミルクを加えたりして疲れを癒すやつ。
 
 それでも心許ないから、夏休み期間は出張もする。
 週末は大きな公園の一角を借りていた。
 お子様用に100%のジュースを出すからあまり利益はない。
 可愛いから割は食ってないと思う。

 ホームが2つしかない駅から7分の距離にある店。
 駅前の商店街の端にある中古住宅を買ったのは2年前だ。

 費用がそんなにかけられないため外面だけ改装している。

 1階部分は元々店舗だった。
 壁をぶち抜いて補強してもらったあとは自分で棚などをつけた。
 棚の背後にある作業テーブルも、端材をもらってきて作った。

 2階も同じようにしてもらった。
 住みながら壁を作ったりキッチンや浴室などを搬入した。
 少しずつ手作りで仕上げた。

 藍は大学生の頃にコーヒーの焙煎に興味を持った。
 大学生活のほとんどを焙煎の練習に費やすくらいハマった。
 
 就職を考えた時、これを続けられる職業は何か考えた。
 藍は就職活動をやめてキッチンカーを買った。

 その時には、付き合っている年上の人がいて、応援してくれていた。
 藍が大学1年生の時の院2年生で、ずいぶん大人に思えた。
 付き合ってすぐ相手は社会人になった。
 
 藍が大学生の時はまだうまくいっていた。
 コーヒースタンドをやり始めてからうまくいかなくなった。
 仕事を辞めてしまったし、かといって藍と店をやるわけでもない。
 

 この店舗兼住宅を購入した直後、別れてしまった。

 だからここは藍の城。
 自力で作った大切な場所だった。

 11時になったので、カウンターのシャッターを下ろした。

 外側に回って鍵をかける。
 これは地味に面倒で、大きなミスであったと思っている。
 稼いでから直す予定。
 手のかかる子って可愛いものだ。

 昨晩は大雨になった。
 そのせいか、昼前の空気はまだ蒸している。
 店舗の裏手にある庭もぬかるんだままだ。

 今年は庭の方もなんとかしないとな。
 
 藍はそう思いながら出入り口に鍵をかけた。
 駅の中に設置させてもらっているゴミ箱を回収してこなければならない。
 1日1回、昼前後に行くことにしている。

 駅に行って、戻る。
 その間20分かかっていないはずだ。
 住居側の玄関に回ったところで異変に気づく。
 
 ぬかるみに、藍のものではない足跡があった。
 
 辿っていくとそれは窓の方へ。
 この家の玄関は広い。
 浴室も難なく搬入できた。
 子ドアが親ドアと同じ大きさ。
 その横には窓がある。
 1間幅の窓が。
 割れている。


 泥棒だ。


 藍は一瞬で判断した。

 前の家のを再利用したのが間違いだったのか。
 何十年も使われてきた窓はさぞかし破りやすかっただろう。

 リフォーム業者の忠告を聞いておけば良かった。

 防犯用に鉄格子だけでもつけた方がいい。

 おじさんもおばさんもそう言ってくれたのに。
 稼いでからにします!なんて。

 稼ぎをとられたら元も子もない。

 玄関を音を立てないように開けた。
 泥のあとは、玄関から右手に上がっていく階段へと続く。
 壁際で折り返して、2階へ。

 藍は玄関のほうきを握った。
 
 やっつけてやる。

 2階までは土足で行ける家だ。
 藍は階段を大股で駆け上がる。
 人が息を呑む気配がした。

「だっ…」

 誰だ、と問おうとしたが、知っている人物だったので黙る。
 2年前までつきあっていた奴だ。
 
 あろうことか藍の寝室にいる。
 ベッドの足元に作りつけた棚を物色した後があった。
 そして現在は物置の方で金庫を引きちぎろうとしていたようである。
 藍と目があって、脂汗をかいているようだ。
 
 彼は金庫を投げ落とすと窓に取り付く。
 がちゃがちゃ言わして鍵を解いた。
 藍ははっとしてほうきで攻撃し始める。
 
 最低だ。今更泥棒か。最悪のオッサンだよあんた。

 罵詈雑言が後から後から出てきた。
 彼の方は部屋の大きな窓から逃れようとして、尻込みしている。

 落ちて足でも骨折すれば追う手間が省けるのにと思った。
 藍はほうきを床に投げ捨てる。

 ベッドから、マットレスを持ち上げた。

 うりゃあって叫んだ。
 マットレスに押し出されるように、泥棒は庭へ落ちていく。

 そのまま地獄へ行け。
 そんな気分だ。

 マットレスに押しつぶされた人間を突き出してやろうと通報する。
 寝具は死亡したがやむを得ない。

 電話しながら一瞬空を仰いだ。
 もぞもぞしているマットレスを睨み、また空を見る。
 
 だって何か見えた。
 何か落ちてくる。

 それはあっという間に大きくなって、まっすぐマットレスにぶつかった。

 ぎゃあ、と声が響く。
 マットレスの下からだ。

 それは構わない。放っておく。

 それよりも、落ちてきたもの。

 藍は目を見開いた。

 あれはなんだ。

 とても長い蛇。
 トカゲ?
 
 鱗がある。
 手足がある。
 角がある。
 
 どんぐり色のたてがみは水に濡れてぺたんとしていた。
 
 まずい。警官が来る。
 その前に謎の生物を隠さなければならない気がした。

 藍は庭に出る。

 店のワンボックスカーを開けて長い長い生き物を収納した。
 腹のあたりが動いている。
 息があるんだ。

 ちょっとほっとして顔をのぞく。
 牙が見えた。

 噛まれたら痛そうなのに、なんだかその無防備な姿が可愛い。


 その日、警官までもが土足で寝室に入った。
 もう泥まみれになった室内を憤慨しながら掃除した。


 落ちてきた蛇はタオルケットに包まれて、1昼夜すやすや眠った。
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