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はざまを歩くもの
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午前10時。
店横の出入り口からひょいと飛び出す人影があった。
「藍、カップの回収行ってくる」
20代半ばの男の子が店内に声をかける。
手には大きいビニール袋を持っていた。
店は受け渡し口があるだけのコーヒースタンドである。
小さな2階建ての家を改築したものだ。
前面だけ綺麗なグレージュのモルタルで塗っている。
「行ってらっしゃい、よろしくぅ」
中からのんびりと送り出され、彼は駅に向かっていく。
店から駅までは徒歩7分。
快活そうな顔つきをした子だった。
彼は駅に着くと改札の窓口に挨拶した。
店の名前がペイントされたカップ専用ゴミ箱が改札内にある。
中の袋を付け替えて、外側を拭く。
まだ店のカップは少なかった。
圧倒的に他店のものが多い。
それを回収してまたもと来た方へ戻って行った。
駅から左右に商店街が広がっている。
彼が働いているのは右の端。
学校が集まっている方向へ歩くと見えてくる。
ターゲットは通勤通学客。
朝早い方が客が多い。
店の前には奥行き50cmの坪庭があった。
葉の細かい植栽がうわっている。
その隙間から店内が見えた。
コーヒー豆の棚や焙煎機などの機械が並ぶ。
出入り口のそばの壁にはゴミ置きスペースが設けられている。
そこへ回収してきたカップを収納すると、彼の任務は完了だった。
「ただいま」
出入り口から店内に戻る。
「昊、お疲れ様」
カウンターのところにいた藍が振り向いて笑いかけた。
彼と同じ年頃で、身長も同じくらいである。
女子としては少し背が高い方だ。
「おやつ食べる?」
子どもにするように、彼女は団子をひと串差し出す。
「さっき商店街の団子屋さんが買いに来てくれたの。
ためし焼きしたお団子もらっちゃった」
「やったあ。いただきます」
こちらも子どもっぽく喜んで受け取った。
昊は幸せそうに大きな口で団子を食べる。
店舗販売は11時で終わりだ。
あとは配送や配達、SNSの対応などをする。
昊は藍とカウンターの番を交代した。
榛色の髪と、同じ色の目をした昊。
彼が店先に立つと客足が増える気がする。
いつも人好きのする笑顔を見せているからか、または。
長い髪を纏め直して、藍は棚の裏に消えた。
大きな作業テーブルにやりかけの箱がある。
いすに座って配送用の商品を箱詰めする作業を再開した。
昊がここにやってきたのは2週間前で。
その時の彼の姿は人ではなかった。
龍。
見た時は度肝を抜かれたが、同じ生き物と思えば受け入れられる。
なんやかんやありどたばたしているうちに居ついてしまった。
人間の姿になれる。
そしてよく働く。
それ以上なんの文句があるのだ。
藍は拾い犬のようなものだと思っている。
実際、昊は中身が幼い。
見た目は大人の男性なのだが、人間でいうと中学生?
下手をすると小学生以下かと感じる時もあった。
人間と数十年暮らした経験もある。
150年ほど前だったが。
それでも近代日本を経験しているだけあった。
口調も習慣も大きくずれてはいない。
「藍、カウンターを閉めるよ」
11時になると昊が言った。
「はーい」
藍は外から鍵をかけるために椅子を立つ。
お盆に突入した今日は客が極端に少なかった。
シャッターの鍵を回す。
そのタイミングで店にやってくる人がいた。
藍は断ろうとそちらを見る。
「こんにちは」
向こうから挨拶してきた。
商店街で見たことがある顔だ、と気づく。
「どうも。こんにちは」
確かケーキ屋さんで働いている人だ。
販売の方には出てこず厨房でずっと作業している。
「今日は買いに来たんじゃなくて、相談に来ました。
中で話をさせてもらう時間はありますか」
「どういった相談ですか」
概要をさっと確認しておきたくて聞いた。
「お宅の蛟龍に」
藍は硬直した顔で相手を見る。
なんで昊の正体がバレている。
「藍? 何を作る?」
店横の出入り口から顔だけ出して昊が尋ねた。
いま練習中なので機械を動かしてみたくて仕方がない。
その瞳が藍を見て、客を見て、また藍に戻った。
「これは奇体な」
また妙に難しい言葉は知っている。
「鬼も店に来るんだ」
続けてそのようなことを言った。
藍はぎょっとして昊を見やる。
鬼ってなんのことだ。
だからそれ。
目線でそんな会話をした。
「蛟龍」
ケーキ屋の従業員は静かに昊を見ている。
「助けて欲しい。頼みがあってきたんだよ」
昊はちょっと黙って視線を巡らせたあと、首を傾げて彼に聞いた。
「鬼もコーヒーを飲むか?」
そしてさっさと中に入ってしまった。
店横の出入り口からひょいと飛び出す人影があった。
「藍、カップの回収行ってくる」
20代半ばの男の子が店内に声をかける。
手には大きいビニール袋を持っていた。
店は受け渡し口があるだけのコーヒースタンドである。
小さな2階建ての家を改築したものだ。
前面だけ綺麗なグレージュのモルタルで塗っている。
「行ってらっしゃい、よろしくぅ」
中からのんびりと送り出され、彼は駅に向かっていく。
店から駅までは徒歩7分。
快活そうな顔つきをした子だった。
彼は駅に着くと改札の窓口に挨拶した。
店の名前がペイントされたカップ専用ゴミ箱が改札内にある。
中の袋を付け替えて、外側を拭く。
まだ店のカップは少なかった。
圧倒的に他店のものが多い。
それを回収してまたもと来た方へ戻って行った。
駅から左右に商店街が広がっている。
彼が働いているのは右の端。
学校が集まっている方向へ歩くと見えてくる。
ターゲットは通勤通学客。
朝早い方が客が多い。
店の前には奥行き50cmの坪庭があった。
葉の細かい植栽がうわっている。
その隙間から店内が見えた。
コーヒー豆の棚や焙煎機などの機械が並ぶ。
出入り口のそばの壁にはゴミ置きスペースが設けられている。
そこへ回収してきたカップを収納すると、彼の任務は完了だった。
「ただいま」
出入り口から店内に戻る。
「昊、お疲れ様」
カウンターのところにいた藍が振り向いて笑いかけた。
彼と同じ年頃で、身長も同じくらいである。
女子としては少し背が高い方だ。
「おやつ食べる?」
子どもにするように、彼女は団子をひと串差し出す。
「さっき商店街の団子屋さんが買いに来てくれたの。
ためし焼きしたお団子もらっちゃった」
「やったあ。いただきます」
こちらも子どもっぽく喜んで受け取った。
昊は幸せそうに大きな口で団子を食べる。
店舗販売は11時で終わりだ。
あとは配送や配達、SNSの対応などをする。
昊は藍とカウンターの番を交代した。
榛色の髪と、同じ色の目をした昊。
彼が店先に立つと客足が増える気がする。
いつも人好きのする笑顔を見せているからか、または。
長い髪を纏め直して、藍は棚の裏に消えた。
大きな作業テーブルにやりかけの箱がある。
いすに座って配送用の商品を箱詰めする作業を再開した。
昊がここにやってきたのは2週間前で。
その時の彼の姿は人ではなかった。
龍。
見た時は度肝を抜かれたが、同じ生き物と思えば受け入れられる。
なんやかんやありどたばたしているうちに居ついてしまった。
人間の姿になれる。
そしてよく働く。
それ以上なんの文句があるのだ。
藍は拾い犬のようなものだと思っている。
実際、昊は中身が幼い。
見た目は大人の男性なのだが、人間でいうと中学生?
下手をすると小学生以下かと感じる時もあった。
人間と数十年暮らした経験もある。
150年ほど前だったが。
それでも近代日本を経験しているだけあった。
口調も習慣も大きくずれてはいない。
「藍、カウンターを閉めるよ」
11時になると昊が言った。
「はーい」
藍は外から鍵をかけるために椅子を立つ。
お盆に突入した今日は客が極端に少なかった。
シャッターの鍵を回す。
そのタイミングで店にやってくる人がいた。
藍は断ろうとそちらを見る。
「こんにちは」
向こうから挨拶してきた。
商店街で見たことがある顔だ、と気づく。
「どうも。こんにちは」
確かケーキ屋さんで働いている人だ。
販売の方には出てこず厨房でずっと作業している。
「今日は買いに来たんじゃなくて、相談に来ました。
中で話をさせてもらう時間はありますか」
「どういった相談ですか」
概要をさっと確認しておきたくて聞いた。
「お宅の蛟龍に」
藍は硬直した顔で相手を見る。
なんで昊の正体がバレている。
「藍? 何を作る?」
店横の出入り口から顔だけ出して昊が尋ねた。
いま練習中なので機械を動かしてみたくて仕方がない。
その瞳が藍を見て、客を見て、また藍に戻った。
「これは奇体な」
また妙に難しい言葉は知っている。
「鬼も店に来るんだ」
続けてそのようなことを言った。
藍はぎょっとして昊を見やる。
鬼ってなんのことだ。
だからそれ。
目線でそんな会話をした。
「蛟龍」
ケーキ屋の従業員は静かに昊を見ている。
「助けて欲しい。頼みがあってきたんだよ」
昊はちょっと黙って視線を巡らせたあと、首を傾げて彼に聞いた。
「鬼もコーヒーを飲むか?」
そしてさっさと中に入ってしまった。
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