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それぞれの場所で
妖精にできること
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トビアスを迎えに来た者たちを見て、ジャックは一瞬息を止めた。
元兵士らしい細身の人間。
彼に連れられた、小さな妖精…?
「薬草の手配をしてくれた人って、あんたですか」
ジョエルが問うのに「そうだ」と答えた。
この人がサラが倒れたことを知らせてきたのか。
「サラさんのことはすまなかった。
私がいたら無茶はさせなかったんだ。
気が済まないならチコが戦場に発つ前に殴ってもいい」
真顔でそう言うと、ジョエルはおかしそうに笑う。
「ヒルを救ってくれてありがとう。
もうそれだけで十分」
妖精の方は久しぶりに会う相棒に顔を擦り付けて喜んでいた。
「トビアス。信じてたよ。
トビアスはヒルさんを助けて連れて帰るって信じてた」
トビアスは昂然と顎を上げる。
「ダナ、ジャックさんにちゃんと挨拶を」
はっとして、ダナは定位置についた。
トビアスの背からきりっと顔をジャックに向ける。
「トビアスの友達のダナです。お守り屋をしています」
「私は治療師のジャクリーン。
ジャックと呼ばれるのが好きだから、そう呼んで」
指を差し出すと、ダナはそれをしっかりと握った。
「この度は、ありがとうございます。
ジャックはヒルさんだけでなくサラさんも救いました。
私は胸がぎゅっとなりっぱなしです」
…ぎゅ?
「こちらのジョエルさんは夜の時間だけお酒を出してぱっと日銭を稼いでいます。
ジャックもチコさんもどうぞ休憩に来てください」
「俺、悪口言われてる?」
「いいえ。効率的な営業のお手本です」
「俺の店じゃなくてお守り屋を宣伝しなよ」
「座って憩うのはお守り屋ではなくジョエルさんのお店です」
「俺のとこも最近妖精の店って言われ出してるんだけど?」
「私が妖精にできることを精一杯まっとうしたおかげですね。
目指すところは、ジョエルさんの店の名誉店長の座です」
仲よさげに掛け合う二人を見て、ジャックはふっと笑う。
「今日は無理だけど、数日後には行けるよ。
チコにくどくど説教しそうだが、いいかな?」
ダナの握手を丁寧に解いて尋ねた。
「勿論ですよ」
他店の店長が頷く。
「ヒルの様子を見ていく?容体は安定している。
今、サラさんがついてる」
ダナが心配そうにジョエルを見遣った。
ジョエル自身を心配しているような表情である。
ジャックはジョエルの片腕を観察した。
補給部隊をしていて、敵に襲われることは少なくない。
仕事柄、様々な物資の取り扱いについて学ぶから博識な者も多かった。
しかし彼のように僧院や魔女の家にある薬に詳しくなる者はそういなかった。
いつかひどい襲撃を受けて、逃げ果せたのだろう。
さまよってなんとか命を守った。
心までは守れずに深手を負ったのか。
その経験を辿って集めた薬をサラに渡したのだと理解した。
「今日はトビアスをねぎらってやるべきかな」
ジャックはそう言い直す。
ダナはその案を受けた。
「そうです。ジョエルさん。
市場が閉まる前にトビアスに御馳走しなきゃ」
ジョエルの手を引く。
トビアスも肉の事だと分かって彼の手首を前足ではたいた。
「分かった。行こう」
ジョエルは軽く笑ってそう言う。
サラのために買ったパンをジャックに頼んだ。
早く早くと急かすトビアスを宥めてジャックを見る。
「ジャック、またね」
手を振って歩き出した。
収容所の通路にはストーブが運ばれていた。
サラが火を入れるのを手伝っている。
助手たちは診察が必要なけが人を選んで要診察の色札をつけていた。
「サラさん」
ジョエルから渡されたパンを見せながら笑う。
「今、小っちゃい友達がトビアスを連れて帰った。
ジョエルさんと一緒に。
これ、サラさんにあげようと思って持ってきたんだって」
「ありがとう」
サラは受け取ると、大きなパンを抱いた。
「サラさんが作ったの、薬湯でしょ?
作り方を教えてくれるかな?その…魔女の秘伝とかでなければ。
他にも食べさせたい者がけっこういるんだけど」
ジャックの申し出をサラは快く承諾する。
材料を聞いてすぐに市場へ助手たちを派遣した。
「ねえ、サラさん」
ストーブのそばで、ジャックは小さな声で話す。
「あのね、もし、ヒルが起きた時、別人みたいになってたら」
サラはジャックを見上げると首を横に振った。
変わらない、と信じていたい。
そういう目だった。
「…ごめんなさい。
けど、ヒルが起きる前に覚悟しておかなきゃいけないの」
ジャックは静かに強い声音で続ける。
「私がこんなこと言うのは、本当に差し出がましいって分かってるんだ。
でもサラさんは最悪の場合も知っておかないといけないと思う。
もしヒルが別人みたいになってたら、もう彼は死んだと考えて。
別の人の魂が入ったんだということにして。
ひどい目に合うと、人が変わってしまうことがある。
ヒルがそうなってしまったら、サラさんは諦めて離れた方がいい。
もう戻ってこないかもしれないし、戻るのが何十年も先になる場合だってある。
サラさんには自分の時間を大切にしてほしいよ」
ジャックの言う事も、分かる。
きっとジョエルも同じことを言う。
優しいヒルが変わってしまったら。
サラは後悔していた。
自分は何をぐずぐずしていたのか。
平和な日常を大切にし損ねた。
元兵士らしい細身の人間。
彼に連れられた、小さな妖精…?
「薬草の手配をしてくれた人って、あんたですか」
ジョエルが問うのに「そうだ」と答えた。
この人がサラが倒れたことを知らせてきたのか。
「サラさんのことはすまなかった。
私がいたら無茶はさせなかったんだ。
気が済まないならチコが戦場に発つ前に殴ってもいい」
真顔でそう言うと、ジョエルはおかしそうに笑う。
「ヒルを救ってくれてありがとう。
もうそれだけで十分」
妖精の方は久しぶりに会う相棒に顔を擦り付けて喜んでいた。
「トビアス。信じてたよ。
トビアスはヒルさんを助けて連れて帰るって信じてた」
トビアスは昂然と顎を上げる。
「ダナ、ジャックさんにちゃんと挨拶を」
はっとして、ダナは定位置についた。
トビアスの背からきりっと顔をジャックに向ける。
「トビアスの友達のダナです。お守り屋をしています」
「私は治療師のジャクリーン。
ジャックと呼ばれるのが好きだから、そう呼んで」
指を差し出すと、ダナはそれをしっかりと握った。
「この度は、ありがとうございます。
ジャックはヒルさんだけでなくサラさんも救いました。
私は胸がぎゅっとなりっぱなしです」
…ぎゅ?
「こちらのジョエルさんは夜の時間だけお酒を出してぱっと日銭を稼いでいます。
ジャックもチコさんもどうぞ休憩に来てください」
「俺、悪口言われてる?」
「いいえ。効率的な営業のお手本です」
「俺の店じゃなくてお守り屋を宣伝しなよ」
「座って憩うのはお守り屋ではなくジョエルさんのお店です」
「俺のとこも最近妖精の店って言われ出してるんだけど?」
「私が妖精にできることを精一杯まっとうしたおかげですね。
目指すところは、ジョエルさんの店の名誉店長の座です」
仲よさげに掛け合う二人を見て、ジャックはふっと笑う。
「今日は無理だけど、数日後には行けるよ。
チコにくどくど説教しそうだが、いいかな?」
ダナの握手を丁寧に解いて尋ねた。
「勿論ですよ」
他店の店長が頷く。
「ヒルの様子を見ていく?容体は安定している。
今、サラさんがついてる」
ダナが心配そうにジョエルを見遣った。
ジョエル自身を心配しているような表情である。
ジャックはジョエルの片腕を観察した。
補給部隊をしていて、敵に襲われることは少なくない。
仕事柄、様々な物資の取り扱いについて学ぶから博識な者も多かった。
しかし彼のように僧院や魔女の家にある薬に詳しくなる者はそういなかった。
いつかひどい襲撃を受けて、逃げ果せたのだろう。
さまよってなんとか命を守った。
心までは守れずに深手を負ったのか。
その経験を辿って集めた薬をサラに渡したのだと理解した。
「今日はトビアスをねぎらってやるべきかな」
ジャックはそう言い直す。
ダナはその案を受けた。
「そうです。ジョエルさん。
市場が閉まる前にトビアスに御馳走しなきゃ」
ジョエルの手を引く。
トビアスも肉の事だと分かって彼の手首を前足ではたいた。
「分かった。行こう」
ジョエルは軽く笑ってそう言う。
サラのために買ったパンをジャックに頼んだ。
早く早くと急かすトビアスを宥めてジャックを見る。
「ジャック、またね」
手を振って歩き出した。
収容所の通路にはストーブが運ばれていた。
サラが火を入れるのを手伝っている。
助手たちは診察が必要なけが人を選んで要診察の色札をつけていた。
「サラさん」
ジョエルから渡されたパンを見せながら笑う。
「今、小っちゃい友達がトビアスを連れて帰った。
ジョエルさんと一緒に。
これ、サラさんにあげようと思って持ってきたんだって」
「ありがとう」
サラは受け取ると、大きなパンを抱いた。
「サラさんが作ったの、薬湯でしょ?
作り方を教えてくれるかな?その…魔女の秘伝とかでなければ。
他にも食べさせたい者がけっこういるんだけど」
ジャックの申し出をサラは快く承諾する。
材料を聞いてすぐに市場へ助手たちを派遣した。
「ねえ、サラさん」
ストーブのそばで、ジャックは小さな声で話す。
「あのね、もし、ヒルが起きた時、別人みたいになってたら」
サラはジャックを見上げると首を横に振った。
変わらない、と信じていたい。
そういう目だった。
「…ごめんなさい。
けど、ヒルが起きる前に覚悟しておかなきゃいけないの」
ジャックは静かに強い声音で続ける。
「私がこんなこと言うのは、本当に差し出がましいって分かってるんだ。
でもサラさんは最悪の場合も知っておかないといけないと思う。
もしヒルが別人みたいになってたら、もう彼は死んだと考えて。
別の人の魂が入ったんだということにして。
ひどい目に合うと、人が変わってしまうことがある。
ヒルがそうなってしまったら、サラさんは諦めて離れた方がいい。
もう戻ってこないかもしれないし、戻るのが何十年も先になる場合だってある。
サラさんには自分の時間を大切にしてほしいよ」
ジャックの言う事も、分かる。
きっとジョエルも同じことを言う。
優しいヒルが変わってしまったら。
サラは後悔していた。
自分は何をぐずぐずしていたのか。
平和な日常を大切にし損ねた。
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