お守り屋のダナ

端木 子恭

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それぞれの場所で

ヒルの帰還

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 輸送係の青年から受け取った手紙には、ジャックとのことが書かれていた。

 ジャックから、サラさんが療養所で働いてくれていることを聞きました。
 ダナはまた店長の仕事に悩んでいませんか。
 サラさんは無理していませんか。
 
 顔を見るたびにジャックはサラさんのことを聞いてきます。
 ちょっと困っています。

 彼女はサラさんが好きですね。
 そちらに戻るのを楽しみにしています。

 ジャックが手紙を持っていくから早く書けと急かされています。
 これを書き終わったら、またすぐ何か書くことになるでしょう。

 お守りはちゃんと効いています。
 ありがとうございます。

 

 サラは日付を確かめる。
 3週間ほど前のものだ。

 その時にはまだお守りを持っている。
 サラはひとまずほっとした。
 あの夢の出来事はいつ起こるのだろうか。
 
 サラの魔法を遠くの場所まで送れたら。
 そうしたらいつでもかけたい時にお守りの魔法をかけられる。
 けれど、サラの魔法が届くのは、物を投げて届くくらいの距離までだった。

「ヒルさん、意外と感づいてお守りを取られずに済むかもしれません」

 ヒルがお守りを持っていることを教えてもらったダナはそんな風に楽観する。

「そうだといいね」

 昼間療養所であった出来事はダナにも教えた。
 ダナはきっと、翌日にはジョエルに伝えるだろう。
 ジョエルは何というだろうか。

「ジョエルさんにお礼をしなきゃ。
 輸送係の人からジャックに薬草のこと伝えてくれたのはジョエルさんでしょ?」

 サラが聞くと、ダナは「はい」と言った。

「ジョエルさんは輸送係にいたそうです。
 今でも同僚たちは活躍してるからーとか言ってました」
「僧院にかけあって、麻痺薬をもらってきてくれたのもジョエルさんだよね?」
「以前怪我したときに場所を借りた僧院で、そういうものを知ったみたいです。
 ただのハーブチンキだよー、って、言ってましたけど。
 ただのレベルなのかは私には分からないです」

 ダナはずいぶんジョエルに詳しい。
 ヒルに頼まれて毎日様子を見に行っているだけのことはあった。

「薬草自体はここよりもっと南の地方でしか取れないものだそうですよ。
 市場で探しましょうか。
 急いで使うなら蒸留の方がいいですよね」
「それはジャックやチコさんが手配してくれるから平気だよ。
 届き次第、作業を始めるから」

 サラはふとトビアス、と呟く。

「トビアスはヒルさんと会えたかな」

 ちゃんと目的地に近づいていけているだろうか。

「トビアスはね、きっとできると信じて旅立ったんですよ」

 今日のダナはいつにもまして前向きだった。

「そうだね」

 サラはそう言って、ダナに笑いかけた。



 いなくなってからひと月半。
 トビアスが帰ってきた。

 その日は戦傷者だけでなく、戦死者も数多く帰ってきた。
 死者は僧院へ、戦傷者は療養所へ運ばれる。

 市場で昼ごはんを選んでいたダナとジョエルもトビアスを見た。
 戦傷者を乗せた馬車を牽く牛。のような大きさの犬。

 療養所にいたサラは、荷馬に混じった緑色の犬に気づいた。
 トビアスの馬車からは誰か顔を覗かせている。
 目を凝らしてみるとそれはジャックだった。

 帰るのを楽しみにしている、と手紙では言っていたが。
 今、ジャックの顔は緊張している。

 サラは手が震えだすのを静かに強く握った。

 チコは馬車の量を見やるとすぐに動ける者を他の場所へ移す。
 
「サラさん」
 
 そう呼びかけて、ジャックが駆けよってきた。
 手に持った手紙を先にサラへ渡す。

「ヒルが戻ったよ。 
 トビアスが来てくれたから、命はある」

 短くそういうと、彼女は猛然とチコに近づいた。

「チコ」

 ひょろ長い彼の、高い位置にある鼻を目がけて拳を繰り出す。
 ぱちん、と音がした。
 チコはふらふらとその場に倒れこむ。

「今回は忙しいからそれで許す」

 ふん、と自分の拳をさすりながら言い放つ彼女はかなりの男前だった。

「刃で傷を受けた者が多い。
 お前の出番なんだ。しっかりやれ」

 サラの瞳に、あの馬上から降る長い剣が浮かぶ。

「サラさんはできあがった分の麻痺薬を持ってきて」

 みんな、と、馬車に向かってジャックは呼びかけた。

「さっき決めた順番に運ぶよ」

 助手たちが患者を運び始める。
 サラは手紙をポケットにしまうと作業場へと走った。
 できあがった薬の瓶をトレイに入れてチコのもとに届けた。
 
 チコは化膿した傷を処置しているところだった。
 サラが来たのに気が付くと傷に薬を塗布していく。

 助手が来て薬のトレイをサラから受け取った。
 通路を、大きな布を抱えた兵士が走っていく。
 サラはふらふらと端を歩いて表に出た。

 運ばれてきた兵士の中にまだヒルはいない。
 ジャックはきっと、助かりそうな順番に運んでいる。
 
「サラさん、トビアスを褒めてあげて」

 サラに気づいたジャックがそう声をかけた。

「ヒルを助けに来たんだよ。
 サラさんが遣わしてくれたんだよね?
 ヒルがそう言ってた」

 ジャックが「トビアス」と呼ぶ。
 馬車から離されて体をぶるぶる揺らしていたトビアスはサラの所へまっすぐ走ってきた。

 目の前に来るとトビアスは本当に大きい。
 顔の高さが同じほどになった犬を、サラは撫でた。

「ありがとう、トビアス。
 お願いを聞いてくれて、ありがとう」

 トビアスは気のなさそうな顔をしている。
 ダナのためになることだから、とでも言いたげな表情だ。
 そして、次には、ごはん持ってないの?と言うように、くぅん、と鼻を鳴らした。



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