お守り屋のダナ

端木 子恭

文字の大きさ
上 下
23 / 31
それぞれの場所で

トビアスの失踪

しおりを挟む
 ダナは滂沱たる涙でジョエルの元へやって来ていた。

「トビアスがいなくなったんです」

 朝。
 窓から侵入してきた妖精は、寝起きのおじさんに突然訴える。

「うん。…ぅん?」

 待て待て。ちょっと待て。

 ジョエルは上半身を起こしたまましばし考えた。

「なんで?」

 とりあえずその言葉で時間を稼ぐ。
 窓枠に座り込んだダナはばさばさの赤毛をぶんぶん振って説明した。

「夜明け前、サラさんがまた悪い夢を見て起きたんです」
「悪い夢?」

 初耳なのだが。

「ずっと何の夢だかサラさんも覚えていなかったんですが。
 昨日ははっきりおぼえていて」

 目の開かないジョエルは髪に指を差し入れてぎゅっとしながら聞いている。

「サラさんが倒れたのって、悪い夢を見続けてたせい?」
「それもあると思います。
 寝不足なうえに、今度交替で来た治療師が冬にはとれにくい薬草を山のように所望するから。
 サラさんは狼と戦いながら薬草を集めていたんです。
 森の奥まで探し歩いてたんです」

 ジョエルはオイルを塗ってもひび割れを起こすサラの手を思い浮かべた。
 ダナが心配してサラを見かけるたびに塗っていたのに一向に治らない。 

「夕べはトビアスも一緒に寝ていました。
 トビアスはサラさんから夢の話を聞いてました」

 ダナは懸命に訴える。

「ヒルさんのお守りを誰かが持って行ってしまうんです。
 ヒルさんはそのせいで殺されてしまうかもしれないんです。

 ブラウニーがお守りをくわえて出て行くトビアスを見ているんです。
 きっとトビアスはヒルさんにお守りを届けようと思って出かけてしまったんです」

 涙も言葉も止まらない妖精を窓枠から下ろし、ジョエルはそっと頭を撫でた。
 ダナはますます泣く。

「私はヒルさんからみんなのことよろしく頼まれたのに。
 サラさんは倒れるし、トビアスは危険なところに向かってしまうし。
 全然任せてくださいじゃないんです。 もうっ」
「ダナ」

 ジョエルは掌の妖精と目の高さを合わせて言った。

「まず、ヒルに何かあったって誰のせいでもないからな」

 サラのせいではない。 
 ダナのせいでもない。
 トビアスの力不足ではないし、お守りを取った者のせいでもない。

「あと、ヒルがよろしく頼むと言った分、ダナはやっている。
 頑張らなくていいと言われなかったかな」
「言われました」

 ずびっとハナをすすってダナは答えた。

「サラさんが倒れた件についてはもう人に頼んでいる。
 何日か後には解決するよ」

 ひとつひとつ、ジョエルは説明していく。
 ダナはこくこくと頷いていた。

「トビアスは、牧場でも狩りでも、強かったよね?
 動物の群れを操り、狼をひとりで倒すでしょ?
 きっと大丈夫。トビアスは何か考えがあって、できると踏んで家を出たんだよ。
 
 信じて待ってあげよう」

 ジョエルの言葉にダナは来た時とは違う涙を流す。

「私はまだ甘かったです。
 泣かずに信じてあげるっていう強さは、サラさんがお手本を示してくれていたのに」

 そんな御大層な話じゃないけどね、とジョエルは薄く笑った。

 感動しがちな妖精はジョエルをきりっと見上げる。

「顔を洗って出直してきます。
 ジョエルさん、お休みのところ邪魔してごめんなさい」

 ぱたぱたと羽の音をさせて帰っていった。
 もう寝てる感じでもなくなったジョエルは起き出して着替える。

 その日彼は、別の地域の商店街で魔女の店や僧院を回った。
 夕刻にやってきたダナに瓶ととメモをいくつか渡す。

「絶対に、瓶の中身に触れないでね。
 治療師に見せるまで、絶対に」

 真剣な顔で脅した後、また普段通りの顔になってバイオリンを弾いていた。



 10日あまり後、ジョエルの言ったとおりになった。

 戦地に物資を届けてきた輸送係の青年が、チコに報告があると近づいてくる。
 その青年は、ひょろ長いチコの頭を脳天から平手打ちした。

 意識のある傷病者があっけにとられていると、彼は紙を取り出して読んだ。

「チコ。サラさんを働きづめにして倒したと聞いた。
 お前はとんでもないことをしたぞ。
 サラさんはまじない至上主義のその地において貴重な人材だ。
 大切にしろ。
 冬のあるその地で薬草がばかすか手に入るわけないだろ。
 チコが購入の手配をするんだ。決まりきったことだろう。
 私が交替に行ったときには改めてぶん殴る。シネ」

 淡々と読み上げられる内容に、サラは誰からなのか分かった。
 青年は続ける。

「以上が、ジャックさんからの言伝です」

 チコの瞳がいち早く死んでいた。
 輸送係は次にサラを探す。
 サラが名乗り出ると、彼は手紙を渡してくれた。

「ヒル隊長から預かりました。
 それと、ジャックさんから伝言です」

 隊長?とサラの意識がそこに集中してしまう。

「チコが申し訳なかった。
 どうか無茶だと思った時には遠慮なく奴をぶっ飛ばして。
 腹が立った時には一週間くらい顔を見せないでやったっていい。
 もうすぐ私が交替でそちらに行く。
 薬草の手配もしておくから、サラさんは体を大切に」

 以上です、と青年は言った。

「あの…、ヒルさんは隊長なんですか?」

 報告の内容とは全然違うことを青年に質問してしまう。
 彼は悪い顔もせず教えてくれた。

「彼は20人ほどの隊の隊長です。
 ヒル隊長の隊に入れば生きて帰れると評判です」

 サラは初めて知る事実にぽかんとする。

 隊長…。

 ヒルのことをずっと年下だと思っていた。
 隊長だなんて思いもしなかった。
 もしかしたらヒルの方が年長者なのかもしれない。

 聞いてみたいことが増えて、サラは小さく笑った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

モース10

藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。 ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。 慧一は興味津々で接近するが…… ※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様 ※他サイトに投稿済み

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~

岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。 順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。 そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。 仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。 その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。 勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。 ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。 魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。 そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。 事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。 その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。 追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。 これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。

そのご令嬢、婚約破棄されました。

玉響なつめ
恋愛
学校内で呼び出されたアルシャンティ・バーナード侯爵令嬢は婚約者の姿を見て「きたな」と思った。 婚約者であるレオナルド・ディルファはただ頭を下げ、「すまない」といった。 その傍らには見るも愛らしい男爵令嬢の姿がある。 よくある婚約破棄の、一幕。 ※小説家になろう にも掲載しています。

処理中です...