22 / 31
それぞれの場所で
悪夢
しおりを挟む
療養所へ行くようになってから、サラは悪い夢を見るようになった。
初めは大けがをしている者をたくさん見たせいかと思っていた。
心配したジャックが患者に会わないで行ける部屋に作業スペースを作ってくれた。
ジャックは治療の合間にサラの所へ来ては体調を気遣ってくれる。
「サラさんの恋人への手紙は私が届けるから。
ちゃんと書いてね」
ジャックがそう言ってくれたので、サラはヒルに手紙を書いた。
ダナは店長としてひとりで店をやれている。
トビアスはもう牛の大きさになった。
ジョエルのお店は順調だと思う。
自分の事は、元気にしているとだけ書いた。
「恋人ではないですよ」
ジャックに渡すときそう言うのを忘れなかった。
そのジャックが戦場へ行ってしまうと、入れ替わりに別の治療師がきた。
チコというその人はジャックより積極的に処置を行った。
ひょろっと背の高い男性で、細いわりに力がある。
占いやまじないが嫌いで、最初はサラを胡散臭そうに見ていた。
普段は無表情なことが多い。
無表情のままサラにほしい薬とその量を伝えてきた。
冬、草が枯れるこの地方では難しい量である。
血止めや痛み止めの成分を毎日蒸留し続けるサラは、よく眠れないせいで倒れた。
サラはダナに付き添われてふらふらとジョエルの店までたどり着いた。
トビアスは店の入り口に伏せている。
何のお店だかわからなくする効果ならばつぐんだ。
「サラさんが頑張りすぎてるんです。
ジョエルさんを見習わせなきゃと思って連れてきましたよ」
専用席に座ってダナはそう言う。
「俺、褒められてるんだよね?」
首をかしげてジョエルは尋ねた。
冬はいよいよ本番で、森に行っても薬草を探すのは大変だった。
しかしチコは相変わらず外科的な処置を積極的に行う。
この地方の物資だけで対応するのは困難だ。
「これは領主の家で何とかする問題なんだよなあ。
お守り屋の業務のはるかに外でしょ」
カウンターの隅で壁にささえられながら座るサラを見る。
「サラさん以外の魔女と言えば、呪い専門だものなあ。
やっぱり他の領主の所に行って掛け合ってもらおう。
次サラさんが行く時俺も行くから」
ジョエルが言うのにサラは首を振った。
「ジョエルさんは行かない方がいいです。
きっと平静でいられませんよ」
「じゃあじいちゃん派遣する」
ジョエルはあっさり身を守る。
さすが、とダナは口を開けた。
「いやまて。じいちゃんより強い人がいる」
その話はあとでな、とジョエルは言う。
ジョエルが客に言われて演奏を始めると、サラは目を閉じた。
それでもまだぐるぐると回っている気がする。
今日は感傷的なお客さんが多いようだった。
ジョエルが受けるリクエストは家族に関する歌が多い。
サラは室内の空気を感じながら、夢の片りんを追う。
何の夢かは覚えていないのだが、怖い夢。
もうすぐそれは現実に起こってしまうような、不安な夢だ。
「サラさん、今日はトビアスも一緒に寝ましょう」
ダナが提案する。
「ぎゅうぎゅうになって寝たら、きっと悪い夢も見ないですから」
サラがそっと目を開けた。
「そうだね」
血の気の戻らない顔で笑った。
戦場で、ヒルは短い剣を腰に差している。
騎馬対策の装置を作っている彼は、毎日力仕事で倒れるように眠った。
もうすぐ平原での衝突になるから、まだまだ作らないと。
軍服の胸の内側に、お守りは縫い留められている。
なのに、どうしてか誰か別の者の手にそれは握られてしまう。
サラは返して、と叫ぶのだが、誰にも聞こえないようだ。
ヒルはそのまま戦場に出る。
装置を置いて退くはずが、突然騎馬の一団が入ってきた。
兵士が、馬が、装置の間の狭い所に倒れる。
重なり合う遺骸の上を、ヒルは後退するために進んだ。
そこに一人の敵兵がやって来る。
騎馬の上に乗ったその相手は、ヒルの頭上から長い剣を振り下ろした。
とび起きたサラは、顔に貼りついた緑色の毛を払った。
「トビアス」
寝室に、牛のような犬。
その向こうには小さなダナ。
トビアスはもぞっと動いてサラの方を向いた。
犬の精霊は人間になつかない。
彼がサラに礼儀正しいのはダナのためだ。
分かっていても、目が合ったとたん泣き出してしまう。
トビアスには興味のないことだと分かっていても、吐き出さずにいられなかった。
「どうしよう。ヒルさんがお守りをなくしてしまう」
その背に取りすがるのを、トビアスは黙って受け入れる。
「ヒルさんが殺されてしまう」
今見たのは夢だ。
だがただの夢ではないと思う。
「ヒルさんを助けて。トビアス。ヒルさんを連れて帰って」
サラの嗚咽にダナが目を覚ました。
慌てて飛んでくると小さな腕でサラの頭を抱く。
「…サラさん…」
サラの悪い夢。
取り除いて上げられたらいいのに。
ダナは朝までサラを励ました。
夜明けごろ、トビアスはふらりと店の方へ行ったあと、戸口を出た。
ブラウニーに聞くと、その時押し花のお守りをくわえていた。
トビアスはいなくなった。
初めは大けがをしている者をたくさん見たせいかと思っていた。
心配したジャックが患者に会わないで行ける部屋に作業スペースを作ってくれた。
ジャックは治療の合間にサラの所へ来ては体調を気遣ってくれる。
「サラさんの恋人への手紙は私が届けるから。
ちゃんと書いてね」
ジャックがそう言ってくれたので、サラはヒルに手紙を書いた。
ダナは店長としてひとりで店をやれている。
トビアスはもう牛の大きさになった。
ジョエルのお店は順調だと思う。
自分の事は、元気にしているとだけ書いた。
「恋人ではないですよ」
ジャックに渡すときそう言うのを忘れなかった。
そのジャックが戦場へ行ってしまうと、入れ替わりに別の治療師がきた。
チコというその人はジャックより積極的に処置を行った。
ひょろっと背の高い男性で、細いわりに力がある。
占いやまじないが嫌いで、最初はサラを胡散臭そうに見ていた。
普段は無表情なことが多い。
無表情のままサラにほしい薬とその量を伝えてきた。
冬、草が枯れるこの地方では難しい量である。
血止めや痛み止めの成分を毎日蒸留し続けるサラは、よく眠れないせいで倒れた。
サラはダナに付き添われてふらふらとジョエルの店までたどり着いた。
トビアスは店の入り口に伏せている。
何のお店だかわからなくする効果ならばつぐんだ。
「サラさんが頑張りすぎてるんです。
ジョエルさんを見習わせなきゃと思って連れてきましたよ」
専用席に座ってダナはそう言う。
「俺、褒められてるんだよね?」
首をかしげてジョエルは尋ねた。
冬はいよいよ本番で、森に行っても薬草を探すのは大変だった。
しかしチコは相変わらず外科的な処置を積極的に行う。
この地方の物資だけで対応するのは困難だ。
「これは領主の家で何とかする問題なんだよなあ。
お守り屋の業務のはるかに外でしょ」
カウンターの隅で壁にささえられながら座るサラを見る。
「サラさん以外の魔女と言えば、呪い専門だものなあ。
やっぱり他の領主の所に行って掛け合ってもらおう。
次サラさんが行く時俺も行くから」
ジョエルが言うのにサラは首を振った。
「ジョエルさんは行かない方がいいです。
きっと平静でいられませんよ」
「じゃあじいちゃん派遣する」
ジョエルはあっさり身を守る。
さすが、とダナは口を開けた。
「いやまて。じいちゃんより強い人がいる」
その話はあとでな、とジョエルは言う。
ジョエルが客に言われて演奏を始めると、サラは目を閉じた。
それでもまだぐるぐると回っている気がする。
今日は感傷的なお客さんが多いようだった。
ジョエルが受けるリクエストは家族に関する歌が多い。
サラは室内の空気を感じながら、夢の片りんを追う。
何の夢かは覚えていないのだが、怖い夢。
もうすぐそれは現実に起こってしまうような、不安な夢だ。
「サラさん、今日はトビアスも一緒に寝ましょう」
ダナが提案する。
「ぎゅうぎゅうになって寝たら、きっと悪い夢も見ないですから」
サラがそっと目を開けた。
「そうだね」
血の気の戻らない顔で笑った。
戦場で、ヒルは短い剣を腰に差している。
騎馬対策の装置を作っている彼は、毎日力仕事で倒れるように眠った。
もうすぐ平原での衝突になるから、まだまだ作らないと。
軍服の胸の内側に、お守りは縫い留められている。
なのに、どうしてか誰か別の者の手にそれは握られてしまう。
サラは返して、と叫ぶのだが、誰にも聞こえないようだ。
ヒルはそのまま戦場に出る。
装置を置いて退くはずが、突然騎馬の一団が入ってきた。
兵士が、馬が、装置の間の狭い所に倒れる。
重なり合う遺骸の上を、ヒルは後退するために進んだ。
そこに一人の敵兵がやって来る。
騎馬の上に乗ったその相手は、ヒルの頭上から長い剣を振り下ろした。
とび起きたサラは、顔に貼りついた緑色の毛を払った。
「トビアス」
寝室に、牛のような犬。
その向こうには小さなダナ。
トビアスはもぞっと動いてサラの方を向いた。
犬の精霊は人間になつかない。
彼がサラに礼儀正しいのはダナのためだ。
分かっていても、目が合ったとたん泣き出してしまう。
トビアスには興味のないことだと分かっていても、吐き出さずにいられなかった。
「どうしよう。ヒルさんがお守りをなくしてしまう」
その背に取りすがるのを、トビアスは黙って受け入れる。
「ヒルさんが殺されてしまう」
今見たのは夢だ。
だがただの夢ではないと思う。
「ヒルさんを助けて。トビアス。ヒルさんを連れて帰って」
サラの嗚咽にダナが目を覚ました。
慌てて飛んでくると小さな腕でサラの頭を抱く。
「…サラさん…」
サラの悪い夢。
取り除いて上げられたらいいのに。
ダナは朝までサラを励ました。
夜明けごろ、トビアスはふらりと店の方へ行ったあと、戸口を出た。
ブラウニーに聞くと、その時押し花のお守りをくわえていた。
トビアスはいなくなった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
【後日談完結】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~
ばいむ
ファンタジー
剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。
高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。
特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長していった。
冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、そして・・・。
初投稿というか、初作品というか、まともな初執筆品です。
今までこういうものをまともに書いたこともなかったのでいろいろと変なところがあるかもしれませんがご了承ください。
誤字脱字等あれば連絡をお願いします。
感想やレビューをいただけるととてもうれしいです。書くときの参考にさせていただきます。
おもしろかっただけでも励みになります。
2021/6/27 無事に完結しました。
2021/9/10 後日談の追加開始
2022/2/18 後日談完結
悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる