21 / 31
それぞれの場所で
治療師
しおりを挟む
今朝もひとしきり治療師の悪口を聞いた。
薬屋の店主は民間療法、とりわけまじない的な治療に詳しい。
対して療養所の治療師は解剖に基づいた処置を施す。
あんなの、死者を増やすだけだね。
そう吐き捨てた薬屋は、今朝は「そうだ」と言って手紙をサラに渡した。
「その治療師から預かったんだ。お守り屋のサラさんに渡してって」
礼を言って受け取った後、サラはすぐにそれを開けて読む。
市場の通路でみるみる顔色を変えたサラはまっすぐ療養所へ足を向けた。
あなた宛ての手紙を持った兵士がいます。
できるだけ早く療養所に来てください。
なるべく丁寧に、しかし急いで書いたような筆跡だった。
市場を抜けて、その先の農場までは走っても10分はかかる。
もどかしく息を切らしていると、緑色の物体が飛びついてきた。
「トビアス」
トビアスは朝食に間に合うようにお守り屋へ向かっていたらしい。
サラの気配にこちらへ来た。
「トビアス、この先の農場まで運んでくれる?」
彼はサラの願いを聞き入れ、音もなく農道を走った。
あっという間に療養所として使われている館へたどり着く。
サラはトビアスを撫でるとお守り屋へ戻るよう言った。
手紙を見返して、治療師の名前を確認する。
ジャック、という名に男性を探していたが、誰かに聞くと女性の治療師を連れてこられた。
「あなたがサラさん?」
汚れたエプロンのままその治療師はサラに挨拶する。
男性のように髪の短い女性だった。
背も高く、きりっとした顔立ちをしている。
「すぐ来てくれてよかった。
もし知り合いだったらと思って呼んだの。
こっちへ」
背中を支えられてサラは収容されている負傷者の間を通った。
物資が足りていないのは一目瞭然である。
泣いたり唸ったりする兵士たちを見ながら、サラは奥の廊下へ出た。
その先の部屋はあまり声がしない。
もっと重傷な者がいるのだと分かった。
ジャックは一番手前にいる兵士を指す。
「この人の服にあなた宛ての手紙があったのだけれど、知ってる人?」
矢傷を脇腹に受けていた。
腕が折れていて、整復されていた。
意識がないようだが細く呼吸している。
サラはその傍らに膝をつき、顔をよく見た。
「知らない人です」
その答えに、ジャックはひとつゆっくりとした瞬きをする。
サラは知らない兵士の手を取って礼を言った。
傷の様子から、彼は死ぬことになるとは思っていなかったと分かる。
数日前までは元気だったのではないか。
ヒルではないが、彼が知っている人なのだ。
「ヒルさんからの預かり物、確かに受け取りましたよ。
ありがとうございます。
ヒルさんにも伝えますからね」
聞こえていないかもしれない。
熱が高かった。
「ご足労かけたね。ごめんなさい」
ジャックは言い終えると、さっと患者の懐から手紙を抜き出して渡した。
手紙は確かにサラ宛で、ヒルの名前もある。
「この人はこの手紙を預かっただけなのね。
確かに、向こうを出るときは元気だったの。
骨が折れただけで帰れるなんて最高だって軽口言うくらい」
ジャックの説明に、サラは矢傷を示した。
「ここから傷が化膿してしまったんですね」
その言葉にジャックは目を留める。
サラは気づかずに続けた。
「悪魔が入るなんて言い方をよくされますが。
化膿止め効果のある軟膏を塗っておくだけでましになるはず。
…そんなに薬は不足しているのですか?」
治療師はサラの前に膝をついて目線を合わせる。
「あなたは薬学の知識があるの?」
サラは首を振った。
「私は魔女です。
使える魔法はひとつだけですが。
普段は森で薬草を摘んだりして過ごしています。
簡単な塗り薬くらいなら何種類か作り方を知っています」
ジャックが嬉しそうにサラの手を取る。
「まじないではなく、薬効を知っているんだね」
手に妙な力が入っていて、サラは戸惑った。
治療師は握った手をぶんぶんと振る。
「ここに働きに来ない?
薬草を薬にする作業を頼みたいの。
ここの薬屋では話が通じなくて困っている」
まじないにつかう草だけ大量に持ってくるの、と不満げだった。
そうだ。
呪いと言いつつ麻薬成分のある草を焚いて感覚をマヒさせたまま回復を待つ。
それがこの辺りの治療だった。
「まじないの草は中毒を引き起こすから焚かせてないんだけどね」
ジャックは立腹しながらそう言う。
「サラさんはその軟膏が作れるの?
私は2週間後にまた戦地へ行く。
その時持って行かせてもらえる?
1㎏ほどあれば50日、私の担当期間はもつ」
サラは無言でしばらく考えた。
精油があるのでできないことはない。
ただ。
「軟膏に使う油さえ手に入れば…」
ジャックはいよいよ嬉しそうにサラを抱きしめた。
「やっと話が通じる人が現れた。
今は冬に入ったばかりだから鹿もまだとれるんじゃない?
鹿、猟師のお店に依頼します。
ここへ届けてもらうから。そしたらサラさんを呼びに行く。
ここへきて作ってちょうだい」
必ずだよ、と言い置いて、ジャックは患者を診に行ってしまう。
サラは手紙を握りしめると静かに立ち上がった。
戦場では、薬なんかあっという間になくなるって。
ダナがジョエルから聞いて慌てていたのを思い出す。
ヒルは今どうしているだろう。
1年以上かかるかも、と言っていたのでダナが狼の毛皮を持たせた時だまって見ていた。
寒くなったら使うと思って。
食用の油を持たせようとした時にはさすがにどうなのと思って止めたのだ。
薬の材料として持たせてもよかったのかも知れない。
家に帰ってから読んでみた。
無事でいます、とあった。
本格的な戦いが始まるのはこれからです。
お守りはすごい効果です。
俺には矢が当たらないと、隊のみんなが俺の後ろに隠れて戦うくらいです。
また書けたら書きます。
手紙はそう結んであった。
日付はひと月ほど前。
薬屋の店主は民間療法、とりわけまじない的な治療に詳しい。
対して療養所の治療師は解剖に基づいた処置を施す。
あんなの、死者を増やすだけだね。
そう吐き捨てた薬屋は、今朝は「そうだ」と言って手紙をサラに渡した。
「その治療師から預かったんだ。お守り屋のサラさんに渡してって」
礼を言って受け取った後、サラはすぐにそれを開けて読む。
市場の通路でみるみる顔色を変えたサラはまっすぐ療養所へ足を向けた。
あなた宛ての手紙を持った兵士がいます。
できるだけ早く療養所に来てください。
なるべく丁寧に、しかし急いで書いたような筆跡だった。
市場を抜けて、その先の農場までは走っても10分はかかる。
もどかしく息を切らしていると、緑色の物体が飛びついてきた。
「トビアス」
トビアスは朝食に間に合うようにお守り屋へ向かっていたらしい。
サラの気配にこちらへ来た。
「トビアス、この先の農場まで運んでくれる?」
彼はサラの願いを聞き入れ、音もなく農道を走った。
あっという間に療養所として使われている館へたどり着く。
サラはトビアスを撫でるとお守り屋へ戻るよう言った。
手紙を見返して、治療師の名前を確認する。
ジャック、という名に男性を探していたが、誰かに聞くと女性の治療師を連れてこられた。
「あなたがサラさん?」
汚れたエプロンのままその治療師はサラに挨拶する。
男性のように髪の短い女性だった。
背も高く、きりっとした顔立ちをしている。
「すぐ来てくれてよかった。
もし知り合いだったらと思って呼んだの。
こっちへ」
背中を支えられてサラは収容されている負傷者の間を通った。
物資が足りていないのは一目瞭然である。
泣いたり唸ったりする兵士たちを見ながら、サラは奥の廊下へ出た。
その先の部屋はあまり声がしない。
もっと重傷な者がいるのだと分かった。
ジャックは一番手前にいる兵士を指す。
「この人の服にあなた宛ての手紙があったのだけれど、知ってる人?」
矢傷を脇腹に受けていた。
腕が折れていて、整復されていた。
意識がないようだが細く呼吸している。
サラはその傍らに膝をつき、顔をよく見た。
「知らない人です」
その答えに、ジャックはひとつゆっくりとした瞬きをする。
サラは知らない兵士の手を取って礼を言った。
傷の様子から、彼は死ぬことになるとは思っていなかったと分かる。
数日前までは元気だったのではないか。
ヒルではないが、彼が知っている人なのだ。
「ヒルさんからの預かり物、確かに受け取りましたよ。
ありがとうございます。
ヒルさんにも伝えますからね」
聞こえていないかもしれない。
熱が高かった。
「ご足労かけたね。ごめんなさい」
ジャックは言い終えると、さっと患者の懐から手紙を抜き出して渡した。
手紙は確かにサラ宛で、ヒルの名前もある。
「この人はこの手紙を預かっただけなのね。
確かに、向こうを出るときは元気だったの。
骨が折れただけで帰れるなんて最高だって軽口言うくらい」
ジャックの説明に、サラは矢傷を示した。
「ここから傷が化膿してしまったんですね」
その言葉にジャックは目を留める。
サラは気づかずに続けた。
「悪魔が入るなんて言い方をよくされますが。
化膿止め効果のある軟膏を塗っておくだけでましになるはず。
…そんなに薬は不足しているのですか?」
治療師はサラの前に膝をついて目線を合わせる。
「あなたは薬学の知識があるの?」
サラは首を振った。
「私は魔女です。
使える魔法はひとつだけですが。
普段は森で薬草を摘んだりして過ごしています。
簡単な塗り薬くらいなら何種類か作り方を知っています」
ジャックが嬉しそうにサラの手を取る。
「まじないではなく、薬効を知っているんだね」
手に妙な力が入っていて、サラは戸惑った。
治療師は握った手をぶんぶんと振る。
「ここに働きに来ない?
薬草を薬にする作業を頼みたいの。
ここの薬屋では話が通じなくて困っている」
まじないにつかう草だけ大量に持ってくるの、と不満げだった。
そうだ。
呪いと言いつつ麻薬成分のある草を焚いて感覚をマヒさせたまま回復を待つ。
それがこの辺りの治療だった。
「まじないの草は中毒を引き起こすから焚かせてないんだけどね」
ジャックは立腹しながらそう言う。
「サラさんはその軟膏が作れるの?
私は2週間後にまた戦地へ行く。
その時持って行かせてもらえる?
1㎏ほどあれば50日、私の担当期間はもつ」
サラは無言でしばらく考えた。
精油があるのでできないことはない。
ただ。
「軟膏に使う油さえ手に入れば…」
ジャックはいよいよ嬉しそうにサラを抱きしめた。
「やっと話が通じる人が現れた。
今は冬に入ったばかりだから鹿もまだとれるんじゃない?
鹿、猟師のお店に依頼します。
ここへ届けてもらうから。そしたらサラさんを呼びに行く。
ここへきて作ってちょうだい」
必ずだよ、と言い置いて、ジャックは患者を診に行ってしまう。
サラは手紙を握りしめると静かに立ち上がった。
戦場では、薬なんかあっという間になくなるって。
ダナがジョエルから聞いて慌てていたのを思い出す。
ヒルは今どうしているだろう。
1年以上かかるかも、と言っていたのでダナが狼の毛皮を持たせた時だまって見ていた。
寒くなったら使うと思って。
食用の油を持たせようとした時にはさすがにどうなのと思って止めたのだ。
薬の材料として持たせてもよかったのかも知れない。
家に帰ってから読んでみた。
無事でいます、とあった。
本格的な戦いが始まるのはこれからです。
お守りはすごい効果です。
俺には矢が当たらないと、隊のみんなが俺の後ろに隠れて戦うくらいです。
また書けたら書きます。
手紙はそう結んであった。
日付はひと月ほど前。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??
シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。
何とかお姉様を救わなくては!
日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする!
小説家になろうで日間総合1位を取れました~
転載防止のためにこちらでも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる