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お守り屋の力
しばらくの間
しおりを挟む
びん、と、弦を弾く音がする。
匂い袋の交換に来たダナは驚いた顔で机の上の楽器の弦をつまんでいた。
片腕に交換する予定の袋。
もう片方の手に弦を挟む。
「ふぉぉ…」
ちょっとつまんで離すと、ぴん、ぼん、と面白い音が出た。
物がなくなったジョエルの部屋は変な臭いがしない。
机の上にはバイオリンがあって、妖精の興味はそこに集中した。
ベッドの中でリネンと一体化している人の事は忘れている。
夢中になって爪弾いて遊んでいると、机の上に影が差した。
「すんごい遊ぶなぁ」
目が開いていないジョエルが言う。
椅子を引いて座った。
「おはよう、ジョエルさん。これどうしたんです?」
ジョエルの部屋で初めて見る文明に、ダナはどきどきしている。
「発掘した」
あくびを噛みながらジョエルは答えた。
「楽器、楽しいでしょ?」
力の入らない腕に楽器を握らせて、彼は弓をとる。
「まだ音は良くないけど」
そうして高く掠れたような音でちょっと弾いてみてくれた。
階下で聞いていたサラは嬉しそうに「よかった」と笑う。
その音色からは苦しさは感じられなかった。
店の準備をしながらヒルが「はい」と笑い返す。
ダナが弓を持って弾き始めた。
おかしな音に笑った後、ヒルがサラを見る。
「サラさん、ジョエルに渡したお守りは、どんな魔法をかけたんですか?」
サラはきょとんとした表情になった。
「いつもと同じです。
私の使える魔法はひとつだけですから」
「そうなんですか? ジョエルはその日からバイオリンを触り始めましたよ?」
「偶然だと思います。
たまたま、ヒルさんの気持ちが届いたのと同じ日だったんですよ」
サラはヒルにも「よかった」と言う。
はい、と答えた後で、ヒルは視線を落とした。
何と言いだそうか少し考えて、またサラを見る。
「お守りを注文したいのです。俺が持って行くやつを」
サラが持っていた配達表を静かに握りしめた。
「先日、上官から招集がありました。
断るための堂々とした理由もないので、行きます」
ヒルはなるべく普段の口調で話す。
「俺、戻ってきたいです。
ここに戻ってきたいから、サラさんのお守りがほしいです」
どんな顔をしているのか、サラには分からなかった。
自分は今どんな顔をしてヒルを見ているのか。
「いつ出発ですか?」
仕事の注文だと思い至って、サラは配達表の余白に書き入れた。
「ひと月後くらいです」
まだもう少し時間がある。
「ヒルさん、狼のお守りはもうもらっているでしょう?
ウサギのも必要という事ですか?」
あの女の子のことを思い出して、サラは少し笑うことができた。
ヒルは驚いたような顔をした後、観念したように息を吐く。
「やっぱりサラさんには知られてしまうんですね」
2階からは相変わらず平和な音色が聞こえてきた。
時おりジョエルがお手本を聞かせて、ダナに返す。
ダナはまた割れたような音を轟かせた。
「お嬢様からの贈り物はお返ししました。
持って行くなら、サラさんから直接渡されたものがいいんです」
カチッ、と、何故かそのタイミングでサラの心にスイッチが入る。
「わかりました」
そう言った時の彼女の雰囲気は完全に職人だった。
「ヒルさん、次の任地のこと、詳しく聞きたいです。
どんな場所で、どんな戦いなのか」
サラの変化にヒルはおかしさがこみ上げる。
彼女はいつだって精一杯やるのだ。
「国境で戦うことになります。
平原を挟んで、両側の山に陣取って戦うんです。
最初のうちは山に兵舎を立てるのが主な任務です。
それが終われば、平原に仕掛けを作っていくのが俺の仕事です。
相手は騎馬が得意な国です」
ヒルの説明に、サラはうんうんと相槌をうちながらメモを取る。
「戦争自体は、1年以上かかるかもしれません。
いいところでお互いの司令官が交渉の話を持ち掛けるんでしょう。
今回は侵略ではなく交渉を有利にという争いですので」
1年以上。
「ヒルさんにちゃんと帰ってきてほしいです」
サラは拳に力を入れて握った。
自分にできることはひとつしかないから、それをやるだけだ。
匂い袋の交換に来たダナは驚いた顔で机の上の楽器の弦をつまんでいた。
片腕に交換する予定の袋。
もう片方の手に弦を挟む。
「ふぉぉ…」
ちょっとつまんで離すと、ぴん、ぼん、と面白い音が出た。
物がなくなったジョエルの部屋は変な臭いがしない。
机の上にはバイオリンがあって、妖精の興味はそこに集中した。
ベッドの中でリネンと一体化している人の事は忘れている。
夢中になって爪弾いて遊んでいると、机の上に影が差した。
「すんごい遊ぶなぁ」
目が開いていないジョエルが言う。
椅子を引いて座った。
「おはよう、ジョエルさん。これどうしたんです?」
ジョエルの部屋で初めて見る文明に、ダナはどきどきしている。
「発掘した」
あくびを噛みながらジョエルは答えた。
「楽器、楽しいでしょ?」
力の入らない腕に楽器を握らせて、彼は弓をとる。
「まだ音は良くないけど」
そうして高く掠れたような音でちょっと弾いてみてくれた。
階下で聞いていたサラは嬉しそうに「よかった」と笑う。
その音色からは苦しさは感じられなかった。
店の準備をしながらヒルが「はい」と笑い返す。
ダナが弓を持って弾き始めた。
おかしな音に笑った後、ヒルがサラを見る。
「サラさん、ジョエルに渡したお守りは、どんな魔法をかけたんですか?」
サラはきょとんとした表情になった。
「いつもと同じです。
私の使える魔法はひとつだけですから」
「そうなんですか? ジョエルはその日からバイオリンを触り始めましたよ?」
「偶然だと思います。
たまたま、ヒルさんの気持ちが届いたのと同じ日だったんですよ」
サラはヒルにも「よかった」と言う。
はい、と答えた後で、ヒルは視線を落とした。
何と言いだそうか少し考えて、またサラを見る。
「お守りを注文したいのです。俺が持って行くやつを」
サラが持っていた配達表を静かに握りしめた。
「先日、上官から招集がありました。
断るための堂々とした理由もないので、行きます」
ヒルはなるべく普段の口調で話す。
「俺、戻ってきたいです。
ここに戻ってきたいから、サラさんのお守りがほしいです」
どんな顔をしているのか、サラには分からなかった。
自分は今どんな顔をしてヒルを見ているのか。
「いつ出発ですか?」
仕事の注文だと思い至って、サラは配達表の余白に書き入れた。
「ひと月後くらいです」
まだもう少し時間がある。
「ヒルさん、狼のお守りはもうもらっているでしょう?
ウサギのも必要という事ですか?」
あの女の子のことを思い出して、サラは少し笑うことができた。
ヒルは驚いたような顔をした後、観念したように息を吐く。
「やっぱりサラさんには知られてしまうんですね」
2階からは相変わらず平和な音色が聞こえてきた。
時おりジョエルがお手本を聞かせて、ダナに返す。
ダナはまた割れたような音を轟かせた。
「お嬢様からの贈り物はお返ししました。
持って行くなら、サラさんから直接渡されたものがいいんです」
カチッ、と、何故かそのタイミングでサラの心にスイッチが入る。
「わかりました」
そう言った時の彼女の雰囲気は完全に職人だった。
「ヒルさん、次の任地のこと、詳しく聞きたいです。
どんな場所で、どんな戦いなのか」
サラの変化にヒルはおかしさがこみ上げる。
彼女はいつだって精一杯やるのだ。
「国境で戦うことになります。
平原を挟んで、両側の山に陣取って戦うんです。
最初のうちは山に兵舎を立てるのが主な任務です。
それが終われば、平原に仕掛けを作っていくのが俺の仕事です。
相手は騎馬が得意な国です」
ヒルの説明に、サラはうんうんと相槌をうちながらメモを取る。
「戦争自体は、1年以上かかるかもしれません。
いいところでお互いの司令官が交渉の話を持ち掛けるんでしょう。
今回は侵略ではなく交渉を有利にという争いですので」
1年以上。
「ヒルさんにちゃんと帰ってきてほしいです」
サラは拳に力を入れて握った。
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