お守り屋のダナ

端木 子恭

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ぎゅっとなるとき

立腹

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 ダナが働き始めてから1時間ほど経った。
 いつになく盛況になってしまったヒルの店に、サラが走ってやってくる。

「ダナ」

 テーブルふきんを持って飛びまわる妖精を両手にすくい取って覗いた。

「大丈夫?」
「サラさん」

 気にかかっていた人に会えてダナはぱっと笑顔になる。

「はい。慣れて楽しくなってきたところです」

 元気よく答えた後に首を傾げた。

「サラさん、ジョエルさんから私が今日こちらで店員さんとして働くこと、聞きましたか?」

 サラは大きく頷く。

「もうびっくりしちゃった。
 急にレイナルドさんとジョエルさんが来て、ダナがヒルさんのお店を手伝ってるっていうんだもの」

 ヒルがサラを見つけてそばに来た。

「サラさん、申し訳ないです
 ジョエルを逃がしてしまって…」
「あの二人は今、お守り屋で過ごしています」

 ややご立腹でサラは報告する。

「酔いが醒めたら、レイナルドさんは叱っておきます。
 ヒルさんはジョエルさんをよろしくお願いします。

 …ダナ、私も手伝っていいかな?
 家に帰っても宴会に誘われるだけだから」

 ダナには優しく問いかけた。
 小さな両手を挙げて、ダナは賛成する。

「やったー。サラさんが手伝ってくれたら大助かりです。
 ね、ヒルさん」

 ずぅっと上にあるヒルの顔を見あげた。
 ヒルは嬉しいような申し訳ないような顔をしている。

「普段は家でゆっくり過ごしている時間でしょ?
 無理しないでダナとトビアスと上で休んだ方が…」
「不要ですか?お手伝いは」
「すごく助かります」

 建前を一瞬で捨てたヒルにサラはおかしそうに笑った。

「手伝いと言っても私はヒルさんほど調理ができません。
 食器洗いを受け持ちます」

 店内を見回してサラはそう判断する。
 一度裏手へ顔を出し、寝ているトビアスに声をかけた。

「トビアス、あなたも手伝って。
 店の表の入口脇で寝ていてくれる?
 悪い人がもしいて、ダナを怖がらせたりしたら追い払うのよ」

 トビアスは目を開けると店の表に移動して再び伏せる。
 緑色の毛の大きな犬に、気づいた人はざわめいた。

 サラは腕まくりをすると、たまっている洗い物を片付け始める。
 サラが洗ったコップはダナが風であっという間に乾かした。
 いつも二人はこうして協力しながら暮らしているらしい。
 
 ヒルはこそばゆいような心地がして口許が締まりきらなかった。

「ダナはここでも立派な店員さん」

 洗い物をしながらサラが笑う。
 お客さんとやりとりが弾んでいた。

「こんなにコップが足りなくなりそうなことはなかったですよ。
 ダナは商い上手な妖精です」

 サラの近くで料理を盛るヒルが言う。

「サラさんが洗い物をしてくれているおかげで、明日はちょっとゆっくり寝られそうだし。
 本当に助かります」

 普段は閉店後、酔っぱらったジョエルを2階へ運び、帳簿をつけ、意識が飛びそうになって慌てて自分も2階へ行くのだった。
 洗い物を残してしまうのが常である。

 ダナが厨房に戻ってきてコップを2つサラに渡した。

「新しく2杯、お願いします」

 ヒルが酒を用意して客の所に持って行く。

「サラさん、ヒルさんとお店をやるの楽しいですね」

 ダナが笑顔でサラを見た。
 その顔が同じように楽しそうなのでますます嬉しくなる。

「ヒルさんがお守り屋の隣にお店を開いたらいいのに」

 ダナが思いつきを口にすると、その頭にちょんと指が乗った。

「それもいいな」

 代金を手にヒルが戻ってきている。

「そしたらダナはどっちの店員さん?
 お守り屋? 飯屋?」
「どちらもやりたいです」

 ダナは元気よく答えた。

「いっそ日替わりでどうですか。

 それとも、お守りは受注配達のみにしましょう。
 サラさん、いいですよね?」

 サラは乾いた食器を棚に戻しながら唸る。

「そしたら、いつかのヒルさんみたいに急に装備が切れた兵士さんが困っちゃう」
「それは、レイナルドさんが売ればいいんです。
 門番も兵士の端くれなのに、レイナルドさんは隊列が来てても全く出て来ませんもん。
 不足している装備を売るお仕事をする余力はありますよ」

 やり手の経営者のようなことを言うシルフだ。
 思っていたよりダナは人間の世界になじんでいる。
 サラはヒルと目を合わせ、ふふっと笑った。

「ダナはかわいい。かわいいけど敏腕店長みたい。かっこいい」

 ダナは「はい」と胸を張る。

「サラさんと暮らしていますから」

 ダナにとってのやり手店長は、サラだ。

「サラさんが私の人間のお手本です」

 ストレートな誉め言葉にサラは照れて笑う。

「ヒルさんは私のごはんの神ですから。
 ヒルさんも大切です」

 ダナは気配りを忘れなかった。
 しかしありがたみの内容にヒルは複雑な顔になる。

「やっぱり食いしん坊なんだ、ダナは」



 料理を頼む客が少なくなった頃、ヒルは冷蔵庫の中を確かめた。

 サラは食器洗いをだいたい終わらせるとダナの使ったテーブルふきんを洗っている。
 流しのふちに立ってダナはサラと笑って話していた。
 今日の森の様子や、そろそろ作りたい服の話。
 在庫が切れそうな商品についてなど。
 話題は毎日ある身の回りの事だったが、二人はそれこそが楽しいようだ。

 エールの樽はもうすぐなくなりそうで、これが切れたら閉店にしていい。
 
 完璧な時間の運びにヒルは驚いていた。
 もしジョエルがちゃんと働いていればこんなに早く店を終われる。

 そんなふうに比べてはいけないが。

 現実、ジョエルは働かない。
 夜はひとりでやるからと言っておいて、ちゃんとやったことはない。

 ほんの3年前までは彼は働き者だった。
 大けがをする前は。
 
 彼の様子が変わってしまって、心配しながらもヒルは戦争に行った。
 帰ってきたとき、以前のジョエルではないと思い知った。
 
 なんか、おかしいんだよね。

 戦地から戻って会いに来たヒルにそう言った。
 開き直ったような様子だった。

 俺、死んだみたい。

 その時この家は上から下まで荒れていた。
 店だって何日も開けていなかった。
 家賃も払っていなかった。
 
 ヒルは黙ってひとつずつ片付けた。

 ジョエルを直さなければ。
 
 あの時はそう思った。

「ヒルさん」

 ダナの声に我に返る。
 カウンターから注文を受けた彼女はヒルに伝えた。

「ダナ、それで今日はおしまいだ。酒がなくなった」

 ヒルはそう言うと、店の方にも閉店を告げに行く。
 早いという声がした。
 もう酒がないんだから仕方ないよ、とヒルが説明する。

 最後の客が席を立つと、ヒルは看板をしまった。
 トビアスを店内に招く。

「護衛お疲れさん」

 声をかけると、片目だけちらりと上げて、トビアスは戸口の真ん前に伏せた。

「試作なんだけど、よかったら一緒に食べましょう」

 片づけが終わった厨房に行き、冷蔵庫からオレンジのゼリーを取り出す。
 サラとダナをテーブルに誘った。

 固くない?甘すぎない?と感想を聞きながら一緒に食べる。
 おいしいおいしいと二人は言い合った。
 ダナなんてスプーンを杖のようにして握りしめながら頬を押さえている。

「夏は毎日これがいいです」

 妖精の賛辞にほっとした。

 サラとダナはいつもこんな平和な夜を過ごしているのだろうか。

 いいな、トビアス。

 幸せな犬を見遣る。
 ヒルの視線にトビアスはふふんと鼻を鳴らした。



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