お守り屋のダナ

端木 子恭

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ぎゅっとなるとき

しごと

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 ヒルが持つかごから時々果実が零れ落ちる。
 トビアスはそれに飛びつくようにして食べた。

「ヒルさんはどうして騎士になろうと思ったんですか?」

 先ほどの会話の流れでサラは聞いてみた。

「自然にです」

 シンプルな答えが返ってくる。
 ヒルは続けた。

「うちは代々爵位を継ぐような家系ではないんです。
 父がたまたま準男爵を持っていて、俺は体が頑丈だった。

 で、腕白な男の子はだいたい騎士に憧れるでしょ?

 父は自然に奉公先を探してきて、俺は自然にそこへ働きに行きました」

 あんまり深く考えなかったんです、と彼は笑う。

「でも領地なしなので、普段はただの人ですよ。
 ジョエルが店をやると言う前は、騎士志望の子の家庭教師をしたり。
 日雇いで力仕事を請け負ったり」

 そうそう、と付け加えた。

「お守り屋のことを聞き知っていたのに、サラさんのことは知らなかった。
 ここに来たばかりの頃は妖精の店って聞いていて」

 店主としてそれはどうなのか。

「私はどちらかというと日中は森にいることが多いですから。
 ダナが店を回しています」

「それでサラさんを見なかったんですね。

 サラさんに革紐を恵んでもらった時、びっくりしました。
 人がやってる店なんだなって知って」

 ヒルはトビアスに向けて実を弾いて遊び始める。
 うっかり見失ってくるくる回る様子をおかしそうに見た。

「この頃、騎士になろうって思ったこと、ちょっと後悔してるんです」

 おやつをねだりに近づいてきたトビアスの背を撫でて、ヒルは言う。

「もう戦場には行きたくないなって」

 その顔は特に深刻そうでもなく、口調も重々しくなかった。
 仕事柄、普段から考えることがあるのだろう。

「何かあったんですか?」

 サラもトビアスの耳を掻いてやった。
 
「想像するようになってしまったんです。
 
 俺が戦で死ぬとき、きっと無念だろうって思います」

 サラの目の裏に面影が浮かぶ。

「いつ死んだとか、どこで、どうしてとか、残してきた人たちには知りようがない。
 それってずっとつらい思いをさせるよな、とか。

 俺が精いっぱい戦って晴れ晴れとして死んだのか。
 それともだまし討ちされて悔しいまま死んだのかって。
 答えが出ないまま考えることになる。

 遺骸を連れ帰れなかった同僚もいます。
 家族を探し当てられなかった者もいる。
 
 死という事実が曖昧なまま、悲しむ機会を失った人も見ました。
 すごくつらそうだった。

 だから俺はきっと戦場で後悔します。
 自分はここで、こんな風に最期を迎えたって伝えたいだろうな。

 でもそれはできないんです」

 ふとサラの顔を見たヒルは言葉を飲み込むように唇を閉じた。
 引きつってこわ張るサラの顔。
 
「すみません。
 きっとこれは職業病の一つですね」

 命の話題がすぐそばにあって何の重みもない。
 
 戦士でない者からすれば重苦しい話であるはずだった。

「またジョエルに叱られます。
 戦士の普通は普通じゃないんだから話題を選べって。

 以前もお客さんに笑い話のつもりで言ったことがただの怖い話で…」

 違うんです、とサラは思う。
 思うが口を開けなかった。

 ヒルに苦笑させている。

 自分こそがそうだ。
 悲しむ機会を逃して、いまだに心が整理されていない。
 
 なのに、ヒルも行ってしまうかも知れないのだ。
 また、新しい任務で。


 井戸のポンプを動かす音が聞こえる。
 ブラウニーが柔らかいベリーを丁寧に洗ってざるにあげていた。

 二人に気づくと「おうい」と声をかける。

「ダナがもう量はよさそうだと言っていたよ」

 サラは懸命に笑った。

「ありがとう。
 じゃあこれを洗って最後ね」

 山盛りのかごを示すと、ブラウニーはにこりとする。

「半分は食べても構わない?」
「どうぞ」

 サラはそう言って洗い終わったベリーのかごを持った。
 火加減隊長に引き渡さなければ。

 そしてヒルが待っていてくれればひと瓶あげられるかな。
 
「サラさんおかえりなさい。
 ヒルさんもおかえりなさい」

 小さな隊長は相変わらず鍋から目を離さずに迎えた。

「もうすぐ火からおろします。
 ヒルさん、できたてをひと瓶持ってってくれますか?
 お待たせしたお詫びです」

 サラの言いたかったことをダナはいとも簡単に言ってしまう。

 サラはその傍らにベリーのかごを置いた。

 


 
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