お守り屋のダナ

端木 子恭

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ぎゅっとなるとき

門番の休日

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 門番のレイナルドさんは、月に一度休みを取る。
 夕方から次の日の昼過ぎまで。

 夕方になるとレイナルドはお守り屋に声をかけに来た。

「今から休みに入るよ」
「はぁい」

 ダナは返事をすると外にトビアスを呼びに行く。
 レイナルドを送って行くのだ。
 ダナが来る前は飲みすぎて意識のなくなった門番が門まで帰りつけないことが多かったそうだ。
 今はダナが送っていって、どのあたりで飲んでいるか把握している。
 そうすれば代理で門番をしているサラが何日も兼務することがなくなるのだ。
 見届け人にはトビアスも加わって、ますます大丈夫。

「行ってきます、サラさん」

 相棒の背に乗って、ダナは手を振った。

 レイナルドは今日、ヒルの店を訪れた。
 日暮れ時なのでジョエルもいる。
 階段を下りたところでヒルに捕まって髪を束ねさせられていた。

「今日はじいちゃんの休みか」

 ダナたちに気がついたジョエルが言う。

「監視業務おつかれさん。
 トビアスには後で肉届けるからな」

 トビアスが肉に反応して目を光らせた。

「じいちゃんは晩飯が先?」

 老兵士はおもむろに頷く。

「ヒルー、じいちゃんに飯だしてくれな。
 俺はトビアスに肉を用意するから」

 犬のでいい?だめ?とか聞きながらジョエルはトビアスを店の裏へと連れていった。

「ダナは何を食べる?」

 ヒルが手の平にダナをすくい上げて尋ねる。

「ヒルさんの今日のオススメがいいです」

 ダナが答えた時、レイナルドはすでにカウンターの端を陣取った。

「じいちゃんがここに来るの久しぶりだね」

 ダナを門番のそばに下ろすとヒルは言う。

「先日お前を見かけたから、この店を思い出した」

 レイナルドは酒と骨付き肉を注文した。
 じいちゃんと呼ばせているが、彼は50代である。
 おじさんかおじいさんかと言われればぎりぎり「じいちゃん」になるくらいの年だ。

「じいちゃんは最後意識なくなるから、大歓迎」

 ヒルがにっと笑う。

「今日はなくさないよ」

 レイナルドはいつもこれを誓うのだ。
 ダナは知っている。

「サラさんは元気?」

 鍋で何か炒め始めたヒルが尋ねた。
 ダナは「変わりないですよ」と答える。

「ジャム作りの日、うっかり重い話しちゃったから。
 嫌な思いさせたと心配してた」
「重いとは」

 なぜかレイナルドがしゃしゃりでて来るのに無言で酒のコップを置いた。

「重いとは」

 ダナがかぶせてくる。

「もう騎士引退したいって話。
 戦場で死んだら死んだって伝えられなくて悔しいだろうから。
 戦いに行かずにここで暮らしたいと思っててな」
「それは戦士同士に限って世間話だな」

 レイナルドがまたでしゃばった。
 ヒルはそれには答えず何かの空き瓶を伏せてダナの傍に置く。
 ダナにとってちょうどいいサイズの椅子になった。
 
「なぜ騎士を引退したいのですか?」

 席に落ち着いてダナが聞いた。
 ヒルは再び鍋を世話しながら話す。

「大切な人たちと離れたところで死ぬのが怖いからだ」

 米を投入するさらさらという音がした。

「戦士は死に際のことを誰にも伝えられない。
 死さえ確認できない場合だってある。
 残してきた人は長く悩むだろうと思う。
 それを考えると死ぬ瞬間俺は悔しくなるんじゃないか?」

 ダナはあの商人の事を思い出す。

 結局いまだ墓標すらないあの人。

「サラさんは戦士あるある話を聞いて引いたんじゃないと思います」

 ダナはヒルに言った。

「サラさんは猛獣を一撃で倒す、猛者です。
 命の話で引くはずありません」

 その言いぐさはどうなのかとヒルはちょっと苦笑する。
 ダナは大まじめだった。

「ただ、サラは引きずってるな」
「私はそんなこと暴露するつもりなかったんですが?」

 出しゃばったおじいちゃんにダナは目を剥いて抗議する。

「レイナルドさんは配慮に欠けるから、結婚できなかったんですね」

 門番は黙ってヒルに空のコップを押し付けた。
 誓いは破られる予感しかしない。

 ダナは小さな拳を握ってわなわなしていた。

「普通の人は言いません。そんな繊細なこと」
「戦場から帰った者は皆いかれてる」

 おじいちゃんは2杯目を受け取って堂々と飲む。

「いかれてなければ生きていけるものか」
「それもどうなんだ」

 ヒルが小さく突っ込んだ。

 ブドウの香りが漂ってきて、ダナはヒルの手元を見る。
 何かおいしそうなものが出来上がる期待しかなかった。

「…サラさんは、待ってる人がいるの?」

 答えなくてもいいけど、とヒルは付け加える。

「とっくに諦めた」

 レイナルドが一言答えてしまった。

「レイナルドさん」

 ダナは拳を振り上げる。

「待って。私がぼやかす時間をください」
「命は突然なくなるんだぞ。急げ」

 老戦士にダナがのけぞって唸った。

「じいちゃんはダナで遊ばない」

 オーブンで温めた骨付き肉を出してやると、レイナルドはしゃべるのをやめて食べ始める。

「ヒルさん、サラさんはたぶん、怖かったんですよ。
 ヒルさんはこれから戦場に行ってしまうかもしれないって実感したんだと思います」

 大切な人を失ったと納得するまで3年かかった。
 その間不安と楽観とが入り混じってサラを消耗させた。

 あれをもう一度繰り返す怖さにサラは竦んだのだ。
 
「ヒルさんと友達になってから、サラさんは元気になりました。
 ヒルさんのごはんはどんな魔法より最強ですよ。
 失いたくないのは私も一緒です」

 ダナの言葉にヒルは声を出して笑う。

「その言い方だと、二人はひたすら食いしん坊みたいだが」
「ヒルさんのごはんに関してはそうです。

 特にサラさんがあんなに感動して食べる事ないですもん」

 そう力説するダナの前に、ヒルは大きな皿を置いた。

 リゾットだ。

 ダナは両手を広げて立ち上る湯気を抱きしめる。

「おいしそう」

 手渡されたスプーンで表面をすくって口に入れた。

「やっぱりヒルさんのごはんは最高においしいです」

 この世の天国みたいな顔のダナにヒルは優しく笑う。
 老人には無言でリゾットの皿を差し出した。
 相手も黙って空のコップを突き出してくる。

「ヒル、俺にもくれ。じいちゃんのおごりで」

 戻ってきたジョエルが声をかけた。
 レイナルドが眉を顰めるのに「いいでしょ」と受け流して見せる。

「エール?ビール?ワイン?」

 だんだん値段が高い方へヒルは誘導する。

「エールにしとけ。わたしがエールなのになんだ、ワインって」
「はーい」

 ちぇ、と言ったジョエルは伝票に「羊肉」とこっそり書いた。


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