お守り屋のダナ

端木 子恭

文字の大きさ
上 下
11 / 31
ぎゅっとなるとき

門番の休日

しおりを挟む
 門番のレイナルドさんは、月に一度休みを取る。
 夕方から次の日の昼過ぎまで。

 夕方になるとレイナルドはお守り屋に声をかけに来た。

「今から休みに入るよ」
「はぁい」

 ダナは返事をすると外にトビアスを呼びに行く。
 レイナルドを送って行くのだ。
 ダナが来る前は飲みすぎて意識のなくなった門番が門まで帰りつけないことが多かったそうだ。
 今はダナが送っていって、どのあたりで飲んでいるか把握している。
 そうすれば代理で門番をしているサラが何日も兼務することがなくなるのだ。
 見届け人にはトビアスも加わって、ますます大丈夫。

「行ってきます、サラさん」

 相棒の背に乗って、ダナは手を振った。

 レイナルドは今日、ヒルの店を訪れた。
 日暮れ時なのでジョエルもいる。
 階段を下りたところでヒルに捕まって髪を束ねさせられていた。

「今日はじいちゃんの休みか」

 ダナたちに気がついたジョエルが言う。

「監視業務おつかれさん。
 トビアスには後で肉届けるからな」

 トビアスが肉に反応して目を光らせた。

「じいちゃんは晩飯が先?」

 老兵士はおもむろに頷く。

「ヒルー、じいちゃんに飯だしてくれな。
 俺はトビアスに肉を用意するから」

 犬のでいい?だめ?とか聞きながらジョエルはトビアスを店の裏へと連れていった。

「ダナは何を食べる?」

 ヒルが手の平にダナをすくい上げて尋ねる。

「ヒルさんの今日のオススメがいいです」

 ダナが答えた時、レイナルドはすでにカウンターの端を陣取った。

「じいちゃんがここに来るの久しぶりだね」

 ダナを門番のそばに下ろすとヒルは言う。

「先日お前を見かけたから、この店を思い出した」

 レイナルドは酒と骨付き肉を注文した。
 じいちゃんと呼ばせているが、彼は50代である。
 おじさんかおじいさんかと言われればぎりぎり「じいちゃん」になるくらいの年だ。

「じいちゃんは最後意識なくなるから、大歓迎」

 ヒルがにっと笑う。

「今日はなくさないよ」

 レイナルドはいつもこれを誓うのだ。
 ダナは知っている。

「サラさんは元気?」

 鍋で何か炒め始めたヒルが尋ねた。
 ダナは「変わりないですよ」と答える。

「ジャム作りの日、うっかり重い話しちゃったから。
 嫌な思いさせたと心配してた」
「重いとは」

 なぜかレイナルドがしゃしゃりでて来るのに無言で酒のコップを置いた。

「重いとは」

 ダナがかぶせてくる。

「もう騎士引退したいって話。
 戦場で死んだら死んだって伝えられなくて悔しいだろうから。
 戦いに行かずにここで暮らしたいと思っててな」
「それは戦士同士に限って世間話だな」

 レイナルドがまたでしゃばった。
 ヒルはそれには答えず何かの空き瓶を伏せてダナの傍に置く。
 ダナにとってちょうどいいサイズの椅子になった。
 
「なぜ騎士を引退したいのですか?」

 席に落ち着いてダナが聞いた。
 ヒルは再び鍋を世話しながら話す。

「大切な人たちと離れたところで死ぬのが怖いからだ」

 米を投入するさらさらという音がした。

「戦士は死に際のことを誰にも伝えられない。
 死さえ確認できない場合だってある。
 残してきた人は長く悩むだろうと思う。
 それを考えると死ぬ瞬間俺は悔しくなるんじゃないか?」

 ダナはあの商人の事を思い出す。

 結局いまだ墓標すらないあの人。

「サラさんは戦士あるある話を聞いて引いたんじゃないと思います」

 ダナはヒルに言った。

「サラさんは猛獣を一撃で倒す、猛者です。
 命の話で引くはずありません」

 その言いぐさはどうなのかとヒルはちょっと苦笑する。
 ダナは大まじめだった。

「ただ、サラは引きずってるな」
「私はそんなこと暴露するつもりなかったんですが?」

 出しゃばったおじいちゃんにダナは目を剥いて抗議する。

「レイナルドさんは配慮に欠けるから、結婚できなかったんですね」

 門番は黙ってヒルに空のコップを押し付けた。
 誓いは破られる予感しかしない。

 ダナは小さな拳を握ってわなわなしていた。

「普通の人は言いません。そんな繊細なこと」
「戦場から帰った者は皆いかれてる」

 おじいちゃんは2杯目を受け取って堂々と飲む。

「いかれてなければ生きていけるものか」
「それもどうなんだ」

 ヒルが小さく突っ込んだ。

 ブドウの香りが漂ってきて、ダナはヒルの手元を見る。
 何かおいしそうなものが出来上がる期待しかなかった。

「…サラさんは、待ってる人がいるの?」

 答えなくてもいいけど、とヒルは付け加える。

「とっくに諦めた」

 レイナルドが一言答えてしまった。

「レイナルドさん」

 ダナは拳を振り上げる。

「待って。私がぼやかす時間をください」
「命は突然なくなるんだぞ。急げ」

 老戦士にダナがのけぞって唸った。

「じいちゃんはダナで遊ばない」

 オーブンで温めた骨付き肉を出してやると、レイナルドはしゃべるのをやめて食べ始める。

「ヒルさん、サラさんはたぶん、怖かったんですよ。
 ヒルさんはこれから戦場に行ってしまうかもしれないって実感したんだと思います」

 大切な人を失ったと納得するまで3年かかった。
 その間不安と楽観とが入り混じってサラを消耗させた。

 あれをもう一度繰り返す怖さにサラは竦んだのだ。
 
「ヒルさんと友達になってから、サラさんは元気になりました。
 ヒルさんのごはんはどんな魔法より最強ですよ。
 失いたくないのは私も一緒です」

 ダナの言葉にヒルは声を出して笑う。

「その言い方だと、二人はひたすら食いしん坊みたいだが」
「ヒルさんのごはんに関してはそうです。

 特にサラさんがあんなに感動して食べる事ないですもん」

 そう力説するダナの前に、ヒルは大きな皿を置いた。

 リゾットだ。

 ダナは両手を広げて立ち上る湯気を抱きしめる。

「おいしそう」

 手渡されたスプーンで表面をすくって口に入れた。

「やっぱりヒルさんのごはんは最高においしいです」

 この世の天国みたいな顔のダナにヒルは優しく笑う。
 老人には無言でリゾットの皿を差し出した。
 相手も黙って空のコップを突き出してくる。

「ヒル、俺にもくれ。じいちゃんのおごりで」

 戻ってきたジョエルが声をかけた。
 レイナルドが眉を顰めるのに「いいでしょ」と受け流して見せる。

「エール?ビール?ワイン?」

 だんだん値段が高い方へヒルは誘導する。

「エールにしとけ。わたしがエールなのになんだ、ワインって」
「はーい」

 ちぇ、と言ったジョエルは伝票に「羊肉」とこっそり書いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

勇者現代へ帰る。でも、国ごと付いてきちゃいました。

Azanasi
ファンタジー
突然召喚された卒業間近の中学生、直人 召喚の途中で女神の元へ……女神から魔神の討伐を頼まれる。 断ればそのまま召喚されて帰るすべはないと女神は言い、討伐さえすれば元の世界の元の時間軸へ帰してくれると言う言葉を信じて異世界へ。 直人は魔神を討伐するが帰れない。実は魔神は元々そんなに力があるわけでもなくただのハリボテだった。そう、魔法で強く見せていただけだったのだが、女神ともなればそれくらい簡単に見抜けるはずなおだが見抜けなかった。女神としては責任問題だここでも女神は隠蔽を施す。 帰るまで数年かかると直人に伝える、直人は仕方なくも受け入れて現代の知識とお買い物スキルで国を発展させていく ある時、何の前触れもなく待望していた帰還が突然がかなってしまう。 それには10年の歳月がかかっていた。おまけにあろうことか国ごと付いてきてしまったのだ。 現代社会に中世チックな羽毛の国が現れた。各国ともいろんな手を使って取り込もうとするが直人は抵抗しアルスタン王国の将来を模索して行くのだった。 ■小説家になろうにも掲載

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...