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ぎゅっとなるとき
ひとやすみ
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森のブラックベリーがいよいよ猛威をふるっている。
サラが何往復もして集めてくるのを、ブラウニーは洗い、ダナは鍋にかけた。
朝からベリーのジャムを順調に作っていた。
サラですら煮込めそうな大きさの鍋を操るダナは誇らしげである。
トビアスは森に遊びに行っていた。
こんにちは、と店の方から声がする。
しかし火加減隊長としては振り向けなかった。
「すみません、今ちょっと手も目も離せなくて…」
鍋の底はダナの戦場になっている。
焦がしてなるものか。
「手伝おうか?」
住居側をひょいっと覗いて言ったのはヒルだった。
腕まくりにエプロン姿の妖精が木べらを手に戦っている。
巻き毛を束ね、三角巾で覆った頭。
大勝負であることは見てすぐわかった。
「いえ、ここは私の持ち場ですから」
ダナは砦を守る兵のような口調で答える。
しかし鼻先センサーが何かを捉えた。
ヒルの手に持っているかごからはこんがりしたチーズの匂いがしてくる。
きっとチーズパイだ…。
サクサクの食感を思い浮かべてダナは思わずうっとりした。
「すみません、ヒルさん。
サラさんが森から戻ったらご用をうかがえます。
外にいるブラウニーに聞いてみてください。
サラさんが戻るおおよその時間が分かるはずです」
「ではちょっと外に行ってくる」
ヒルは住居用の戸口から外へ出ていく。
井戸のそばのブラウニーに話しかけてから、彼は森の中へ続く道に入っていった。
5分ほど進むとトビアスが出てきた。
少し前に見た時より大きい。
大人の、毛刈り前の羊くらいの大きさに見えた。
「トビアス、また大きくなったか」
声をかけると緑の犬はふふんと鼻を鳴らす。
そのままヒルと一緒に歩き出した。
「今日はサラさんたちはジャムづくりの日なんだな。
森の近くというのはいいね」
森の木々は適度に距離を開けて生えている。
サラの一族が代々手入れをしてきたからだった。
今はサラ一人でそれをしている。
日当たりのいい箇所で、サラがかごにブラックベリーを収穫するのが見えた。
手の先は赤黒くなっている。
ときどききれいな実をつまみながら作業していた。
「サラさん、こんにちは」
声をかけると彼女は肩を竦ませてとびあがる。
びっくりして掴んだエプロンにベリーの色がついた。
「あぁ、びっくりしました。
こんにちは」
ヒルだとわかってほっと笑う。
「すごい量のベリーですね。これ全部ジャムにするんですか」
ヒルは視界に入る範囲にまだまだある果実を見渡した。
「本当はそうしたいのですが、1年で食べられる分だけです」
「それはどれくらい?」
「ダナが今煮詰めてくれている鍋ひとつ分です」
にこにこ笑って会話をする。
「固さを調節する用に少し多めに摘んでいますが、これはほとんど朝食かおやつです」
いつものように髪をひっつめに束ねたサラは摘む速度をあげた。
「ヒルさんはお買い物に来てくれたんですか?
ダナは鍋から離れられないからお待たせしてますね」
「俺は急いでいませんので、いいんです」
ヒルはそう言うとサラに持っていたかごを差し出す。
「ひと休みいかがですか?
俺が続きを摘んでおきますよ」
彼女にかごを預けると少し場所をずらしてベリーを摘み始めた。
「手が汚れますよ」
サラが慌てる。
洗えば平気だから、とヒルは笑った。
「いい匂い」
渡されたかごから漂う匂いにサラは呟く。
「どうぞ。つまんでいてください」
ヒルは大きな手で次々ベリーをかごに入れていった。
クロスをめくるとスティックパイがたくさん並べられているのが見える。
「下宿している子が、この夏で卒業しました。
数日後にはふるさとに帰るんです。
遠くから来ている子だったから見習い期間中は一度も戻らなかった。
絶対に無事に帰ってほしいのでお守りを買いに来ました」
そう話すヒルの顔は優しかった。
「今日は店を休みにしました。
その子をジョエルが連れまわしています」
「それは…」
今頃どうなっているのだろう。
サラは見習いを終えたばかりのほやほや騎士の身を案じる。
「しばらくさみしいですね。家から人がいなくなると」
サクサクのパイ生地は、一つ食べると止まらなかった。
全部食べてしまう前にサラはクロスをかけ直す。
「そうですね」
再び摘果場所を変えてヒルは同意した。
「サラさんは魔女の見習いは取らないのですか?」
何気なく問う。
「とりません」
サラは首を振った。
「お守りの魔法は家系によるところが大きいので弟子を探すのも大変なんです。
いっそ私の代でお守り屋をたたんでもいいと思っています」
「効果があるのに、もったいない話です」
サラを見てヒルが笑う。
いえいえとサラは恐縮した。
「効いてほしいと願うほどは効かなかったりしますから」
はあ、と嘆息する。
大切な人を託すなら、もっと実行力のある魔法がいい。
例えば、トビアスを召喚して窮地を脱する、とか。
「…ねえ?」
緑の毛の犬に問いかけた。
トビアスはそれほど興味なさそうである。
しかしサラにそっと身を寄せて地面に伏せた。
まあ、早く帰ろう?と言っているようだ。
かごが山盛りになってから三人は帰り道を歩いた。
サラが何往復もして集めてくるのを、ブラウニーは洗い、ダナは鍋にかけた。
朝からベリーのジャムを順調に作っていた。
サラですら煮込めそうな大きさの鍋を操るダナは誇らしげである。
トビアスは森に遊びに行っていた。
こんにちは、と店の方から声がする。
しかし火加減隊長としては振り向けなかった。
「すみません、今ちょっと手も目も離せなくて…」
鍋の底はダナの戦場になっている。
焦がしてなるものか。
「手伝おうか?」
住居側をひょいっと覗いて言ったのはヒルだった。
腕まくりにエプロン姿の妖精が木べらを手に戦っている。
巻き毛を束ね、三角巾で覆った頭。
大勝負であることは見てすぐわかった。
「いえ、ここは私の持ち場ですから」
ダナは砦を守る兵のような口調で答える。
しかし鼻先センサーが何かを捉えた。
ヒルの手に持っているかごからはこんがりしたチーズの匂いがしてくる。
きっとチーズパイだ…。
サクサクの食感を思い浮かべてダナは思わずうっとりした。
「すみません、ヒルさん。
サラさんが森から戻ったらご用をうかがえます。
外にいるブラウニーに聞いてみてください。
サラさんが戻るおおよその時間が分かるはずです」
「ではちょっと外に行ってくる」
ヒルは住居用の戸口から外へ出ていく。
井戸のそばのブラウニーに話しかけてから、彼は森の中へ続く道に入っていった。
5分ほど進むとトビアスが出てきた。
少し前に見た時より大きい。
大人の、毛刈り前の羊くらいの大きさに見えた。
「トビアス、また大きくなったか」
声をかけると緑の犬はふふんと鼻を鳴らす。
そのままヒルと一緒に歩き出した。
「今日はサラさんたちはジャムづくりの日なんだな。
森の近くというのはいいね」
森の木々は適度に距離を開けて生えている。
サラの一族が代々手入れをしてきたからだった。
今はサラ一人でそれをしている。
日当たりのいい箇所で、サラがかごにブラックベリーを収穫するのが見えた。
手の先は赤黒くなっている。
ときどききれいな実をつまみながら作業していた。
「サラさん、こんにちは」
声をかけると彼女は肩を竦ませてとびあがる。
びっくりして掴んだエプロンにベリーの色がついた。
「あぁ、びっくりしました。
こんにちは」
ヒルだとわかってほっと笑う。
「すごい量のベリーですね。これ全部ジャムにするんですか」
ヒルは視界に入る範囲にまだまだある果実を見渡した。
「本当はそうしたいのですが、1年で食べられる分だけです」
「それはどれくらい?」
「ダナが今煮詰めてくれている鍋ひとつ分です」
にこにこ笑って会話をする。
「固さを調節する用に少し多めに摘んでいますが、これはほとんど朝食かおやつです」
いつものように髪をひっつめに束ねたサラは摘む速度をあげた。
「ヒルさんはお買い物に来てくれたんですか?
ダナは鍋から離れられないからお待たせしてますね」
「俺は急いでいませんので、いいんです」
ヒルはそう言うとサラに持っていたかごを差し出す。
「ひと休みいかがですか?
俺が続きを摘んでおきますよ」
彼女にかごを預けると少し場所をずらしてベリーを摘み始めた。
「手が汚れますよ」
サラが慌てる。
洗えば平気だから、とヒルは笑った。
「いい匂い」
渡されたかごから漂う匂いにサラは呟く。
「どうぞ。つまんでいてください」
ヒルは大きな手で次々ベリーをかごに入れていった。
クロスをめくるとスティックパイがたくさん並べられているのが見える。
「下宿している子が、この夏で卒業しました。
数日後にはふるさとに帰るんです。
遠くから来ている子だったから見習い期間中は一度も戻らなかった。
絶対に無事に帰ってほしいのでお守りを買いに来ました」
そう話すヒルの顔は優しかった。
「今日は店を休みにしました。
その子をジョエルが連れまわしています」
「それは…」
今頃どうなっているのだろう。
サラは見習いを終えたばかりのほやほや騎士の身を案じる。
「しばらくさみしいですね。家から人がいなくなると」
サクサクのパイ生地は、一つ食べると止まらなかった。
全部食べてしまう前にサラはクロスをかけ直す。
「そうですね」
再び摘果場所を変えてヒルは同意した。
「サラさんは魔女の見習いは取らないのですか?」
何気なく問う。
「とりません」
サラは首を振った。
「お守りの魔法は家系によるところが大きいので弟子を探すのも大変なんです。
いっそ私の代でお守り屋をたたんでもいいと思っています」
「効果があるのに、もったいない話です」
サラを見てヒルが笑う。
いえいえとサラは恐縮した。
「効いてほしいと願うほどは効かなかったりしますから」
はあ、と嘆息する。
大切な人を託すなら、もっと実行力のある魔法がいい。
例えば、トビアスを召喚して窮地を脱する、とか。
「…ねえ?」
緑の毛の犬に問いかけた。
トビアスはそれほど興味なさそうである。
しかしサラにそっと身を寄せて地面に伏せた。
まあ、早く帰ろう?と言っているようだ。
かごが山盛りになってから三人は帰り道を歩いた。
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