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試走
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6月に入ると、祖母が本当にチームに加わった。
マッサーとして。
「ばあちゃんマッサージ上手ー」
運動公園にバスでやってきた祖母はつむぎの足をもんでいる。
「つむちゃんはどうして若いのに足つっちゃうんだろうねえ」
ぎゅぎゅっと孫の足をもんで祖母は笑っていた。
縁が唖然としてその風景を見ている。
水分不足か寝不足だ。
自転車からいったん下りて足をついたところ、片足がつった。
このところ、自転車に乗る時間が長くなっている。
勉強時間は削れないので寝る時間は確実に減っていた。
せっかく、あと50日ほど北海道にいる。
もっと縁とも遊びたいのだが。
縁はすっかり買い物好き女子だってことが分かった。
もっぱらイオンに行きたがる。
でも、フードコートでお茶、なら世界中どこだってできるのだ。
つむぎは自転車に乗ってひとり南の方へ行ったりする。
ばあちゃんは、つむぎが来てから2回ほどうずくまった。
その2回とも病院で検査したが、様子を見ていてと帰されている。
「亀ー。逆だってば。
おまえがおばあちゃんマッサージすんだろ」
琉人は呆れた感じで言ってやった。
縁の父が車の後ろを開けて祖母を日陰に入れる。
今日は試走で、3時間どんな感じなのか走ってみることになっていた。
全員2~3周ずつ行きたい。
2周続けて走るかどうか、林太郎と何人かが相談していた。
最初の1回は1周ずつ。
次は2周ずつ走ってみようということになった。
「実ちゃん、それ、塾の宿題?」
立ったままテキストを開いて書き込んでいる。
つむぎは実の手元を覗いた。
「そう。ちょっと解くのに時間かかっちゃうんだよね」
「それ難しいよね。なんか一瞬分かんなくなっちゃうこと、私もあるよ」
あはは、と言った後で実は溜息をつく。
「ここにいてちょっと成績が良かったって、ね。
こんなに時間かけて勉強してもせいぜい旭川の高校行くくらい。
亀ちゃんはラッキーだね。
ひとつとばしに関東行けて」
嫌味でなく、本当にそう思っている感じで実が言った。
こっちに戻って、つむぎも感じている。
なんにせよ、ここにいるうちは楽しい。
しかしここを出ようと思うと厳しい。
きっとここを出たって厳しいのだ。
引っ越し先で感じる経験値の差が大きい。
「向こうの子たちはね、勉強も必要な時には集中してやるんだ。
けど遊びにもパッと出かけちゃう。
勉強ばっかりの子は少ないよ。
楽なんだよね。何するにしても。すぐあるから。
お金かかるけど」
そして、楽に、遊びに出かけている自分がいた。
向こうで育った友達に遊び方を教えてもらっている。
同級生たちは人生のバランスをとるのが子どもなりに上手かった。
「ここまで」の自分のラインがあって、そこからははみ出さない。
それがつむぎにはとてもスマートに思えた。
「実ちゃんはもう行きたい学部なんか決めてるの?」
実直そうな彼女はもしかしてらもう決めているかもしれない。
はたして、実は頷いた。
「法学部か、社会学部に行きたい」
「文系のチマ・コッピだ。すごいね。目指してるんだ」
聞きなれない単語に実は訝しげな眉をする。
しかし褒めてくれているのは伝わったので何も言わなかった。
時々サイクリングコースを散歩している人に声をかけながら試走した。
寛登はこの日も時速30キロ超えを記録して、祖母に「暴走族」と呼ばれる。
舷は最高速こそ及ばなかったが、アベレージではやはり2番目に良かった。
琉人は1周目、その舷を超えて1周30キロを出したものの、2周走った時には大きく減速してしまう。
縁と一は1周目はぎりぎり25キロで走ったが、2周走るときには20キロそこそこになった。
三千華は25キロに届かない。
林太郎は20キロにのったが実は18キロが最高だった。
そして、橙だ。
彼女は何周走ってもぴったり時速25キロで帰ってくる。
神業か。
つむぎはひれ伏す思いで橙にお願いした。
「橙さま、時々でいいので一緒に。一緒に走ってください。
走り方のコツを教えてください」
高い声で大笑いしながら橙は「いいよう」と頷く。
橙は最後の大会の練習と、受験のための塾で忙しいはずだ。
予定のない日の放課後、1時間程度一緒に走ってくれることになる。
つむぎは、今日正式に時速25キロを記録した。
2周続けて走るとそれをちょっと下回ってしまう。
持久力がまだ足りない。
「ちゃりんこレース終わったら、公園で昼食べよう」
集計作業中に一が言った。
「父さんが肉準備して焼いとくってさぁ」
一の家は精肉店をしている。
「いっちゃん、俺、牛の肉が良い。ジンギスカンでなくて」
寛登がリクエストした。
一が「牛かぁ」と頭を掻く。
「言ってみるけど、どうせジンギスカンと豚かも」
牛は来ない。
「みんな1周の時間はだいぶ縮んでるよ」
電卓片手の林太郎が報告した。
「交代の時間を入れて、10分と何秒かかかってる。
1周ずつ交代で走った時は、全部で18周走れる計算だわ。
2周走っちゃうと、遅くなるかなあ。
16か17周になっちゃうね」
厳しい。
「本番はコースに人がいないし、うまく人の後ろについたりできるから。
心配しなくてもいい数字だと思う」
縁の父が言った。
しかし中学生たちの間には微妙な不安が漂う。
解散の後、縁の父が祖母を送ってくれた。
つむぎはスーパーに寄ってペットボトルをかごいっぱいに買って帰る。
今年、キッズの強いチーム出るのかな。
そんなことを思った。
マッサーとして。
「ばあちゃんマッサージ上手ー」
運動公園にバスでやってきた祖母はつむぎの足をもんでいる。
「つむちゃんはどうして若いのに足つっちゃうんだろうねえ」
ぎゅぎゅっと孫の足をもんで祖母は笑っていた。
縁が唖然としてその風景を見ている。
水分不足か寝不足だ。
自転車からいったん下りて足をついたところ、片足がつった。
このところ、自転車に乗る時間が長くなっている。
勉強時間は削れないので寝る時間は確実に減っていた。
せっかく、あと50日ほど北海道にいる。
もっと縁とも遊びたいのだが。
縁はすっかり買い物好き女子だってことが分かった。
もっぱらイオンに行きたがる。
でも、フードコートでお茶、なら世界中どこだってできるのだ。
つむぎは自転車に乗ってひとり南の方へ行ったりする。
ばあちゃんは、つむぎが来てから2回ほどうずくまった。
その2回とも病院で検査したが、様子を見ていてと帰されている。
「亀ー。逆だってば。
おまえがおばあちゃんマッサージすんだろ」
琉人は呆れた感じで言ってやった。
縁の父が車の後ろを開けて祖母を日陰に入れる。
今日は試走で、3時間どんな感じなのか走ってみることになっていた。
全員2~3周ずつ行きたい。
2周続けて走るかどうか、林太郎と何人かが相談していた。
最初の1回は1周ずつ。
次は2周ずつ走ってみようということになった。
「実ちゃん、それ、塾の宿題?」
立ったままテキストを開いて書き込んでいる。
つむぎは実の手元を覗いた。
「そう。ちょっと解くのに時間かかっちゃうんだよね」
「それ難しいよね。なんか一瞬分かんなくなっちゃうこと、私もあるよ」
あはは、と言った後で実は溜息をつく。
「ここにいてちょっと成績が良かったって、ね。
こんなに時間かけて勉強してもせいぜい旭川の高校行くくらい。
亀ちゃんはラッキーだね。
ひとつとばしに関東行けて」
嫌味でなく、本当にそう思っている感じで実が言った。
こっちに戻って、つむぎも感じている。
なんにせよ、ここにいるうちは楽しい。
しかしここを出ようと思うと厳しい。
きっとここを出たって厳しいのだ。
引っ越し先で感じる経験値の差が大きい。
「向こうの子たちはね、勉強も必要な時には集中してやるんだ。
けど遊びにもパッと出かけちゃう。
勉強ばっかりの子は少ないよ。
楽なんだよね。何するにしても。すぐあるから。
お金かかるけど」
そして、楽に、遊びに出かけている自分がいた。
向こうで育った友達に遊び方を教えてもらっている。
同級生たちは人生のバランスをとるのが子どもなりに上手かった。
「ここまで」の自分のラインがあって、そこからははみ出さない。
それがつむぎにはとてもスマートに思えた。
「実ちゃんはもう行きたい学部なんか決めてるの?」
実直そうな彼女はもしかしてらもう決めているかもしれない。
はたして、実は頷いた。
「法学部か、社会学部に行きたい」
「文系のチマ・コッピだ。すごいね。目指してるんだ」
聞きなれない単語に実は訝しげな眉をする。
しかし褒めてくれているのは伝わったので何も言わなかった。
時々サイクリングコースを散歩している人に声をかけながら試走した。
寛登はこの日も時速30キロ超えを記録して、祖母に「暴走族」と呼ばれる。
舷は最高速こそ及ばなかったが、アベレージではやはり2番目に良かった。
琉人は1周目、その舷を超えて1周30キロを出したものの、2周走った時には大きく減速してしまう。
縁と一は1周目はぎりぎり25キロで走ったが、2周走るときには20キロそこそこになった。
三千華は25キロに届かない。
林太郎は20キロにのったが実は18キロが最高だった。
そして、橙だ。
彼女は何周走ってもぴったり時速25キロで帰ってくる。
神業か。
つむぎはひれ伏す思いで橙にお願いした。
「橙さま、時々でいいので一緒に。一緒に走ってください。
走り方のコツを教えてください」
高い声で大笑いしながら橙は「いいよう」と頷く。
橙は最後の大会の練習と、受験のための塾で忙しいはずだ。
予定のない日の放課後、1時間程度一緒に走ってくれることになる。
つむぎは、今日正式に時速25キロを記録した。
2周続けて走るとそれをちょっと下回ってしまう。
持久力がまだ足りない。
「ちゃりんこレース終わったら、公園で昼食べよう」
集計作業中に一が言った。
「父さんが肉準備して焼いとくってさぁ」
一の家は精肉店をしている。
「いっちゃん、俺、牛の肉が良い。ジンギスカンでなくて」
寛登がリクエストした。
一が「牛かぁ」と頭を掻く。
「言ってみるけど、どうせジンギスカンと豚かも」
牛は来ない。
「みんな1周の時間はだいぶ縮んでるよ」
電卓片手の林太郎が報告した。
「交代の時間を入れて、10分と何秒かかかってる。
1周ずつ交代で走った時は、全部で18周走れる計算だわ。
2周走っちゃうと、遅くなるかなあ。
16か17周になっちゃうね」
厳しい。
「本番はコースに人がいないし、うまく人の後ろについたりできるから。
心配しなくてもいい数字だと思う」
縁の父が言った。
しかし中学生たちの間には微妙な不安が漂う。
解散の後、縁の父が祖母を送ってくれた。
つむぎはスーパーに寄ってペットボトルをかごいっぱいに買って帰る。
今年、キッズの強いチーム出るのかな。
そんなことを思った。
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