ただの魔法使いです

端木 子恭

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麦秀に寄す心

それぞれに思惑がある

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 シュトラールに戻った。

 グラントはまず、ポーターに宿題が終わっていないことを報告しなければならない。
 だが、ケイレブがあっという間に彼をどこかへさらっていった。
 レイはケリーの元へ行くという。

 理由は教えてもらえないまま、グラントはバレットの団員に魔物の鳥たちを紹介した。
 最初に会ったのがアッシャー侯爵だったせいか、すんなり受け入れる。
 彼らは話しながら建設現場に連れていった。

 もはやセットになっているダンスの講師とエコーをフットマンに託して、グラントは外へ出る。
 都の空気はさらっとしていた。

 アッシャーの領地へ赴く。
 屋敷の従僕に礼状を託してさっと離れた。
 

 市場へ寄ったら、奥様方に久しぶりだと声をかけられる。
 大きくなった? って聞かれるのに納得がいかない。



 食べ物を買って、ジェロディのところへ行った。



「おかえり。ずいぶんかかったねえ」

 子どもと戯れていたジェロディが笑う。

「寄り道してたんです」

 その顔を見た途端、ほっと力が抜けてしまった。
 足元に置いた荷物を子どもたちが引きずっていく。

「グラントがいない間、バレットから定期的に色々届いてたんだよ。 
 ポーターが手配してくれてね。助かっちゃった」



 悪びれてない師匠にむっと唇を引き結んだ。



「余計なことしないでってお願いしたのに」
「それは覚えてたけど、グラントが行った方がいいって気がしたんだ」
「南の辺境領まで足を運びました」

 そして一旦黙ったグラントは、ジェロディを窺い見た。
 その目が大いに迷っている。何と切り出したらいいか。

「メイソン卿は優しい方ですね。いいお父様という感じで。
 バロールにいたなんて信じられないような穏やかな方でした」
「そうだよねえ。若い頃から優しいよ」

 ジェロディはグラントに付き合うことにしたらしい。
 相槌を打って弟子を見つめた。

「リケが狙われたのは、そのメイソン卿を知っている者が敵にいたからでした。
 隣国のクーデターの直前に雇われた魔法使い。
 その人が逃走先にリケを選んだんです」
「へえ……、そうだったんだ」
「ジェロディがよく知っている人です。幻術を使う……」
「ガンナー?」

 そう確かめたジェロディの顔は、あまり動揺が分からない。

「その人です」

 国を追われたと言っていた。
 ジェロディとはその後も何度かかちあっているのだろう。

「元気だったかな?」
「痩せてました。もとからですか?」
「……」

 動揺がないのではない。
 グラントは伏せられた瞼を見て気づいた。
 未だ鎮まらない怒りを抱えている。ジェロディが。

「強かったです。どうやって幻術にかかったのかわからないんです。
 気がついたらわたしは違う人になっていて、戻ってくるのに手間どりました。
 わたしの幻術も、かかってあっという間に解いてくるんです」

「あいつのかけ方は参考にしちゃいけないよ。
 自分にもかけて、一緒に引きずりこんでるんだから。
 いつか自分だって出られなくなるような使い方だよ」

 幻のストーリーにガンナー自身が現れたのを思い出した。
 彼はいたのか。あの時あの場に。一緒に。

「ジェロディに、責任なんかないって言ってました」
「あいつに言ってもらわなくても分かってる。
 ガンナーは今、隣国で捕まってるのかな?」
「いいえ。逃げました」
「なるほどね」

 ジェロディは打ち切るように言うと、子どもたちのところへ戻った。

 グラントもしばらく遊んでいたが、魔物の鳥が迎えにくる。
 ポーターが呼んでいるというので急いで帰った。





 宿題が、と報告しようとしたのだ。

 ぎょろっとした目でグラントを見上げる家令は、その迫力だけで押し黙らせる。

「グラントは、今日は、執務館へ。出ちゃいけません」
「なんで?」
「何も考えずに署名を」

 たまっているらしい。
 グラントは大人しく執務館に入った。
 
 ジョニールから葡萄の世話に人員を回してくれないかと手紙が来ている。
 エリンは蜜蝋が足りなくなりそうだってお願いの手紙をよこしていた。
 ポノからの、普通にどうしてるか尋ねる手紙がある。
 ヘイゼルから貿易の護衛を再度頼まれていた。
 商人組合からも国内の領地への行商に数人連れて行きたいと連絡が来ている。

 頻繁に仕事を追加にやってくるポーターに人手の確認をして返事を書いた。
 その度に、彼はラグラスの者と相談をする。
 
 書類には段々、役所への届出が増えてきた。
 何も考えるなと言われたけれど、これは。

 国土省への土地の使用許可願。修繕届。森林の伐採許可願。土地の掘削計画届。
 運輸省への港使用届。交易開始届。航路指定図。交易拠点詳細。新規道路開拓許可願。
 経済省への商い開始届。産業省への耕作地登録。学校の開設届。
 その他にもいろいろなところへ届出を出そうとしている。



「……何考えてるのか考えちゃうんだけど」



 新たな紙を抱えてきたポーターに問う。

「今から考えていたら身が持ちませんよ」

 果たして、家令は目でぎんぎんとグラントを強めに射て宣った。

「頭が働かなくなるくらい働いてもらう予定です。
 さあ、早く署名し切ってください。悪いようにはなりません」
「怖い」

 どこかの領地の整備を依頼されたようである。
 書類を斜め読みしながらグラントは段々事業の内容を掴んでいた。

 領地名が空欄になっている。

 広い耕作地が望め、交易拠点として利のある土地。
 学校も商店もそこに建てる。
 森林に侵食されているので大規模な伐採が必要なのだ。
 人手が足りないからバレットに依頼している?

 交易の開始を急ぎたい時には、先に書類だけ揃えることもあった。
 リケとの交易の願いで、まだ正式に決まっていないからうめられないのかな。

 首を傾げる。

 悪いようにはならないというポーターの言葉を信じるしかない。
 届出関係が終わった時、書類にエムリンの名前があったので手に取った。

 推薦書だ。

 秋から従騎士として雇ってもらうための書類だった。

「決まったんだ」

 冬からずっと探してもらっていて、返事を待っていた。
 願書を出した騎士団や兵団は三つ。
 宗教騎士団ピコ。侯爵家の後援を得ている豪商たちの兵団ティト。
 そして侯爵家がいくつかで共同所有している騎士団クイル。

 今回返事をくれたのはクイルだ。

 付く騎士の名はケイレブになっている。
 彼は面倒見が良さそうだから、きっとしっかり教えてくれる。

「あ、赴任地……」

 コーマックのところになっていた。
 ケイレブがエムリンを雇って赴く。
 そこでコーマックの私兵と過ごす。


 じじいに手紙を書こうと考えた。
 絶対に無茶をさせないように。
 グラントの釘なんか刺さるはずもないけれど、言っておかないとならない。
 

 何年か後、バレットには、騎士がいることになるのだ。
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