ただの魔法使いです

端木 子恭

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春めく日

領地運営

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 コーマックは、レイが従騎士になる時手紙を寄越したのを覚えていた。
 領地の災害発生を理由に断っている。
 
 グラントが16歳の頃だ。
 その時はちょうど、領地の火山が噴火して。

「噴煙から領地を守れとか。ああ、1番の無茶をふっかけられた時だよ」

 飲み始めて数時間経過したホールはあらかた片付いている。
 女中長はもう宿直室で眠っていた。

 日が長くなったとはいえさすがに夕暮れ時を迎えている。

「グラントは溶岩を操れるだろう」
 
 何が無茶なんだと言わんばかり。

「あんなに派手に動かしたことはないよ。
 一つの山で引っ込めたら別の山で噴火したり、結局大変なことになった」

 グラントは思い出して辟易とした表情になった。
 
「じじいの領地のそばで絶対に溶岩は使わない。
 面倒が起こるから」
「温泉が涸れたって構わないと言っている。
 思う通りに使っていい」
「後始末をやってくれれば、だよね。いやだ。
 じじいの領地に3日以上滞在したら家を建てられる」
「そのまま継げ。私は引退する」
「観光業に、製鉄に、防衛なんて、わたしには向かないよ」

 いつもの通りに会話していたら、レイの視線が突き刺さる。
 じゃあレイが継げばいいと思うのだが、彼は長男だ。
 父親が絶対に阻止する。

「観光業というのは、公ご自身が指揮をとっておられるのですか?」

 シェリーが質問した。

「人に任せております」

 コーマックは答える。

「領民をうまくまとめてくれる者に権限を与えています。
 観光庁を設置して、温泉の管理などもそこで行うのです。
 私は時々客として利用するだけだな」
「領地の運営は小さな国家のように行うのですね」
「辺境領は事情が特殊です。自治と国防を両立させねばならない。
 だが自立と自衛という点では殿下の領地も似ているかもしれません。
 何かされたいことがおありか」
「まだ何も。セリッサヒルには何があるのかまだわかりません」
「じじいの指揮で行っているのは船舶と鍛治。
 夏の間に交易船を出すんだよ。商談に訪れる人も多い。
 それでも保養の方が利益が多いんだよね?」
「炉は費用がかかるからな。燃料を輸入に頼っているせいだ」
「趣味なんだよ。軍事が」

 目付係がシェリーに声をかけた。

 そろそろ帰ろうと促している。
 グラントが送ろうかと提案すると、ケリーが勢いよく近寄ってきた。

「私が。私がシェリー様を送ります。帰りは歩いて帰れますから。
 任せてください」

 この場を逃走したいグラントは一瞬躊躇う。
 ケリーは攻撃力のある魔法使いなので、帰りの心配はあまりなかったのだが。

「……頼もうかな」

 逃走したいのがバレてはいけないのでお願いする。
 音の精霊エコーを持たせた。何かあったら教えてくれる。

 馬車に二人を乗せて送り出した。

 孤児院の子どもたちを送ることにして、グラントは兵舎を出る。
 眠ってしまった子を二人抱えて歩いた。

「この時間は遠回りになるのに、悪いね、グラント」

 同じように二人抱えて歩くジェロディが言う。
 日暮れどきはもうシュトラールの中の道は通らない。
 外周をぐるっと回って平民との境界線を歩く。

「大した距離でもないです」

 そう言ってから、ふとジェロディに聞いてみた。

「ジェロディは、なんでここで孤児院なんか? 
 本当はじじいのように領地をもらえたんじゃないんですか?
 シェリーのおばあさまもあなたのこと知ってましたよ」
「へえ……、なぜだろう。会ったことあるんだっけ?」

 とぼけているのか、本当に知らないのかいまいちわからない。

「領地ねえ。もらえなくもないよ? いまだに打診を受けるもの。
 だけどねえ、ここで子どもを受け止めるっていうのが、目標なんだよねえ」
「孤児院の需要はシュトラール内で供給しなくてもいいのでは?」

 ジェロディは運用が下手なので、孤児院はいつも資金繰りが良くない。
 いっそ都以外に領地を得て自立自営した方が楽なはずだった。

「ここに意味があるんだ」

 全く現状に追いついていないことは感じる。
 
 ジェロディはシュトラールで犯罪者になる子どもに心を痛めていた。
 だからここに孤児院を建てた。
 
 ジェロディの下で育っても、犯罪者になる子はたくさんいる。
 それでも彼は怒ったりしない。
 やめてもやめなくても繋がりを断たない。

 だから嫌というほどに見る。
 
 差し伸べた手に刃を刺すような現実を見ている。 

「レミーという人を知ってますか」

 グラントが口にした名前に、少しの間、ジェロディは黙った。
 さあねえ、と、言いながら視線をめぐらせる。

「グラントが言ってるのは、私の嫌いなレミーかな」

 首を傾げると、子供の頭で表情が見えなくなる。
 
「もしシェリーの敵がそいつだったとしたら、大変だよ。
 グラントは面倒くさい思いをたくさんするだろうね」
「すでに面倒です」
「シェリーの価値を急いで認めさせないと、あっという間に消される」
「彼の目的は父君を王にすることでしょう? 下の世代が関係ありますか?」
「使い古した父君より、娘とその婿を操る方が楽でしょ?」

 ジェロディはさらりと恐ろしいことを言った。

「妹君は性格が父君寄りだろう?
 レミーにとっての価値とは、第一にそれだ。言うことを聞く。
 シェリーは、自分の意思がある人だね。あれは隔世遺伝かい?」

 おばあさまを知っていることが露見した。

「シェリーには自立できる力がある。
 レミーに従ってくれそうな家の者と同等の価値がある。
 そう思わせられれば、簡単には攻撃してこないんじゃないかな」
「経済は防具ですか」
「そう、そう。懐かしいね」

 エリカの言葉にジェロディが笑う。

 フットマンに孤児院の明かりをつけさせた。
 掃除をして、朝食にするパンの生地を練ってもらう。
 子どもたちを寝かしつけてから、グラントは外に出た。
 
 自分の店に戻ろうとしたところで袖を引かれる。

「帰してはならないと言いつかっております」

 精霊たちがもと来た道へ誘導した。

「帰りたい。ゆっくりしたい。静かに過ごしたい」

 今それは苔の精霊モスが満喫している。
 早く店に帰って交代したいのだ。

「なんのために女中長さんを連れてきたと思っている。
 そう問えと申しつかっています」
「は? じじいか?」

 なんのため? 

 女中長は、グラントの背が高くなったのは自分の料理のおかげと自負している。
 彼女の料理は大好きだ。
 でも。

 グラントに食べさせようと思って作った時に当の本人がいないと理不尽に怒る。

 一緒に食事できない時には彼女が作る前に言わないといけない。
 そして、今日はもう眠ってしまっていた。
 きっと明日の朝食の分はグラントもいると思って仕込み済み。

「……朝に間に合えば良くない?」
「女中長よりも早く起きられるならな、とのことです」
「なんで」
「グラントを末っ子と思っているそうです」
「他人の子ですよ」
「グラントの家で眠れるのが嬉しいとはしゃいでいました」
「兵団のものであってわたしのじゃないよ」

 北の荒地のひとは理不尽か。

「とにかく戻りましょう」
「女中長さんを傷つけるつもりですか」
「明日、グラントと一緒に怒られるのは嫌です」

 きっぱりと、フットマンたちは言った。

 そこへケリーの声が届く。

「今日はシェリー様のところに泊まります。
 そうなさいって。女中さんたちも言ってくれたので、甘えます」
「うわあ」

 グラントだけ逃げ損ねたようだ。
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