ただの魔法使いです

端木 子恭

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春めく日

身分を得たということ

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 屋敷を取り戻したシェリーは、まだ都に滞在していた。

 王族と認められてから1週間ばかり。
 セリッサヒルへ向けて、大工が毎日のように城門を出ていく。

 祖母の全面的な協力を得たのだ。
 順調に整備は進んでいる。
 
 が。

「……呼ばれちゃった」


 グラントは呆然と紙面を見つめながら街路を歩いていた。
 すっかり顔馴染みになった従僕に、レイの館から送り出される。
 

 日が長くなってきたこの頃、店を閉めてからレイの館へ度々訪れていた。
 シェリーに魔法の使い方を教えようと思ってだ。
 そうしたら、今日、帰り際に手紙を受け取った。

 筆跡はよく知っている。

 シェリーの祖母のものだ。
 65歳におなりになった彼女はますますお元気そうで、筆跡もしっかりしている。



 グラントは店には帰らず、シュトラールの兵舎に来た。

 この建物にはバレットの家令たるポーターの居室がある。
 貴族の方と関わりになる場合、彼に相談するのが一番いい。

 彼は数年前まで豪商の会計を務めていた。
 さまざまな貴族たちと会合した経験があった。



 シェリーの今後のことを話し合うのに、侯爵家から同席を求められている。



 立ち上げられたばかりの小兵団の長にそんなことを言われた。
 会計は眉を寄せてグラントを見つめる。

「まず、兵団の給料、貯めておられます?」
「うん。全く使ってない」

 グラントは自分で店をやっているのでその収入で生活を賄えた。
 ポーターは何人もタダ働きしてはならないと口酸っぱく言う。
 それで、バレットの運用益からグラントにも毎月給料が入るのだ。
 団長との会合で仕事が入ってくるのだから、給料は当然発生すると彼は言う。

「それは安心いたしました」

 グラントの答えにまずは頷いたポーターはぐりっと大きな瞳を上げる。

「では、明日一番に散髪に行きましょう。
 それから、仕立て屋です。
 知り合いの靴職人の予約をしますから、そこも行きます」

 ポーターは高い生地や華美な飾りはつけていないが、こざっぱりしていた。
 身ぎれいな紳士と言った風情である。

 グラントの様子はシャツの上に極太の毛糸で編んだセーターを着た町の兄さんだ。
 つい最近、引っ掛けた穴を子どもみたいに色の違う毛糸で繕って叱られている。

 いつも一緒にいるウーシーも育った環境が近すぎて当てにならない。
 それってダメなの? と平気で聞いてポーターの頭痛を起こした。

 自己主張するケープを相棒に迎えてから少しはマシになったと思ったのだが。
 まだまだだったらしい。

 

 店の合間に全部こなして、会議の日程を受け取った。


 
 冬に一度、近くまで行ったことがある。
 シェリーの無事を確かめたくて。


 とても大きな屋敷だった。
 マスターの館の斜め後ろに、美しい館が建っている。
 背後には人工の山があって、落葉樹が植っていた。

 主人用の門の他に、角を曲がったところに家人用の門がある。
 そこも立派なのだ。

 何を運び入れているのか丸見えにならないように植木の目隠しがある。
 綺麗に刈り込んであった。
 ここの家の主人は目の行き届く人なのだと思う。

 敷地内には門に近い場所にあと3つ、小さな館があった。
 いったい何人のお子様方がいるんだろう。




 レイとシェリーは別に来ることになっていた。
 一緒に来た方がよかったのか、どこかで待っているべきか。
 悩んでいたら敷地の外を整備していた家人に見つかった。

 ベルトに長い杖を差した魔法使いを、従僕は恭しく案内してくれる。

 通されたのは一番奥の館だった。
 山がよく見えるサロンに入る。
 小さな泉が山の麓にわいていた。
 
「綺麗……」

 王都にこれだけの庭を作る。
 シェリーの祖母は勢力のある貴族だ。

 ほどなく杖の音が聞こえてくる。
 きっとシェリーだと思った。
 しかし、サロンに入ってきた人を見てグラントは口を引き結ぶ。

 祖母だ。

 膝をついて挨拶すると、即座に立つよう言われる。

「あなたがグラント・ルースでしょう?
 いつも手紙を代筆してくれている。礼を言います」
「恐れ入ります」

 コーマックのような印象を受けた。
 戦を知っている。前線で生き残ってきた人間の雰囲気があった。

「年寄りにはあまり多くの時間が残されていませんから。
 形式は省略いたします。
 今日は今後のことについて急ぎ話してしまわねばなりません」

 その一見きつい上がり目に親しみがわく。
 努力されてきた方なのだと伝わってきた。

 扉からはぞくぞくと家人が入ってくる。

 護衛が5人を超えた時には逃げようかと一瞬考えた。
 ティーセットを用意されて、その絵付けの美しさを見ていたらそんな気は失せる。

「グラント。手紙が届いた時、すぐにあなたを探したのですよ。
 従僕に聞いたら小さな男の子だというのです。
 どういうことなのか初めはさっぱり分からなかった」

 杖に寄りかかって立ちながら、祖母は話した。

「確実に届くよう、精霊に頼んだのです。小さな男の子の姿をしております」
「最近シュトラールの近くの市場に聞きに行かせました。
 あなたはよく小さな精霊たちと歩いていると話していた」
「はい。一緒に仕事をいたします」

 そこでいっとき間があく。

「シェリーはどんな娘に成長しましたか」

 答えるのも恐れ多い質問に、グラントは目を瞠った。

 古い手紙から分かったことは、彼女のシェリーに対する慈しみ。
 シェリーは4歳まで祖母の元で育った。
 手紙はその時の思い出を話しているものが多い。

 シェリーが都に来てからのやりとりは知らない。
 彼女が書きたいことを書いた。


 何かを試されている?
 そう思って祖母の表情を見た。
 会うのが待ちきれないと言った瞳に、ちょっと笑みを返す。

 グラントが知っているシェリーは。

「本が好きな人です。
 人に接する時、親しみを以て話せる人です。
 体が不自由ですが、旅に出てみたいと、冒険心も持ち合わせている人です」

 祖母の理想の孫像からはかけ離れているだろうか。
 けれど、それがグラントから見たシェリーだ。

 祖母は何も言わずに一度頷く。

 奥にある立派なソファに腰掛けた。

「この冬、初めての返事をくれた時、嬉しさと同時に恐怖しました。
 シェリーは今まで何も受け取っていなかったのだと知って」

 罰は与えておきました。という祖母の一言は聞かなかったことにする。

「王族の方のご事情は知る由もございません。
 わたしはただ、シェリーと友だちになっただけ」

 まだ色々とグラントに教えておきたそうな祖母を、やんわり制した。

「今後は」

 彼女の口からその言葉が出た時、不安で心臓が跳ねた。
 祖母はすっと上がった目尻をやや下げる。

「シェリーは王族です。あなたはただの友達として、応援してくれるのかしら」

 今後は関わるなと言われると思っていた。
 護衛が入ってきた時点で消されると思ったくらいだ。


 グラントは耳の後ろに触れる。

「できる限りは」

 唇の間から少し歯がのぞいた。

「魔法使いの友だちは多くありませんので」
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