ただの魔法使いです

端木 子恭

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シュトラールの新生

シュトラール制圧

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 宵闇だった。

 ちょうど昼間の仕事が終わって兵舎に入ってきたエムリンにバリスタ1号機を見せていた。
 飛び道具も興奮したが、そこにレイがいて、従騎士として1年ほど働いた経験のある彼はさらに顔を上気させる。
 ウーシーは「忙しいなあ」と笑っていた。


 そんな時。

 外から戦の始まる前みたいな声が聞こえて、中にいる者はぎょっとなった。 
 レイが一瞬で灯りを消して回る。

「あれえ、マーシャの一家だ」

 松明に照らされた顔を見てウーシーが言った。

「マーシャ? なぜ攻めてきてる」
「さー? そういえばグラントが今日、会ってくるって言ってたよ。
 喧嘩でもしたんじゃない?」

 不審そうなレイの前で、ウーシーはせっせと武器に縄をかけ始める。

「グラントも突拍子もないところあるんだよねえ」
「何のことだ」
「キレたんだよ。簡単にいうと」

 試し撃ち用の弾が入った袋を引き寄せた。
 その顔は仕方ないなとでも言いたげに薄く笑う。

「グラントから本だけは取り上げちゃいけないんだ。
 魔法ですら文字であらわすんだから」
「本……」

 レイはあのうっそりした魔法使いの着火点を初めて知った。
 外に顔を出して、ウーシーは住民に声をかける。 


「襲撃される。
 外にいる団員は全員中に入れー。絶対に外に出るな。
 戦うものは兵舎へ。急げー」

 緊張感のない声にもかかわらず団員たちはさっさと動いた。

「ポーター、ひも、たーっくさん持ってきてー」

 階下に声をかけると、重い扉が開く音がする。
 あちこち寄り道する音がして、言われた通りひもをたくさん抱えたポーターが階段を登ってきた。

「ありがとう。ポーターは隠れてて。なんか戦争でも始まりそうなんだよ。
 財産を守ってください」
「わかりました」

 ポーターは言われた通り会計の部屋へ引き篭もる。

「ちょうどよかったねえ。みんないて、レイもいてくれて」

 誰にともなく言った。
 ぞっとした顔を返されたのは見ていない。

 火矢が兵舎に飛んできた。
 しかし矢は刺さらず地面に落ちる。

「グラントがなんかしてったかなあ」
「兵舎のホールあたりから何か出ている。霧みたいなものがバレットに充満してる」

 レイが教えた。

「へえ、多少は守ってくれてるのかな?」

 ウーシーはバリスタの角度を調節した。

「エムリン、ちょっと見ててね。バリスタの撃ち方。
 これは小さいから三人ひと組でやるよ。レイ、歯車を回して」

 騎士を足元で使う。エムリンは青くなってウーシーを見た。

「エムリン、今日は間に合わなくて、あとの2機はただの固定型クロスボウみたいなもんだ。
 これ1機しか弾が使い放題なのはない。これを任せたいからちゃんと覚えて」

 ウーシーはいつになく真剣だ。

「はい」

 レイが歯車を巻ききった。

「いいぞ」
「うん。エムリン、弾は今日はこれ」

 ウーシーは円盤状の杉の木をセットする。

「発射」

 木の弾は飛んでいってマーシャ一家の人間を倒した。

「すぐラチェット外す。弦をかけ直す。巻く。
 これを素早く。
 狙うのは目が合ったやつとでかいやつ」

 足で歯車止めを外すと再び弦を装置にかけた。
 レイが歯車を巻いている間、エムリンが弾を持つ。

「誰かレイと俺の代わりにバリスタにつけ。剣を扱える人間はレイの指示を待て。
 レイ、1階に木の盾がある。出る時は使って」

 ウーシーは矢用のクロスボウを壁に立てかけると窓の板扉を下半分閉めた。

「グラントが戻る道を援護して。
 多分グラントの予想より襲撃が早かったんだと思うんだよ。
 今戻ってきてるんじゃないかな。見えたら教える。
 クイルの騎士についていく人間は何人だ? レイに報告して」

 勝手に巻き込まれた。

 レイがいま持っているのはショートソード。
 ただの護身用。

 壁をどんどんと叩く音がする。
 ウーシーはもうクロスボウを発射していた。
 バリスタ用のものよりも小さい木の弾だ。
 殺傷能力は低い。戦意を喪失させられればいい。
 
「……数が多いよ?」

 撃った弾の数を数えながら、ウーシーは首を捻った。
 マーシャのところの兵数は100人ちょっと。
 バリスタ一発で倒れるのは3~4人。その面積の100倍くらい人で埋まっている。

「あー……。そゆこと?」

 これは連合軍。
 マーシャ一家とフィン一家。

 バリスタの弾は30発程度残っている。クロスボウの弾は20と20。まだ削っていないシャフトが60。
 100人くらいは剣士に頼まなきゃ。

「クロスボウは小隊長っぽい人間を狙え」

 ウーシーの弾が大柄な人間を打ち倒す。

「降伏を勧めるよ。
 戦う意思がない者はこっそり通りまで下がってしゃがむんだ」

 そう言い放つウーシーの顔は笑っていた。
 恐ろしい正確さで頭ひとつ抜けた者の額を撃つ。

「早くしないと、もうこのまるい弾が切れる。矢を射られたいか?」

 ウーシーの弾を受けて悶絶する者の周囲が騒めいた。

「降伏しろー」

 笑うような声と共にまた、弾が飛んでくる。

 戦いになってしまったら、正確に狙う。
 それがウーシーの決め事だった。
 
 中途半端に射つのは余計に残虐である。
 せめてもの

「ご慈悲を」

 忠誠心が篤そうな者。すくんでいる者。目がしっかりあった者。


 木製の弾は、敵を撃ち抜いていった。


「ウーシー、私は外へ出て壁を攻撃する人間を散らす。
 グラントが見えたら外へ知らせろ」
「はーい」

 階下からのレイの声に軽く応じた。

 前腕くらいしか守れない盾とショートソードでレイは出ていく。
 バレットの団員は30名ほどついていた。

 他の一家よりは、ちょっと剣が使える。
 そんな程度だったが全く扱えないよりはいい。


 レイの剣さばきが抜きん出すぎて目を引いた。




 グラントがバレットにたどり着いた時、群衆のほとんどはレイを見ていた。


 なぁに、このダンゴムシみたいな……。


 通りにうずくまる人間に思わず足を止める。

「何してるんですか?」

 グラントは同じように丸くなりながら尋ねた。

「降伏してるんだよ」

 静かにしてくれと言わんばかりに小さく怒鳴られる。
 
「ああ……。なるほど」

 グラントは兵舎を見た。ウーシーと目が合ってしまう。

「おっかえりー。グラントー」

 阿吽の呼吸でグラントは扉めがけて走った。
 襲われる前に中へ飛び込む。

「ただいま」

 ぜえぜえ言いながら担いでいたフィンを床に捨てた。

「僧侶。フィンを死なせないで」

 杖を掴んで命じる。神官服の人影は傷を清めると縫い合わせた。
 消えない。

「そんなに瀕死……?」

 2階に行ってウーシーの隣に立つ。

「ごめん、昼にマーシャと喧嘩になっちゃって」
「そうなんだろうなーと思ったから平気だ。
 レイもいたしね。ちょうどよかった」
「ウーシーがいれば、何があってもバレットは守られるから」
「……マーシャ、どうなった?」
「牢獄」

 ウーシーは何かを思い出すような顔をした。
 きっとなんだかんだと世話を焼いてくれたマーシャの姿が浮かんでいる。

「あと何人くらい?」
「100以下」

 グラントはちょっと考えて外へ出た。
 一番後ろにいた団員に盾を借りる。
 敵を盾で殴りつけながらレイに近づいた。

「グラントだ!」

 マーシャの家の誰かが叫ぶ。
 人の流れがこちらへ向いた。彼らはマーシャの仇をとりにきた。
 彼女は犯罪者だけれども、ファミリーには優しかった。

「レイ、ありがとう。注意を引いてくれて。
 もう少し一緒に戦ってほしいけど、まだいける?」

 ちょっと離れた位置にいるレイに声をかける。

「平気だ」

 レイはグラントを見ないまま答えた。
 顔を見たら問い詰めそうだった。

 わざとか。
 わざとレイが来る時間に一悶着起こさせたのか。


「ケイレブのところにフットマンを遣わした。彼は今日都にいるかな?」

 ゆっくりした口調でグラントが聞く。
 この魔法使いは遠慮なしにケイレブまで使った。
 

「いる」
「なら、頑張るか」

 僧侶を出したままのグラントはほぼ盾で人を打ち倒す。



 シュトラールに似つかわしくない、馬の音が聞こえたのはその少し後だった。

 ケイレブは馬上から物干し竿のような鉄の棒を振り回した。
 牢獄から警備隊を連れてきている。
 マーシャとフィンの一家は挟み撃ちにあうかたちで壊滅していった。
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