ただの魔法使いです

端木 子恭

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シュトラールの新生

悪い人に見えない人

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 バリスタ。


 兵舎の二階にそんな威力のあるものが設置された。
 試しに置いただけなのでまだ何も飛ばせない。だが団員たちは子どものように群がった。
 
 弾、作ってくるからね。壊しちゃだめだからね。

 ウーシーは何度も振り返って念を押した。


 川沿いの木を切って、色んな大きさの弾を作りながら河口へと進んだ。
 朝の空気は気分が良くて、作業が捗る。
 こんな気持ちのいい朝に魔王をはおる気になれなくて、不満そうなやつを置いてきた。

 レイがきたらコーマックのところへ行く。それまでに作る弾の形をある程度絞りたい。

「基本は、錐?」

 手際よく木を削りだしてウーシーがグラントに放った。
 仕上げを任された魔法使いはさらにオークへと放る。
 丸いもの、円形のもの、細長いものが出来上がりつつあった。サイズも色々ある。

 時々矢で射られた鳥も放られる。

 苔の精霊を呼んで縛った鳥を預けた。
 物静かな青年の姿の彼は切り株に座って紐の端を握っている。

「素材はマツにしようかな」

 木の枝に取り付いたウーシーはグラントに河口の方を指した。

「引っこ抜いて。たくさん」
「はーい」

 魔法使いにたくさん、とか曖昧なことを言うと、根こそぎ宙に浮くことになる。
 川に近い場所に生えているマツの木が、三十歩先まで地面から飛び出した。
 巻き添えを食らった他の木がぐしゃぐしゃに倒れる。
 
「おまえら何やってんだ」

 向こう岸から怒られて、グラントは思わず首を竦めた。
 40手前くらいの男性が、ちょっと怒った様子でこちらを見ている。

「川岸を壊すなよ。船が通る時困るんだから」

 ここを通る船。それは

「密輸船」
「しっ」

 向こう岸から男性は黙れの仕草をした。

「薪でも取ってるのか? もうちょっと奥でやれよ。
 あっ、でもあんま通りやすくするなよ? 警吏が走れるようになっちゃ困るから」
「密輸」
「しっ」

 付き合いのいい人だ。

 グラントはその相手をよく見た。手斧をぶら下げている。
 一人で来ているようだ。

「もうすぐここを水濡れ厳禁の荷が通る。
 水面に木がかからないようにしといてくれ」

 小枝を払って森の方へ入っていきながらその人は注意する。

「そうだ。薪が余ったら買い取る。俺んちまで届けてくれ。
 アイロン屋やってるんだ。
 シュトラールのど真ん中だから来りゃあ分かる。
 おまえの方も用があるんだっけな。……グラント」

 名前を呼んだ時にはひらっとした手しか見えなくなっていた。

「だれー?」

 木の上からウーシーが尋ねる。グラントはうっそりとその顔を見上げた。
 つけられてたのかな。

「フィンだ」

 悪い人に見えない人が一番怖い。

 話があると言ったグラントに、応じに来た。

「木は足りる? 持って帰ってみんなで作業しよう」
「フィンの一家は何人?」

 ウーシーが木の太さを確認していた。

「200人以下だけど?」
「ふーん……」

 命中率とか、威嚇とか、木の上からぷつぷつと聞こえる。

「円と錐を。錐型はじいちゃんとこに何種類か持ってって相談。
 もうちょっと射程が短くて、装填が楽なやつをあと10くらいは作りたいなあ。
 鉄があれば小さくて済むのに……」

「うわあ。ウーシーが怖い」

 倒れた木を綺麗に並べた。

「モス、鳥を運んで」

 苔の精霊は静かに立ち上がって歩き始める。

「オーク、お前たちが作ったのはみんなの見本だからね。
 しっかり守っていくんだよ」
「了解しました」

 10人の小人たちは木の弾を両手で掴んで家路を進んだ。

「ウーシー」

 移動を促そうと友達を見る。きらきらした瞳は遠くを見やっていた。
 きっとグラントには見えない大きな木の板があって、彼はそこに設計図を描いている。

「先行くよ」

 グラントは木を引き連れながら城壁の方へ向かった。
 悪い人に見えないのに、正確に目標を射抜いて笑うウーシーが一番怖い。

 

 試弾用の弾がある程度できてから、ウーシーは団員と試し撃ちを始めた。
 楽しそうにはしゃぐ声が響く。

 グラントは薪を作りながらその様子を見ていた。

 弾は木製だからといってばかにできない威力がある。
 使わないに越したことはないけれど。

 兵舎のすぐ後ろは高齢者の溜まり場と化した収容所だ。共同窯や公共の浴場も。
 守っていかないといけない。

 ウーシーの指示で、今日は夕方から総出で木工ということになった。
 兵士たちはいったん散り散りになって仲間に声をかけに向かう。

 グラントはフットマンに昼食を買いに行かせた。
 入れ替わりにレイの家の従僕がやってきて、手紙を渡して帰っていく。

「ウーシー、レイが夕方にここへ来るんだって」
「そうかー」

 かけてあった縄を外しながらウーシーが応じた。顔がとても楽しそう。

「いよいよだなー」
「わたしはこれからマーシャと会う。戻るのは夜になるから、ここは任せるね。
 エムリンが夕方来るよ。じじいのところに夜向かうなら彼と交代して」

「はいはーい」

 軽く、ウーシーはグラントを送り出した。
 兵舎のホールには、グラントの杖と剣、それに、あのちまちまとしか出力のきかない石が置かれていた。
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