51 / 67
シュトラールの新生
マーシャの仕事
しおりを挟む
市場で夕飯を食べていたら、警吏と誰かが走り抜けて行った。
一緒に食事していたウーシーが気づいて目を上げる。
「マーシャんとこの人だよ」
「……そう」
グラントはそちらを見なかった。目があったらろくなことにならない。
どこかで違法な賭場を開いて摘発されたんだろう。
マーシャは主にそれで一家を養っている。
表向き、彼女は宝くじを販売している。
賭場を開いたのは魔が差した部下だ。
マーシャはその度に謝る。
警吏に差し入れして、裁判官にも心付けを送る。
外面のいいマーシャは、嫌われない。
「あー……。グラント」
ウーシーが仕方なさそうに笑った。
「怒ってんだな。文字中毒から文字を取り上げたから」
友だちの目を見て、言う。
「敵を愛せ、だよ」
はは、とグラントは薄く笑った。
ちょっとの間友だちにつきあって、グラントはまたうっそりした表情に戻る。
頭の中はその敵のことでいっぱいで、こぼれないように一生懸命抱えていた。
マーシャに初めて全財産を取られたのは、16歳の時。
ケリーのことでお金が必要だと相談してきた。
グラントは誰にも話せないままマーシャに金を渡した。
ケリーを学校へ送り迎えするのはグラントで、ある時担任から言われた。
今月も授業料を払ってもらえないならケリーは学校に通えない。
エリカに話した。マーシャは怒られたが、その時にはもうなかった。
二度目は18歳の時で、エリカが発った直後だった。
ケリーを授業料の高い学校に通わせたいが入学金が用意できない。
嘘だろうなと思ったけれど、本当だったらケリーが可哀想だと思って出した。
三度目はその三年後、ケリーが病気をした時だった。
海の向こうの国まで医者に診せてくるって、泣きながら言っていた。
高熱が下がらないケリーを連れて、ひと稼ぎ行っただけだった。
四度目は、先だっての冬。
これはシェリーのためだから、仕方なかったのかな。
この冬、マーシャは大失敗したことを知らない。
グラントが黙っているから彼女は捕まっていないだけだ。
「グラント」
ウーシーが目の前でひらひら手を振っている。
「愛と真逆の顔してる」
「自分の間違いをどうするかって難しい」
ひと呼吸した。
「ウーシー。もし家族と戦うことになっても、ウーシーはちゃんと狙う?」
この修道士は、よく言う。
敵はちゃんと撃つ。
「狙うよ」
ウーシーはまっすぐ目を見返して答えた。
「そうしなきゃならないだろ? 残念だけど」
ウーシーにとっての家族は、修道院の仲間だろう。
よく怒らせているけれど。
彼らだってウーシーを頼りにしているところもあるのだ。
修道院が脅されたり強奪されそうになった時、ウーシーは強い。
剣の腕はからきしだ。
だが飛び道具を持たせたらそれは正確に当たる。
「わたしにできるかな。ちゃんと」
困ったような口調で、グラントは耳の後ろに手を当てた。
「祈りが必要?」
「ウーシーの顔だけで十分」
「そうかー」
日が落ちるとやはり寒くて、魔王を羽織ってくれば良かったと後悔する。
酒を買って帰路を歩くウーシーにバレルを出してやった。
家に帰るころにはうまい酒になっている。
ウーシーは喜んでおっさんの姿の精霊とおしゃべりし始めた。
グラントが出会った頃のマーシャは、いい子だった。
いつも手を繋いで一緒に歩いた。優しいお姉さんだった。
ケリーが生まれる頃には、気分がころころと変わる人になっていた。
ケリーの父親はずいぶん年上の人だったけど、ケリーが生まれる前に獄中で亡くなった。
マーシャはケリーが一人で食べられるようになるとすぐ、孤児院を出て行った。
取り残されたケリーを世話したのはエリカと、グラントだった。
ケリーが学校に通うようになると、マーシャは街区に家を買った。
娘を住まわせたけれど一緒には暮らさなかった。
使用人を何人かつけて、それだけだ。
マーシャがケリーのために怒ったのは一度だけ。
学校に通い始めてすぐ、シュトラールから来たと同級生に馬鹿にされた時だ。
「グラント、シュトラールっぽい服は着てこないで」
小さなケリーが怒ってそう言い出したことがあった。
使用人にも同じことを言って困らせた。
マーシャの耳に入り、ケリーが悪口を言われていると知られた。
彼女は相手の子どもを殴って泣かせた。
グラントがケリーと一緒に親のところに謝りに行った。
そしたら父親とグラントの服が同じで、笑った。
相手の子どもの方が親に怒られて、それからケリーはいじめられていない。
「グラントー」
ウーシーが道の先で振り返って呼んだ。
「どんな道も神様が用意してくださった道だよ。間違ってないの」
この親友は奇人のくせに、時おり真理を口にする。
「だから思う方に進むんだよ」
「それ、酒持ってなかったらちゃんと聞いたんだけどな」
「そお?」
ウーシーはぱっとバレルに酒を預けた。
「敵を愛せよ、グラント」
一緒に食事していたウーシーが気づいて目を上げる。
「マーシャんとこの人だよ」
「……そう」
グラントはそちらを見なかった。目があったらろくなことにならない。
どこかで違法な賭場を開いて摘発されたんだろう。
マーシャは主にそれで一家を養っている。
表向き、彼女は宝くじを販売している。
賭場を開いたのは魔が差した部下だ。
マーシャはその度に謝る。
警吏に差し入れして、裁判官にも心付けを送る。
外面のいいマーシャは、嫌われない。
「あー……。グラント」
ウーシーが仕方なさそうに笑った。
「怒ってんだな。文字中毒から文字を取り上げたから」
友だちの目を見て、言う。
「敵を愛せ、だよ」
はは、とグラントは薄く笑った。
ちょっとの間友だちにつきあって、グラントはまたうっそりした表情に戻る。
頭の中はその敵のことでいっぱいで、こぼれないように一生懸命抱えていた。
マーシャに初めて全財産を取られたのは、16歳の時。
ケリーのことでお金が必要だと相談してきた。
グラントは誰にも話せないままマーシャに金を渡した。
ケリーを学校へ送り迎えするのはグラントで、ある時担任から言われた。
今月も授業料を払ってもらえないならケリーは学校に通えない。
エリカに話した。マーシャは怒られたが、その時にはもうなかった。
二度目は18歳の時で、エリカが発った直後だった。
ケリーを授業料の高い学校に通わせたいが入学金が用意できない。
嘘だろうなと思ったけれど、本当だったらケリーが可哀想だと思って出した。
三度目はその三年後、ケリーが病気をした時だった。
海の向こうの国まで医者に診せてくるって、泣きながら言っていた。
高熱が下がらないケリーを連れて、ひと稼ぎ行っただけだった。
四度目は、先だっての冬。
これはシェリーのためだから、仕方なかったのかな。
この冬、マーシャは大失敗したことを知らない。
グラントが黙っているから彼女は捕まっていないだけだ。
「グラント」
ウーシーが目の前でひらひら手を振っている。
「愛と真逆の顔してる」
「自分の間違いをどうするかって難しい」
ひと呼吸した。
「ウーシー。もし家族と戦うことになっても、ウーシーはちゃんと狙う?」
この修道士は、よく言う。
敵はちゃんと撃つ。
「狙うよ」
ウーシーはまっすぐ目を見返して答えた。
「そうしなきゃならないだろ? 残念だけど」
ウーシーにとっての家族は、修道院の仲間だろう。
よく怒らせているけれど。
彼らだってウーシーを頼りにしているところもあるのだ。
修道院が脅されたり強奪されそうになった時、ウーシーは強い。
剣の腕はからきしだ。
だが飛び道具を持たせたらそれは正確に当たる。
「わたしにできるかな。ちゃんと」
困ったような口調で、グラントは耳の後ろに手を当てた。
「祈りが必要?」
「ウーシーの顔だけで十分」
「そうかー」
日が落ちるとやはり寒くて、魔王を羽織ってくれば良かったと後悔する。
酒を買って帰路を歩くウーシーにバレルを出してやった。
家に帰るころにはうまい酒になっている。
ウーシーは喜んでおっさんの姿の精霊とおしゃべりし始めた。
グラントが出会った頃のマーシャは、いい子だった。
いつも手を繋いで一緒に歩いた。優しいお姉さんだった。
ケリーが生まれる頃には、気分がころころと変わる人になっていた。
ケリーの父親はずいぶん年上の人だったけど、ケリーが生まれる前に獄中で亡くなった。
マーシャはケリーが一人で食べられるようになるとすぐ、孤児院を出て行った。
取り残されたケリーを世話したのはエリカと、グラントだった。
ケリーが学校に通うようになると、マーシャは街区に家を買った。
娘を住まわせたけれど一緒には暮らさなかった。
使用人を何人かつけて、それだけだ。
マーシャがケリーのために怒ったのは一度だけ。
学校に通い始めてすぐ、シュトラールから来たと同級生に馬鹿にされた時だ。
「グラント、シュトラールっぽい服は着てこないで」
小さなケリーが怒ってそう言い出したことがあった。
使用人にも同じことを言って困らせた。
マーシャの耳に入り、ケリーが悪口を言われていると知られた。
彼女は相手の子どもを殴って泣かせた。
グラントがケリーと一緒に親のところに謝りに行った。
そしたら父親とグラントの服が同じで、笑った。
相手の子どもの方が親に怒られて、それからケリーはいじめられていない。
「グラントー」
ウーシーが道の先で振り返って呼んだ。
「どんな道も神様が用意してくださった道だよ。間違ってないの」
この親友は奇人のくせに、時おり真理を口にする。
「だから思う方に進むんだよ」
「それ、酒持ってなかったらちゃんと聞いたんだけどな」
「そお?」
ウーシーはぱっとバレルに酒を預けた。
「敵を愛せよ、グラント」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
何でも奪っていく妹が森まで押しかけてきた ~今更私の言ったことを理解しても、もう遅い~
秋鷺 照
ファンタジー
「お姉さま、それちょうだい!」
妹のアリアにそう言われ奪われ続け、果ては婚約者まで奪われたロメリアは、首でも吊ろうかと思いながら森の奥深くへ歩いて行く。そうしてたどり着いてしまった森の深層には屋敷があった。
ロメリアは屋敷の主に見初められ、捕らえられてしまう。
どうやって逃げ出そう……悩んでいるところに、妹が押しかけてきた。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる