ただの魔法使いです

端木 子恭

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シュトラールの新生

あこがれ

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 グラントは余っている家でいいと言った。
 ちゃんとした家を建てるから、2ヶ月くらい待てとポーターに説得された。

 豪商のもとで生活していた彼は、長の住まいとはこうあるべきという概念がある。
 始まった基礎工事を見ている限り、館が建設されるようだ。

 優秀な会計士が仕切っている。きっと勘定は間に合っているのだ。

 が。

 肝心の長が取り残されている。




 シュトラールに戻ってから、グラントはウーシーの家で寝泊まりしていた。
 試作品がものすごいことになっている。

「……レイが、今日、こっちまで来てくれるんだけど、ウーシー、いける?」

 もう親友がどこにいるのか分からない。
 納屋のどこかから音がして、順番に物が倒れてきた。

「行く!」

 木クズまみれのウーシーが出てくる。
 大きなカバンを肩にかけるとにこっと笑った。

 一人暮らしを想定して作られたウーシーの家。
 寝室は一つしかない。
 けれど家主は毎日、納屋のどこかで眠ってしまうのだ。
 グラントは悠々とベッドを使っている。

 確か、修道院を出る時に院長と約束していたはずだ。

 2年以内に自分の修道院を建てる。

 一人前になった証に。
 神様へ感謝を捧げるために。

 できなかったら出戻りね。
 そういう条件で出たと聞いている。

 この様子ではここで一度も神の存在を思い出していない。
 
 今日も木屑が山のように出ていた。燃料に事欠かない。
 もう住処はここでいいやという気もしてくる。



 兵舎に行くと、レイと一緒にケイレブも来ていた。
 レイは平時、父親の補佐官として勤めている。
 ケイレブは旅に出る貴族の護衛業務をしていた。夏の間は忙しいはずである。

「ケイレブも来てくれたんだ。ありがとう」

 グラントは小さく笑顔を見せた。フットマンに茶を言いつける。

 二階からそわそわとホールを覗く顔が並んだ。バレットの団員たちだ。
 グラントは彼らを振り仰いで大柄な騎士たちを紹介する。

「クイルの騎士だよ。レイと、ケイレブ」

 20歳前後の若い団員に、ケイレブは懐かしむような笑顔を向けた。

「俺はみんなと初めて会うな。よろしく」

 おおらかなその顔になんだかぽうっとなっている団員を置いて、テーブルにつく。

 騎士と言う称号は威力がある。
 それだけで信用が上がるし、頼りにされる。
 
 つい数ヶ月前までシュトラールでどん底生活をしていた人間が、目を輝かせるほどだ。

 


 今日は救援要請の件を詰めようと来てもらっている。

「私もケイレブも1ヶ月有給で行けることになった。
 正式には運輸省の職員として赴く」

 輸送に関わる領民の安全確保が名目である。
 レイはちゃんと書類を作ってきていた。



 リケは造船業が盛んで、よく隣の国へも商売に行く。


 隣国の主要港では軍艦が整備中で、事情を聞いたら演習に出ると話していた。
 リケの領民だと分かったら詳細を聞かれた。いなくなった者もいる。
 造船業者たちが怖がってメイソン卿に訴え出たようなのだ。
 それが1週間ほど前のこと。



 そんな事情を知らされたジェロディが、軽く返事をしたのである。



 グラントが行くから。



 まるで、ひとが乗り気みたいに。


「私の出張の護衛としてケイレブを雇う形になる。いつから行く?」

 レイが相変わらず生真面目そうな顔つきで話す。

「人員の準備があるから、1週間後くらいの出発かな。
 ちょっと考えていることがあって、それに何日かかかる。
 リケからは追加の連絡が来てない。状況は動いていないんだろう」
「隣国の港にバレットから見張りを出したか?」
「人員が割けないので、こちらの港で商人たちから話を集めてる。
 その港に立ち寄った人の話では、3日前までは出撃の気配はなかった」

 情報に時間差が生じてしまうのは痛いが、これが最新情報だった。

「リケ領はメイソン卿だったな。敵と味方の数は」
「敵の数はまだ不明だけど、隣の国では80人乗りの軍艦が何隻か確認されている。
 公の領内に兵士は1500人。領主以外の訓練された軍人がいないんだって」
「メイソン卿はバロールにいらした方だろう?」

 自ら率いないのか、とレイは疑問のようだ。

「手紙の文面から推察して、武人という感じはしないかな。
 ジェロディの話でも、将って性格じゃないって。
 剣の腕はいいんだけど相手の軍勢が次にどうくるかとかいう予想が苦手な方。
 そこらの海賊だと思わせて正規軍がもし現れたなら壊滅する」

 そしたら王都まであっという間に来るかもねえ。って、薄く笑っていたのは内緒にする。

 ジェロディやコーマックはどうも、戦と聞くとチャンスという意味にとらえがちだ。
 誰にでも成り上がる最大の機会が訪れる。


 気がフれている。


「侵攻の理由も不明なのか」
「まだ分からない。現地の情報が少ないんだ。
 政府の調べでは、向こうの軍人が攻めてくる理由はないそうだよ」
「当てにならないな」

 ケイレブが笑う。

「政府は十五年以上平和が続いてて、ちょっと内に向きすぎなんだよ。
 隣の国との関係なんて、いちばんの関心事なのに」
「とにかく敵は海路をやって来るんだな」

 ケイレブの口を塞ぐようにレイが確認した。

「うん。リケまでの沿岸に都市はない。
 国境に上陸して暗い森を軍隊が進むというのは考えにくい。
 来るなら海路だろう」

 レイは少し考えて、グラントを見る。

「こちらも船を用意できるか? 200名ほど乗れる規模の軍艦を。
 バレットで人員を用意するんだろう?
 陸路で急拵えの隊を管理するのは面倒だ。船で行こう」

 レイにすれば必要だから言ったまでだ。
 グラントはしわの寄った眉間で彼を見返す。

「……何隻」

 この人ほんとにじじいに似てる。

「とりあえず1隻。馬や武器が積んでいける。
 リケが作っているのは商船ばかりだ。戦では使いにくい。
 ウーシーは狙撃手だろう? 軍艦なら船上に何台も装備できる。
 相手が80人規模の船なら、バリスタで撃ち抜いて沈められるかもしれない」

 レイの言葉にウーシーが目をきらきらさせた。

「バリスタ! かっこいい! 作りたい!」
「ウーシーはなんでも作れるんだなあ」

 ケイレブが明るく言う。

「武器を固定するのに鉄の金具が要るよ。
 高度な炉を持っている領主に頼めるか?」
「高度な炉を持ってる、領主」

 グラントが顔にめっちゃくちゃにしわを寄せて一度目を閉じた。

 客船を借りるのではだめなのだ。
 軍艦を貸せる貴族にツテは、……ある。


 なんなら売ってくれるか、くれるかもしれない人間がいた。


 フットマンが茶と菓子をテーブルに乗せる。
 手の空いた彼らにグラントは手紙のセットを持ってこさせた。
 ポーターを呼んで事情を話す。会計士の顔で頷くと奥の部屋へ入った。

 グラントが手紙を書き始める。

「ウーシーはバリスタ使ったことがあるのか?」

 ケイレブが面白そうに聞いた。

「ある。一回だけピコの手伝いで砦に行ったよ。ずいぶん前だ」

 この国の宗教騎士団の名が、ピコだ。

「宗派の争いだった。
 向こうの指揮官は戦車に乗ってた。
 こっちは短弓だけ。
 だからバリスタを砦の上に組み立てた。
 それで撃ってたら上官にむちゃくちゃ怒られてさぁ。
 1日で帰ってきちゃったよ」

 自由人。

 ケイレブは笑ってくれる。レイは戸惑った顔をした。

 グラントはそんなことばっかりしているウーシーを見慣れている。
 その時だって手当たり次第に人の武器を分解して作ったから怒られたのだ。

 ただで済むはずがないのに、ウーシーは自分を曲げない。
 それがいいと思ったらそうしてしまう。
 命さえ持って帰ればグラントが助けてくれると信じていた。

 奇人の名誉を救うとすれば、その時の判断は合っていた。
 ウーシーが加勢した側の宗派はその日の戦いが起点となって勝利したのだから。

「今の方が格段に上手に作れる。グラントが解説本をくれたんだよ」

 にこにこ笑うウーシーに、グラントは書き終えた手紙を押し付けた。

「頼んでいいかな」
「お。じいちゃんのとこかー」

 ノルトエーデ公コーマック

 宛名を見てウーシーは「行くの久しぶりだなぁ」と笑う。


「ウーシーが行って、いい軍艦買ってきて。
 きっとじじいんとこの炉だって使わせてくれる。
 弾や装備を作って積んできてね。
 そのまま出発になるかもしれないから」

 グラントはレイの瞳孔がちょっと開くのを見た。

「……レイも行く?」



 馬を出してくれることになった。


 ポーターが書付と貨幣を持ってホールに来る。レイに見せると彼はすぐに署名した。
 また近日中にウーシーを迎えに来ることにして、2人の騎士は帰っていった。




 二人が帰った後、外が騒がしくて出てみた。
 館の建設作業員とフィンの家の人間が争っている。

「離れて」

 グラントの声に、作業員の方は従った。フィンの家の者は食ってかかろうとする。

「バレットの土地で騒がないでください」

 グラントはその人間を間近に見下ろした。

「いい加減にしてとフィンに伝えて。
 グラントが話したがってる。時間をとってください」
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