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シュトラールの新生
いくさ支度
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羊皮紙の巻物をいくつか抱えて、グラントは街区を歩いていた。
日中はもう長袖のシャツ1枚で気持ちいいくらいの春の真ん中で。
これから3ヶ月は過ごしやすい日が続く。
なのに彼の顔はうっそりしていた。
足元には、二人ひと組で羊皮紙を掲げ持つ小人、オークがいる。
「グラント、いつにも増してぼうっとしていますね」
「春のせいですか?」
大真面目な顔で主をからかってきた。
「どんどん夢から遠ざかる気がして、憂鬱なの」
グラントはため息とともに答える。
これからこの荷物をシュトラールの倉庫に運ぶ。
帰るのだ。シュトラールに。
すでに店は引き払っている。
今日は貸出していたページを回収して、預かっていた保証金を返却した。
「マーシャ…」
恨みがましい声で姉と呼ぶ人の名前を呟いた。
グラントが行商から戻った直後、店にマーシャが現れた。
「グラント、今日、昼休みに一緒に孤児院行きましょう」
巻き毛をひとつに束ねて、にこにこしながらそう提案する。
「いいけど、どうしたの?」
「たまにはあんたと実家帰ろうと思って」
「ふうん……」
マーシャが来るのはグラントから財産を巻き上げる時だ。
それか胡散臭い話に勧誘する時。
マーシャはそれが生業で、ある意味仕事人間。
案の定、昼休みにミールズ孤児院に向かう道すがら、マーシャはとんでもないことを言い出した。
「バレット養うの、大変でしょ? しんどかったらいつでも言ってね。
うちの一家に入れてあげる」
「なぁに、出し抜けに」
市場で買った食料を運びながら、グラントはどんよりした目になる。
「頭って気苦労が多くて大変じゃない。
あんたも私のイライラする気持ち、分かったかなあって思って」
「マーシャのは生来の気性。わたしはイライラしてない」
はは、と薄く笑った。背中を平手で殴られる。
「バレットはわたし以外の専門職が優秀だからね。
こうして変わらず店ができるし、何も以前と変わらないよ」
「はーん……?」
マーシャは面白くなさそうに口を歪めた。けれどもすぐに気を取り直してにこにこ笑う。
「無理しなくていいんだからね」
「してないよ」
孤児院に着いたら子どもたちはまず食べ物に群がった。
手分けしてキッチンへ運ぶ。
「今日の差し入れはマーシャ? グラント?」
10歳くらいの男の子がグラントに尋ねた。
「今日のはわたしが買ったけど、それがどうかした?」
しゃがんで目線を合わせて聞く。その子は誇らしげに鼻穴を膨らませた。
「グラントはすごいんだよね。悪いことしないでお金を稼いでるんだから。
犯罪者にならなくたってお金持ちになれるんだよね」
否定も肯定もしづらい。
グラントは青ざめてマーシャの耳を塞ごうとした。
ばし、とグラントの肩に手を置いてその動きを止める、マーシャ。
「はぁ……。あんた舎弟作っちゃってるんだ?」
剣呑な笑いを浮かべている。
「わたしは何も」
ち。と舌打ちが降ってきた。
「最近、グラント小一家とマーシャ小一家に分かれちゃっててねえ。
ほら、二人が今のところ、うちの出世頭でしょ?
マーシャ、子どものことだから、グラントに怒ったって仕方ないよ」
子どもたちに早速果物を配りつつジェロディが言う。
マーシャは里親の顔を睨み飛ばした。
「何よ、小一家って」
ジェロディは果物をかじりながら言い合いをしている子どもたちを指す。
子どもたちが2つに分かれてどちらがかっこいいのか議論していた。
小さな抗争を、グラントは死んだ目で見つめる。
とにかく敵からは服装のことと喧嘩しないこと、元気がないことを刺される。
レイからもコーマックからも言われていた。
リーダーががいい暮らしをしていないといけない。憧れられないと下が続かない。
ともするとエムリンやポーターの方が長という感じがするのだ。
「……」
子どもの純粋な感性に打ちのめされる。
「グラント、気にしなくていいんだよ。子どもの勝手な言い分なんだからさぁ」
ジェロディが気を遣っている。
言い訳をさせてもらうなら、グラントの格好は街区の商人たちと同じだ。
多少ひとよりも長く着ているが。
一方マーシャの服装は、伯爵家の人かというくらいの品物である。
今日はまた見事なロゼットが付いている。
帰り際に、ジェロディから手紙を一通渡された。
とても気軽な感じで。
店に戻ってから吹いた。
手紙は、都から歩いて5日かかる領地の伯爵からだった。
ジェロディの後輩であるらしい。
グラント宛に礼を述べている。
「……なに?」
礼を言われることなどしていない。
唖然として読み進めた。
隣国から侵攻の危険があり、王宮に救援を要請した。
政府から隣国へ問いただしたが兵は出していないという。
ただの賊であろうということになり民兵1500でことに当たらねばならない。
情報によると、出撃せんとしているのは明らかに軍艦なのだ。
ひと月以内には港を出るだろう。
伯爵領には訓練された軍人がいないので、ジェロディに相談した。
バレットの団長に出てもらえるとのことで。
見間違いかなと思って最初から読み直す。
やはりグラントが赴くことになっていて、勝手に受けた師匠をどうにかしてやりたくなった。
この伯爵は兵士を率いる軍人を求めているのに。
「わたしではないだろう」
困った。
じっと考えて、徐に手紙を書く。
「フットマン、これを」
家事の精霊を呼び出した。
「レイに届けて」
翌日から、困ったことはさらに続いた。
バレットの縄張り周辺で揉め事が連続した。
マーシャとフィンの家の下っ端が連日ちょっかいをかけてくる。
バレットの高齢者たちは怯えるし、境目の平民たちには白い目で見られた。
最初はモスに店番を頼んだ。
けれどそこにも一家の人間がやってきて、モスはグラントのところへ逃げてくる。
グラントはバレットを守るために店を開けていられなくなった。
何日も続くと、店の売上では家賃が払えないことが分かった。
グラントは一旦店を引き払うことに決めた。
外患を取り除かねば、好きなことひとつしてはいられない。
ちょっと頭にきた。
日中はもう長袖のシャツ1枚で気持ちいいくらいの春の真ん中で。
これから3ヶ月は過ごしやすい日が続く。
なのに彼の顔はうっそりしていた。
足元には、二人ひと組で羊皮紙を掲げ持つ小人、オークがいる。
「グラント、いつにも増してぼうっとしていますね」
「春のせいですか?」
大真面目な顔で主をからかってきた。
「どんどん夢から遠ざかる気がして、憂鬱なの」
グラントはため息とともに答える。
これからこの荷物をシュトラールの倉庫に運ぶ。
帰るのだ。シュトラールに。
すでに店は引き払っている。
今日は貸出していたページを回収して、預かっていた保証金を返却した。
「マーシャ…」
恨みがましい声で姉と呼ぶ人の名前を呟いた。
グラントが行商から戻った直後、店にマーシャが現れた。
「グラント、今日、昼休みに一緒に孤児院行きましょう」
巻き毛をひとつに束ねて、にこにこしながらそう提案する。
「いいけど、どうしたの?」
「たまにはあんたと実家帰ろうと思って」
「ふうん……」
マーシャが来るのはグラントから財産を巻き上げる時だ。
それか胡散臭い話に勧誘する時。
マーシャはそれが生業で、ある意味仕事人間。
案の定、昼休みにミールズ孤児院に向かう道すがら、マーシャはとんでもないことを言い出した。
「バレット養うの、大変でしょ? しんどかったらいつでも言ってね。
うちの一家に入れてあげる」
「なぁに、出し抜けに」
市場で買った食料を運びながら、グラントはどんよりした目になる。
「頭って気苦労が多くて大変じゃない。
あんたも私のイライラする気持ち、分かったかなあって思って」
「マーシャのは生来の気性。わたしはイライラしてない」
はは、と薄く笑った。背中を平手で殴られる。
「バレットはわたし以外の専門職が優秀だからね。
こうして変わらず店ができるし、何も以前と変わらないよ」
「はーん……?」
マーシャは面白くなさそうに口を歪めた。けれどもすぐに気を取り直してにこにこ笑う。
「無理しなくていいんだからね」
「してないよ」
孤児院に着いたら子どもたちはまず食べ物に群がった。
手分けしてキッチンへ運ぶ。
「今日の差し入れはマーシャ? グラント?」
10歳くらいの男の子がグラントに尋ねた。
「今日のはわたしが買ったけど、それがどうかした?」
しゃがんで目線を合わせて聞く。その子は誇らしげに鼻穴を膨らませた。
「グラントはすごいんだよね。悪いことしないでお金を稼いでるんだから。
犯罪者にならなくたってお金持ちになれるんだよね」
否定も肯定もしづらい。
グラントは青ざめてマーシャの耳を塞ごうとした。
ばし、とグラントの肩に手を置いてその動きを止める、マーシャ。
「はぁ……。あんた舎弟作っちゃってるんだ?」
剣呑な笑いを浮かべている。
「わたしは何も」
ち。と舌打ちが降ってきた。
「最近、グラント小一家とマーシャ小一家に分かれちゃっててねえ。
ほら、二人が今のところ、うちの出世頭でしょ?
マーシャ、子どものことだから、グラントに怒ったって仕方ないよ」
子どもたちに早速果物を配りつつジェロディが言う。
マーシャは里親の顔を睨み飛ばした。
「何よ、小一家って」
ジェロディは果物をかじりながら言い合いをしている子どもたちを指す。
子どもたちが2つに分かれてどちらがかっこいいのか議論していた。
小さな抗争を、グラントは死んだ目で見つめる。
とにかく敵からは服装のことと喧嘩しないこと、元気がないことを刺される。
レイからもコーマックからも言われていた。
リーダーががいい暮らしをしていないといけない。憧れられないと下が続かない。
ともするとエムリンやポーターの方が長という感じがするのだ。
「……」
子どもの純粋な感性に打ちのめされる。
「グラント、気にしなくていいんだよ。子どもの勝手な言い分なんだからさぁ」
ジェロディが気を遣っている。
言い訳をさせてもらうなら、グラントの格好は街区の商人たちと同じだ。
多少ひとよりも長く着ているが。
一方マーシャの服装は、伯爵家の人かというくらいの品物である。
今日はまた見事なロゼットが付いている。
帰り際に、ジェロディから手紙を一通渡された。
とても気軽な感じで。
店に戻ってから吹いた。
手紙は、都から歩いて5日かかる領地の伯爵からだった。
ジェロディの後輩であるらしい。
グラント宛に礼を述べている。
「……なに?」
礼を言われることなどしていない。
唖然として読み進めた。
隣国から侵攻の危険があり、王宮に救援を要請した。
政府から隣国へ問いただしたが兵は出していないという。
ただの賊であろうということになり民兵1500でことに当たらねばならない。
情報によると、出撃せんとしているのは明らかに軍艦なのだ。
ひと月以内には港を出るだろう。
伯爵領には訓練された軍人がいないので、ジェロディに相談した。
バレットの団長に出てもらえるとのことで。
見間違いかなと思って最初から読み直す。
やはりグラントが赴くことになっていて、勝手に受けた師匠をどうにかしてやりたくなった。
この伯爵は兵士を率いる軍人を求めているのに。
「わたしではないだろう」
困った。
じっと考えて、徐に手紙を書く。
「フットマン、これを」
家事の精霊を呼び出した。
「レイに届けて」
翌日から、困ったことはさらに続いた。
バレットの縄張り周辺で揉め事が連続した。
マーシャとフィンの家の下っ端が連日ちょっかいをかけてくる。
バレットの高齢者たちは怯えるし、境目の平民たちには白い目で見られた。
最初はモスに店番を頼んだ。
けれどそこにも一家の人間がやってきて、モスはグラントのところへ逃げてくる。
グラントはバレットを守るために店を開けていられなくなった。
何日も続くと、店の売上では家賃が払えないことが分かった。
グラントは一旦店を引き払うことに決めた。
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