ただの魔法使いです

端木 子恭

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貿易島

知らない国

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 朝ごはんは、見たことがない服装の人間ばかりの店でとった。


 ポノはそこでもひとしきり話を聞いていた。
 暖かい大陸の国からやってきたという一団に話しかけている。

 船は借り物で、別の大陸まで連れていってもらったらそこから陸路をいく。
 珍しい植物を探す隊だという話だった。この貿易島でも種子を探している。

 グラントは、灰の取引先を探していると相談してみた。
 彼らの国では肥料がいらないようだったが、農業国にあてがあるから話そうと言ってくれた。
 台帳の番号を何枚か渡しておく。
 
「グラントやゾベルの住んでるのは、どんな国?」

 ポノはたくさんの国の話が聞けて上機嫌だ。

「寒い。一年のうち3分の2は雪の心配をする」
「港が凍っちゃうから、船を出せるのは春から秋の間なんだよ。
 夏でも海に入れば体が震えるくらいに冷える」

 年中ほとんど裸で船を漕いでいたポノの故郷とは真逆である。

「領土の北の果ての半島は、意外と暖かい。
 火山があって、地熱で温められるから地面が凍らないんだ。
 温泉も湧く。公開されている施設が多いから、旅人も自由に温まれる。
 港があるから割と湯治客が訪れるよ」

 グラントが話した。

「温泉。熱泉かい?」
「そう。湯量が豊富だから蒸し風呂ではなく浸かれる風呂が多い」
「都はどんなだ?
 外国との交流が盛んだったりする?」

 ポノはどこの国に住むにしろ、いろんな人がいる場所がいい。

「居住者はあまり外国出身の人間は見ないかな。
 ……ああ、領主の一人に魔物の侯爵がいるけど」
「魔物。どんな人なの?」

 ポノの質問に、グラントはうーんと唸った。
 ゾベルもはて、という顔をする。

「きれいな方だよね。きらきらー、さらさらー、って感じの」
「軍服にはふわふわがついてた」
「あんまり縁がないんだな」

 グラントもゾベルも平民中の平民なので致し方ない。

「王都の城壁内は貴族の領地の他は店ばかりだよ。
 石造りの街でね。荷車が通りやすいようになってる。
 冬は交通が断たれがちだから、夏の間忙しく売り買いをするんだ」

 夏の終わりから初秋は一番商品が都に流れてくる季節だ。
 二〇余の領地から特産品が納められて、それらが市場に出回る。

 コーマックのところからは、毎年塩漬けの魚が届いた。
 冬の間みんなで大事にいただいたっけ。

「都以外の領地ではあまり商いは盛んではないんだけど。
 自給自足している領地が多いんだよ。
 それぞれ特産品があって興味深い。
 私が気に入っているのはやや西の内陸部にあるところ。
 草原が多くて羊牧が盛んでね。手伝いに行くと毛糸が山ほどもらえる」
「のんびりしてるんだな」

 ポノはメモをとっていた手を、ふと止めた。

「グラントは普段行商か何かしてるの?
 すごく行動半径が広いような気がするけど」
「本のレンタル屋だ。普段は座ってることが多い。
 休みの日などはおつかいを頼まれることがあるんだ」
「おつかい?」

 ゾベルが唖然とグラントを見る。

「全ての領地とやりとりがあるじじいがいてね。
 辺境領は行ったことないけれど、その他には子どもの頃からおつかいに出てた。
 特産品を受け取ったり採集したり、こちらから届けたり。
 森の中は道もないから馬車ではなく歩いて行かされるんだ」

 偏屈じじいコーマックのおつかいは、過酷。

 届け物をしてくれだの、その時期そこでしか採れない野菜だの、生息域の限られた動物の捕獲だの。
 あのじじいはグラントを倒れるほど歩かせてきた。

「……グラントは、すごいね」

 ゾベルがぽかんとした顔で言う。
 猫の魔物ですらそんな隅々まで踏破しない。徒歩では。

「グラントの生活も楽しそうだなあ」

 ポノはにこにこしてノートにメモを続ける。

「グラントはもともとその国で生まれたの?」
「さあ……。わたしは幼い頃に戦を逃れて都の孤児院に辿り着いた。
 正確な故郷は覚えていない」

 ずん、とポノの肩が落ちた。

「ごめん。なんか変なこと聞いて、ごめん」

 話している当人は割とけろっとした顔をしている。

「一年中、本当に一年中、周りの山には雪が積もってた。
 けれど領地内には雪は積もらない。そんな場所に住んでいた。
 わたしは祖父母と母が魔物で、父は人間だ」
「その刺青は家紋?」

 ペンで刺青を指してポノが聞いた。

「家紋だ。刺青をするのは、人間と暮らす魔物の習慣だと聞いてる。
 露出させたまま魔物の力を発現させるとそこが吹っ飛ぶ。
 かっとしたからって人間相手に感情をぶつけないようにこれを彫るんだ」
「呪符みたいなものだね」

 興味深そうにメモ書きが走る。

 グラントはそばのゾベルを見やった。

「ゾベルの住んでいた猫の国はどんな? 猫以外が行っても仲間に入れてもらえるかな」
「お土産を持ってきてくれれば大丈夫。行きたくなったら俺、案内するよ」

 ゾベルは笑って頷く。ポノは猫の国のメモも始めてしまった。

 猫の国の王様は尻尾がたくさんある。
 猫たちは人間の暮らしの中で気に入ったものがあれば勝手に持ってきてしまう。
 触り心地のいいタオルなんかは人気の品物だ。小さめのかごもいい。

 今までも訪れた人間はいる。お土産をくれた者は歓迎した。
 猫をいじめたことがある人間は、みんなで威嚇して怖がらせてやった。

「グラントやポノなら歓迎するよ。
 でもグイドはみんなに言いつけてやる。俺は消えるとこだった」

 昨日の仕打ちを思い出してゾベルはシャッと牙を見せる。
 ポノは笑ってノートを閉じた。たくさんメモできたので満足している。

「ねえ、これから警務隊に訴えに行かない?
 とりあえずジャジットにはまだ見つかってないからさ。今なら行ける」
「警務隊?」

 その組織も場所も知らない。グラントは少し考える。

 魔物をも捕まえてくれる部隊なのだろうか。
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