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貿易島
逃げ場なんて
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ケープが変化して、まるでさっき会ったドワーフの帽子みたいになった。
それを被ってみる。
髪の色が隠れるだけでマシかな。
でも、破れた袖ぐりはかえって目立つかもしれない。
肩の刺繍を見た。
ジェロディが言っていた。
呪符の類は絶対に力ずくで剥がしてはならない。
とんでもないことになる、としか教えてくれなかったが。
まさか自分が封印されることがあろうとは考えてもなかった。
もっと詳細を聞くべきだった。
店はまだ盛況だ。
グラントは仕立て屋に行って針と糸をもらう。
帽子を褒めてもらった。魔王は得意げ。
店の前を、ヘイゼルの護衛が通り過ぎる。
ゾベルはまた猫の姿になった。
余り布をもらってスリングにしてゾベルを入れてみる。
絵面がかわいかった。
このまま持っていくことにした。
店を出たが、どこに逃げた方がいいのだろう。
迷っていると魔王が方向を指し示した。歓楽街だった。
「魔王がね、あっちに行けって」
逃亡の相棒、ゾベルに意見を聞く。白い猫は歓楽街を見た。
「いいと思う。絶対グラントは行かなそうだもん」
納得して、グラントはそちらの通りに入る。
そしてすぐ後悔した。
抱っこされたゾベルが可愛くて、声をかけられる。
「間違いじゃない?」
店と店の間に必ずいる倒れた人間を見ながらグラントが首を傾げた。
ゾベルはそんなことないと言う。
「俺は愛でてもらっていい気分」
間違ってる。
歓楽街は途中で並木道に変わった。
海が見える。
廃船があるあたりに来たと分かった。
「船に隠れよう」
グラントが早足で桟橋に向かう。
「これ。これがいい」
中型の船を指して白猫ゾベルが言う。ぴょんと飛び乗った。
「わたしは跳べないよ。梯子とか、残ってる?」
「ない。持っていかれてる」
「では、小型のにしてくれないかな」
「うーん……」
ゾベルは船上から探して、小さな屋根付きの船に移った。
「これは? 小さいけど下が船室になってる」
「ありがとう」
グラントは船に乗り込んでみる。頭がぎっちぎち。
というかちょっと折らないといけない。
座ってしまえば平気だ。
船室から這い出して外を眺めてみる。
人の姿になったゾベルも同じようにして外をうかがった。
「グラント、本当になんともないの?」
ゾベルが目をあげて聞く。
「普通に動ける。ゾベルはもう消えてしまいそうだったね」
「そうなんだよ。もうこのまま消滅かって思ってた」
「これは王宮のすごい魔法使いが作る封印符だ。
魔物によっては封印を通り越して消滅させてしまう。
疑わしいだけでベタベタ貼っていいものじゃないと思う」
「なんでグイドはそんなの持ってるの」
「さあ……」
グラントはふと思いついて右手を宙に出した。
小指の紋章を隠して、しばし止まる。「あ」と呟いた。
「溶岩が操れない」
わずかに出して弾く、いつもやっていることができない。
「オーク。フットマン。スイート……」
賑やかな精霊たちを呼んでみる。出てこなかった。
どこかにぎゅうぎゅうに押し込められて、大渋滞に悲鳴をあげている姿を想像してしまった。
「ああ、そういうことなんだ……」
今グラントは、完全な魔法使いなのだ。けれど杖はグイドが持っている。
「……ただの人だ」
ただの魔法使いから、ただの人へ。
やっとまずいのかなという気がしてきた。
「さっき、グラントの封印もまとめて解けなかったの?」
「危険だよ。この封印符は本当に強い。確実にするなら一人ずつだ」
あの場で二人分解けと言って双方解けなかったら詰んでいた。
とりあえず、追っ手が来ないうちに休もうと、ぼうっと陸地を見始める。
しばらくすると島の灯りが小さくなっていった。
歓楽街すら消灯する店が出てくる。
飲み屋街は半分以上が今日は店じまいした。
島に日没が訪れたかのようだ。
「……ねえ、あれ」
薄暗がりの道を、走ってくる人が見えた。
何事か叫んでいる。宿屋のリナと変わらない年齢の男の子だ。
くしゃくしゃの天パから汗が飛び散る。後ろを振り返ったのだ。
敵の存在を見とめて喉を上下させる。
「助けて‼︎」
海に向かって叫んだので、よく聞こえた。
「助けて、……」
グラントがすごく悩ましいといった表情をする。
困ってるようだし、助けたい気持ちはあった。
ゾベルは先ほどの自分の身に起こったことを思い出してぷるぷる震えている。
「助けようよ、グラント」
「ただの人と、弱った魔物でどう助けよう?」
至極真面目にグラントは尋ねた。
ちょっと考えて、ゾベルに船の出航準備を頼む。
「追っ手が何であれ、今は戦いを避ける。海へ逃げよう」
荒れた板の桟橋を、気乗りしなさそうに進んだ。
それを被ってみる。
髪の色が隠れるだけでマシかな。
でも、破れた袖ぐりはかえって目立つかもしれない。
肩の刺繍を見た。
ジェロディが言っていた。
呪符の類は絶対に力ずくで剥がしてはならない。
とんでもないことになる、としか教えてくれなかったが。
まさか自分が封印されることがあろうとは考えてもなかった。
もっと詳細を聞くべきだった。
店はまだ盛況だ。
グラントは仕立て屋に行って針と糸をもらう。
帽子を褒めてもらった。魔王は得意げ。
店の前を、ヘイゼルの護衛が通り過ぎる。
ゾベルはまた猫の姿になった。
余り布をもらってスリングにしてゾベルを入れてみる。
絵面がかわいかった。
このまま持っていくことにした。
店を出たが、どこに逃げた方がいいのだろう。
迷っていると魔王が方向を指し示した。歓楽街だった。
「魔王がね、あっちに行けって」
逃亡の相棒、ゾベルに意見を聞く。白い猫は歓楽街を見た。
「いいと思う。絶対グラントは行かなそうだもん」
納得して、グラントはそちらの通りに入る。
そしてすぐ後悔した。
抱っこされたゾベルが可愛くて、声をかけられる。
「間違いじゃない?」
店と店の間に必ずいる倒れた人間を見ながらグラントが首を傾げた。
ゾベルはそんなことないと言う。
「俺は愛でてもらっていい気分」
間違ってる。
歓楽街は途中で並木道に変わった。
海が見える。
廃船があるあたりに来たと分かった。
「船に隠れよう」
グラントが早足で桟橋に向かう。
「これ。これがいい」
中型の船を指して白猫ゾベルが言う。ぴょんと飛び乗った。
「わたしは跳べないよ。梯子とか、残ってる?」
「ない。持っていかれてる」
「では、小型のにしてくれないかな」
「うーん……」
ゾベルは船上から探して、小さな屋根付きの船に移った。
「これは? 小さいけど下が船室になってる」
「ありがとう」
グラントは船に乗り込んでみる。頭がぎっちぎち。
というかちょっと折らないといけない。
座ってしまえば平気だ。
船室から這い出して外を眺めてみる。
人の姿になったゾベルも同じようにして外をうかがった。
「グラント、本当になんともないの?」
ゾベルが目をあげて聞く。
「普通に動ける。ゾベルはもう消えてしまいそうだったね」
「そうなんだよ。もうこのまま消滅かって思ってた」
「これは王宮のすごい魔法使いが作る封印符だ。
魔物によっては封印を通り越して消滅させてしまう。
疑わしいだけでベタベタ貼っていいものじゃないと思う」
「なんでグイドはそんなの持ってるの」
「さあ……」
グラントはふと思いついて右手を宙に出した。
小指の紋章を隠して、しばし止まる。「あ」と呟いた。
「溶岩が操れない」
わずかに出して弾く、いつもやっていることができない。
「オーク。フットマン。スイート……」
賑やかな精霊たちを呼んでみる。出てこなかった。
どこかにぎゅうぎゅうに押し込められて、大渋滞に悲鳴をあげている姿を想像してしまった。
「ああ、そういうことなんだ……」
今グラントは、完全な魔法使いなのだ。けれど杖はグイドが持っている。
「……ただの人だ」
ただの魔法使いから、ただの人へ。
やっとまずいのかなという気がしてきた。
「さっき、グラントの封印もまとめて解けなかったの?」
「危険だよ。この封印符は本当に強い。確実にするなら一人ずつだ」
あの場で二人分解けと言って双方解けなかったら詰んでいた。
とりあえず、追っ手が来ないうちに休もうと、ぼうっと陸地を見始める。
しばらくすると島の灯りが小さくなっていった。
歓楽街すら消灯する店が出てくる。
飲み屋街は半分以上が今日は店じまいした。
島に日没が訪れたかのようだ。
「……ねえ、あれ」
薄暗がりの道を、走ってくる人が見えた。
何事か叫んでいる。宿屋のリナと変わらない年齢の男の子だ。
くしゃくしゃの天パから汗が飛び散る。後ろを振り返ったのだ。
敵の存在を見とめて喉を上下させる。
「助けて‼︎」
海に向かって叫んだので、よく聞こえた。
「助けて、……」
グラントがすごく悩ましいといった表情をする。
困ってるようだし、助けたい気持ちはあった。
ゾベルは先ほどの自分の身に起こったことを思い出してぷるぷる震えている。
「助けようよ、グラント」
「ただの人と、弱った魔物でどう助けよう?」
至極真面目にグラントは尋ねた。
ちょっと考えて、ゾベルに船の出航準備を頼む。
「追っ手が何であれ、今は戦いを避ける。海へ逃げよう」
荒れた板の桟橋を、気乗りしなさそうに進んだ。
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