ただの魔法使いです

端木 子恭

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貿易島

海の上

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 バレットの家令、ポーターからは宿題がでた。

 国内と外国で価格差の大きいものを調べてくるように。
 
 メモ用にノートを渡されている。
 バレットに住むおばあさんたちが作ってくれた肩掛けカバンに入れてあった。

 高齢者にとって海に出ることは戦に行くイメージらしい。
 ものすごく大事に見送られてしまった。

 原油を運ぶヘイゼルは、灰を入れたら荷室が油臭いのが緩和された気がすると喜んだ。
 帰りは食肉用の動物を仕入れて帰るのだそう。

 戻ったら、シェリーの屋敷へ行きたい。
 お土産、買えたりするのかな。

 目的地は島が丸ごと市場みたいなのだと教えてもらった。
 貿易島は海洋にいくつもあって、今回行くのは小さい方。
 けれど100万人をこえる人間が常時いるのだそうだ。
 特に春は、北の海からも船の航行が可能になる季節。人の出入りが活発になる。

 ヘイゼルの船には、商人と護衛を合わせて30名程度が乗船している。

 遊戯室や運動場、飲み屋や大浴場が設備されていた。
 グラントは物珍しくて毎日うろうろしていた。

 コーマックのところで小さなガレー船に乗ったことはある。
 漕ぎ手をやらされて辛かった思い出がよみがえった。
 椅子だけ上等だったのを覚えている。

 そういえば、あの時音の精霊エコーを呼び出した。
 楽団の音を再現して流したら好評だったのだ。
 何せ1日17時間という労働条件の下、みんな頑張っていた。

 今回は帆船だから、どうだろう。

 試しにエコーを飲み屋のカウンターに置いたら、護衛までも喜んでくれた。
 曲を聞かせたお駄賃に銅の粒をもらった時の、エコーの顔。
 幸せをかみしめまくっていた。

 誰かにもらった巾着を首にぶら下げて、ちゃりちゃりと音をさせるようになった。

 そんな精霊を置いて、グラントはふらりと歩く。

 やっぱり好きなのは甲板かな。

 船の横っ腹。屋根の下で滅多に人が来ない。
 お気に入りの場所を定めたのは出航して1週間目くらい。

 波に杖を向けて、海の生物でも繰り出せないか試していた。
 馴染みがないので小魚くらいしか形にならなかった。


「グラントは毎日何をしてるの?」


 上から降ってきた声にそちらを見る。ヘイゼルの言っていた魔物の新入社員だ。

「ゾベル」

 猫の魔物だが、普段は少年の姿をしている。
 薄茶色の髪の毛の16歳くらいのかわいい子だ。
 見た目は華奢なのだが力もちで、原油の大きな樽を両肩に一つずつ担げる。

 その彼に、グラントは笑った。

「水を操って遊んでいるだけだよ」

 杖を体にくっつけるようにおさめてそう答える。

「海の生物はほとんど知らないから、魚の形くらいしかできない」
「タコは?」
「あー……」

 改めて言われるとどんな形か自信がない。

「こんなの?」

 杖を振ると海の水がひとかたまり飛び出した。丸い形がふよふよと漂う。

「それはクラゲかなあ」
 
 ゾベルの言葉に気が抜けて、水は海へ戻った。
 こういうのなら、できるんだけど、と呟いて杖を大きく振る。
 海の水が山のように盛り上がった。
 いななきと共に何頭もの巨大な馬が水をかき分けて駆け出してくる。

「おおお、迫力あるねええ」

 ゾベルが手を叩いた。屋根の上に座って馬の顔を見上げる。
 動物たちは円を描くように駆けてまた海に消えていった。

「グラントは何の魔法使いなの?」

 隣に下りてきてゾベルは尋ねる。
 最初に魔物と紹介されたけれど、グラントは魔物の姿にはならない。
 どちらかというと魔法使い。

 特性があるかと言われればそうでもないグラントはちょっと答えに困った。

「幻を見せるのが得意だけれど、他はどうだろう」

 その幻術だって、戦い方を知っている軍人の前では使えなかった。
 魔力の具現化は、幻の応用編だけれど、要素的には。

「遊びではこういうのをよくやるよ」

 そう言って、グラントは杖についている石を宙に定める。

「子猫」

 その言葉に応じて石から子猫が飛び出した。銀色の毛並みをしている。
 本物の猫のようにゾベルに擦り寄った。

「わあ」

 歓声を上げたゾベルは猫を抱き上げる。

「本物みたいだ」
「でもわたしからある程度離れると消える」

 グラントの魔法は大概が効果範囲が狭い。

「精霊は? 離れると消えちゃうの?」
「それは消えないね。わたしの魔法とは関わりない存在だ」

 精霊、と口にした時、ゾベルは何か思い出したようだ。

「ああ、そうだ。親方が、グラントを呼んでいた。飲み屋で待ってる」

 一緒に行こう、とグラントのケープを引く。

「バレルを出してほしいんだって」

「……ふうん」

 初日に、酒の精霊バレルを出した。
 中年の男の姿をした精霊で、彼の取り憑いた酒樽は酒がうまくなる。
 そして、バレルは気のいい飲み友達なのだ。ウーシーのお気に入り。

 ヘイゼルも酒好きで、バレルをいたく気に入ってしまった。

「バレル」

 精霊を呼び出す。

「先に行ってくれる?」

 グラントはできるだけゆっくり行きたかった。
 二人を見送ってもう一度波を見る。ケープは、行きたそうだ。

「魔王は派手好きで、酒も好きか」

 ウーシーがそう呼ぶから、もうこいつの名は「魔王」。


 よく探ってみたら、首をもがれた力のある魔物が加工された代物だった。
 その状態でも生きている。意思はないはずなのに、やたらと好みを主張してきた。

 グラントが少しでも髪を伸ばそうものなら散髪屋の前へ行こうとするし、仕立て屋の前を通れば生地を勝手に選ぼうとする。市場では、己が食べもしないのにメニューを選んだ。

 実際手が伸びるわけではないけれど、感じるのだ。

 戦闘中はその勝手に助けられている。
 よく大きな羽根に変化した。それは矢を通さない。
 魔王の変化した服は、刃が通ったりしなかった。

 船室に下りようとしたところで出てきた人間と出会でくわした。
 その相手を見て、グラントは普段あげない視線を上にやった。

 彼は護衛として乗船している。騎士団に所属していた。
 平時は貴族の屋敷の護衛をすることが多い。船に乗るのは今回が初めてだ。

「……グイド」

 冬から、グラントが見上げる人間と知り合う機会が増えた気がする。
 それまでは師匠ジェロディくらいしか見上げることはなかったのに。

 グイドが所属しているのは王直下の騎士団バロールだった。
 師匠の後輩に当たる。

 レイに聞いてみたことがあった。
 バロールに20年以上勤めた将校コーマックはどれほどかすごいのか。
 すごく不機嫌な顔をして教えてくれた。

 王が指揮をとる騎士団バロールでは、5年いれば長い方。
 月の半分は訓練があるし、友好国の支援に向かったりする。
 貴族であれば入るのは難しくないが、続けられる人間は一部だ。

 コーマックの現役時代ともなると、戦争の他に政争もあったりして大変だったろう。

 レイたちの所属するクイルは侯爵家の騎士団だ。
 構成員は主に伯爵家の若者だが、魔物や魔法使い、商人や農民など。
 ありとあらゆる背景の者がいる。
 7年以上いれば長いと言われた。
 訓練は月に何度かあるくらい。
 平時はそれぞれ護衛などに雇われている。

 最近、一悶着あったシャニが見習いとして入団してきた。
 ちょっと気まずい。

 民間の兵団は、20年以上勤める人間も多い。
 3つある兵団は1000人程度が所属しているけれど、戦力になるのは半分ほどか。


 グイドは騎士団に所属して4年目。
 訓練だ護衛だといつも屋外で過ごすので日に焼けた肌をしている。
 ケイレブのように腕が太い。
 投擲部隊ではないと言っていた。

 彼の扱う武器が重いのだ。 

 やはり精鋭部隊ともなると大きい人を集めるのかな。
 初対面でそんなことを聞いた気がする。

 彼は無骨な顔に愛想笑いも浮かべなかった。
 いつもそんなふうに額を緊張させているのだろうか。
 グラントを見る時は特に、その眉間にしわを寄せてくる。
 
 魔物が嫌いなんだそうだ。
 名前だって人づてに聞いた。

「グラント・ルース」

 罪人の名前を読み上げる時みたいな口調でグイドが呼ぶ。
 邪魔にならないように通路を開けたはずなのに、わざわざ肩を押しのけて出て行った。
 こういう人からは距離をとっておこう。グラントはそう決めていた。

 後ろからも何人か護衛の人たちがやってきている。
 これから甲板で稽古でもするのか。

 一緒にどう? と護衛の一人がグラントに木剣を示す。
 首を振って辞退した。さっさと傍を通り過ぎる。

 グイドの中では、魔物は悪なのだそうだ。
 悪事を我慢して、無理に人間の周りに住んでいる。魔物の世界では暮らしていけないから。

 そんなこと、是も非もない。

 魔物の世界なんて知るか。住んでいるのは人間と同じ場所だ。
 無理なんてしていない。人間と同じく生活しているだけ。

 日銭を稼いで、友だちと食事をし、家賃の心配をして暮らしている。
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