ただの魔法使いです

端木 子恭

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雪に閉ざされて

魔法使いの一撃

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 レイと主人用の寝室を覗いた。

 明らかに使われていて、お互い目を見合わせる。
 これはこのまま彼女に引き渡すわけにいかない。

 部屋の奥で物音がした。
 
 レイが誰何の声をあげると、木の扉が開く音が聞こえる。

「……」

 無言で長剣を抜く剣士を、グラントは黙って見送った。
 顔が不機嫌極まりない。

 剣はまっすぐ飛んでいって、部屋の奥の壁に突き刺さった。

 飲み込むような悲鳴が聞こえる。
 何か引っ掛かる音がして、大柄な人影が雪上に落ちた。

「どうせ直すからな」

 グラントの物言いたげな目にそう答える。


 

「ウーシー、近くにいる?」

 窓を開けながらグラントが尋ねた。
 大きな鞄をがちゃがちゃ言わせてウーシーが入ってくる。

「何?」
「うん、隊長が逃走中。てる?」

 窓の先に、固くなった雪原を走る兵士の背中。
 ウーシーはカバンからクロスボウを取り出した。
 窓枠に固定して矢を装填する。「足止め?」と狙いながら聞いた。

「足止めしてくれ。わたしが追いつけるまで」
「わかったー」

 大きな弾く音が響く。

 走る隊長の脇腹を掠め、シャフトの太い矢が雪面に飛び込んだ。
 グラントは杖を何度か振る。足を止めた敵将に向けて雪煙が走っていった。

「……」

 しかし、何も起こらずに魔法が消える。グラントが首を傾げた。

「毒矢で狙おうか?」

 初めて見る事態にウーシーは尋ねる。
 グラントは「いらない」と答えた。理由に心当たりはある。

「ウーシーはここで援護を。わたしは行ってくる」

 グラントは脱出扉から敵将を追って外へ出た。
 ケープがひとりでに動く。グラントはそれを掴んだ。

「羽になったら、脱ぐよ」

 拗ねた。そう感じる。

「何かしたいなら、動きやすい上着とかがいい」

 ケープが応じた。

 風もないのにはためいて紫黒の色の騎士の服になる。
 これはこれで、何だか恥ずかしい。

 固くしまった雪の上を行くと、程なく相対する。

 相手が持っているのは柄の装飾が凝った長剣だった。
 力のある家柄なのだろうと思う。

「戦は苛烈でしたか」

 杖の石を敵の喉元に定めてグラントは尋ねた。

「国はどちらですか。分が悪くて逃げてきた?
 このような雪深い土地に閉じ込められて、びっくりされたでしょう?」

 隊長が答えたのは、西の山の向こうの国だった。
 コーマックの隣の領地から侵入している。

 じじいの領地から入っていたら文句を言いに行けた。

「東に行けば港があると聞いたのだが。
 山を越える時に隊の半分がやられた」
「もう少し山沿いに大回りされれば深い湾に出られたのですよ」

 そこはノルトエーデ領。
 侵入した途端に狼煙が上がり、兵が集まってくる。


「難儀なことでしたが、あなたが侵入したのはわたしの友達の家でした。
 ちゃんと狼藉を謝って」



 敵の隊長は長剣を引き抜いた。その鍔にいくつかの宝石がある。

 グラントはもう一度杖を振った。
 見やすいように霧のかたちをしている。
 蛇の如く滑り寄った魔法は、敵を捕える前にその宝石に吸い込まれていった。

「……そういうの、どこで手に入れるのですか?」

 
 魔法使いと戦うために、防御する方法はいくつかある。

 グラントは何年か前に会ったことがあった。
 コーマックのところにやってきた賊の中にいたのである。

 魔法を吸い取る石を持つ人間が。

 どれくらい貯められるかは石によるようだった。
 限界を超えると壊れる仕組みだった。
 力の弱い魔法使いが普段から魔力を貯めておくこともできる。
 杖の代わりのようにそこに貯めた力を利用できるのだ。

 この敵将は魔法の魔の字もないように見える。
 きっと石は対魔法使い用だ。

 以前に見たのは最初の攻撃で砕け散った。
 この人が持つのはまだなんともなさそうである。

「いい石ですね。どのくらいの価値があるんですか?」

 相手は答えてくれなかった。
 グラントは杖を構え直す。

 雪面を何度か叩いた。長剣の届く範囲外から視線を合わせる。
 幻術へ誘ってみるが鍔の石に吸い取られていった。

 質がいい石だ。

 少し足元の雪を確かめる。
 杖で叩くと太鼓を叩くような音があたりに響いた。丘の斜面が揺れる。

 雪崩が起きて、麓の沢へと雪原が落ちていった。

 静かになったところで、雪の塊の中から敵将が這い出てくる。
 グラントは走っていってその目を間近に見た。

 ぬっと伸びてきた手に掴まれて額をぶちかまされる。

「……っ」

 転がって間合いをとった。
 杖の先の黒い石を、相手の喉に定める。 




「狐」


 黒い石から大きな狐が飛び出した。
 白い毛並みの獣は敵将に噛みつこうと口を開く。
 これは結構魔力を費やした。
 しかし石に吸われ、狐は動けなくなって消えた。

「それも吸うの」

 耳の後ろを掻いて呟く。

 雪崩のあとはところどころぬかるんだ地面が露出していた。

 それを蹴って敵将が近づいてくる。
 グラントは残っている雪の壁に杖を投げ挿した。

 ショートソードを抜いて向かっていく。

「お前は魔法使いか、剣士か」

 剣を抜く素早さに敵将は問うた。



 今度は間合いを取らずに体の近くで戦った。
 元の方で叩いてくるのを防ぐ。
 顔を掴まれて、グラントは泥の上に転がった。

 すぐに前屈みに起き上がる。
 その中墨に定められた長剣が振り下ろされた。

 グラントは柄を逆手に握って突進する。
 打ったのは、長剣を握るその手だ。

 敵将は短い声で叫ぶ。
 グラントがもう一度、剣を手に振り下ろして叩き落とした。

「わたしは魔法使いだ」

 ショートソードを捨てて長剣の方を拾う。
 敵将の顎に突きつけて言った。



「水牛」

 


 大きな角が出てくる。
 グラントの魔力が実体を持って飛び出した。


「打ち上げろ」


 水牛の頭が敵将の体へと派手にぶつかる。
 空中へと駆け上がった獣の姿は、日の光に溶けるように消えた。



「ウーシー、手伝って」

 息を整えながら屋敷を振り返る。
 その時にはもう親友は外に飛び出していた。

「グラントー。久しぶりに見たぞ、獣。大っきいー」

 泥を跳ね上げながら走ってくる。
 その背後をふと見上げた。屋敷の中のレイと目が合う。

 また不機嫌そうだ。

 無視してウーシーと敵将を捕縛する。


 引っ張るのが大変なので結局不機嫌な騎士も呼んだ。
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