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雪に閉ざされて
借りもの
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兵士を集める。
園芸の本を写しながらグラントは考えていた。
疲れて思考が停止しそうだったからといって、よくそんな話受けたものだ。
ただの魔法使いが、戦帰りの中隊と戦える者をそろえる。可能か?
あちらの軍人たちはこちらの軍人で対応すればいいが。
グラントの知り合いは商人が中心だ。
商人の他は、友達ですとあまり堂々とは言えない人。
「マーシャ」
ケリーの母のことが浮かんだ。
昼休みに孤児院へ行ってみることにする。パンと野菜を買って。
「師匠、ケリー、こんにちは」
市場の荷物を持っていくと、常時10人ほどいる子供たちが群がった。
みんなに少しずつ分けてキッチンに持って行ってもらう。
18歳まではここに住んでいいことになっている。
今の最年長は15歳のケリーだ。
ケリーの母マーシャはここにいる間に娘を産んだ。
夕飯用のパンを棚に隠してからケリーがそばにきた。
男性のような服装をして、肩に短いケープを羽織っている。
顔がマーシャにそっくりで、グラントはいつも驚くのだ。
「先生、何もないのに来るの珍しいですね」
「用事ができてね。マーシャに会いに行こうと思ったんだ」
母の名前が出ると、ケリーの表情は曇る。
「また犯罪?」
マーシャは現在、シュトラールの犯罪組織の3大勢力の一角だった。
娘が生まれてからファミリーを持つようになったのである。
それはきっと、ケリーを守るためだった。
「違うよ。マーシャが最近した悪いことなんて、わたしは知らない」
グラントは笑う。
「頼み事があって行くんだよ」
ケリーを育てたのはエリカだ。そして、グラント。
「母が悪いことした証拠を掴んだら、逮捕しちゃってください。
もうやめられなくなってやってる感じがしますもん」
口を尖らせる娘に「そうする」と言ってやる。
マーシャは本当に、ここ数年は罪を犯していない。直接は。
どうやってファミリーを養っているのか知っているのに、グラントは何もできないでいた。
ここで一緒に育ったマーシャのことが好きだった。
孤児院からも修道院からも近い場所に、貧民街とは思えない一軒家がある。小さいが。
壁が崩れた集合住宅だらけの周囲からは浮いたような印象だ。
「あら、珍しい」
執務室に顔を覗かせると、肘掛け付き椅子に座っていた女性が笑いかけた。
髪を束ねている。着ているワンピースはうっかりすると貴族の家にありそうなくらい品が良かった。
よくそんなものをつけていて首を刎ね飛ばされないな、というくらいの大きな宝石のついたネックレスをつけている。
グラントはそんな彼女の向かいに行って、頑丈なテーブルに腰掛けた。
「久しぶり、マーシャ」
家の至る所にいる人相の悪い人間たちのことは気にしない。
グラントは家の主に挨拶した。最近娘に会ったかとか、孤児院への寄付のお礼とか、そんなことを話す。
「今日来たのは、頼み事があってね」
グラントがそう申し出ると、マーシャは占い師みたいな顔になった。
知っているが、言ってごらん、といったような。
「人足を借りたい。二日ほど。冬の終わりに」
「なぜうちの人出がいるのかな?」
マーシャが楽しそうに聞くから、話した。
グラントが初めてするケンカのことを教えた。
セリッサヒルに住み着いた流れ者の集団を倒しに行く。
彼女はお姉さんみたいに聞いてくれて、その結果は。
「いや」
「なんで?」
「なんででも」
「報酬次第では?」
「グラントに貸すってのが嫌なの」
笑うマーシャの顔は優しげ。だけど決してグラントのことは思っていない。それは知っていた。
「私のじゃなくて、グラントが自分で傘下におさめてからできる人間を持って行ったらいいの」
果たして、彼女が提示したのはグラントが最も嫌がりそうな方法である。
そばに立っていた人間に言って、誰かを呼びに行かせた。
「あとふた月もないよ? 雪解けまでにこの街で兵を募るの?
三人の誰かに恨みを買って殺されてしまう」
シュトラールの縄張り争いは、主に三人の間で行われている。
最大勢力のボロ、次席がフィン、そしてマーシャ。
マーシャは一番の新参者だ。平民との境目に近い、孤児院と修道院を縄張りに入れている。
一方最古参のボロは、一番奥、城壁側が縄張りで、完全自治をしているので入ったことがなかった。
姿も知らない。
「死ぬかもしれない戦いに出るんでしょ?
その前に練習していったらいいじゃない。実地訓練」
「実地……」
茶化した言い方がイラつかせた。
「でも、どうしたらいい? いきなり乗り込んで決闘すればいいって話じゃないだろ?
わたしはマーシャ以外の一家の長を見たことがない」
「グラントはケンカが嫌いな子だものね」
その言い方には毒がある。
幼い頃から、グラントを守ってきたマーシャは、目の前の青年が一度も一緒に戦おうとしなかったことを覚えていた。
「今でも嫌い」
「そうね。そんなグラントにね、いい手を教えてあげる」
マーシャはにこにこと笑う。
「犯罪の証拠を警吏に差し出して、ボロを逮捕してもらうの」
とんでもないことをさらりと言った。
「……は?」
背筋が寒くなる。そんな簡単な話なら、ボロはとっくに牢獄にいた。
「私は証拠を匿っている。あんたにそれを売ってあげる。グラント。弟優待で後払いでいいから」
聞いてしまったら、断れない話である。断ったらグラントだって殺されかねない。
万にひとつ、ボロの縄張りまで逃げて情報を売る? でもその場合は確実にボロに殺される。
「はぁ……」
嫌な顔をして、グラントはマーシャを見下ろした。
この人は、グラントに引けない条件を握らせた。きっと全財産を巻き上げられる。
「いくらなの?」
果たして、彼女が示したのは、ちょっと環境のいい場所に店が買えるくらいの金額。
「指定は?」
「私の言う店で宝石を買ってちょうだい。話はしておくから。
そろそろ新しいのが欲しかったの。ありがとう、グラント」
ただきれいな石をねだった話にしようとしている。
どっぷり疲れた目になったグラントのそばに、マーシャより少し年上くらいの男性が連れてこられた。
「その人は、家令をやってた人なの。会計に強いのよ。仲良くして」
「……どうぞよろしく」
グラントは、その家令の目を覗き込んだ。
外からはジェロディに見える幻術をかけておく。
上機嫌といったふうなマーシャに別れを言い、とっととその家を出た。
園芸の本を写しながらグラントは考えていた。
疲れて思考が停止しそうだったからといって、よくそんな話受けたものだ。
ただの魔法使いが、戦帰りの中隊と戦える者をそろえる。可能か?
あちらの軍人たちはこちらの軍人で対応すればいいが。
グラントの知り合いは商人が中心だ。
商人の他は、友達ですとあまり堂々とは言えない人。
「マーシャ」
ケリーの母のことが浮かんだ。
昼休みに孤児院へ行ってみることにする。パンと野菜を買って。
「師匠、ケリー、こんにちは」
市場の荷物を持っていくと、常時10人ほどいる子供たちが群がった。
みんなに少しずつ分けてキッチンに持って行ってもらう。
18歳まではここに住んでいいことになっている。
今の最年長は15歳のケリーだ。
ケリーの母マーシャはここにいる間に娘を産んだ。
夕飯用のパンを棚に隠してからケリーがそばにきた。
男性のような服装をして、肩に短いケープを羽織っている。
顔がマーシャにそっくりで、グラントはいつも驚くのだ。
「先生、何もないのに来るの珍しいですね」
「用事ができてね。マーシャに会いに行こうと思ったんだ」
母の名前が出ると、ケリーの表情は曇る。
「また犯罪?」
マーシャは現在、シュトラールの犯罪組織の3大勢力の一角だった。
娘が生まれてからファミリーを持つようになったのである。
それはきっと、ケリーを守るためだった。
「違うよ。マーシャが最近した悪いことなんて、わたしは知らない」
グラントは笑う。
「頼み事があって行くんだよ」
ケリーを育てたのはエリカだ。そして、グラント。
「母が悪いことした証拠を掴んだら、逮捕しちゃってください。
もうやめられなくなってやってる感じがしますもん」
口を尖らせる娘に「そうする」と言ってやる。
マーシャは本当に、ここ数年は罪を犯していない。直接は。
どうやってファミリーを養っているのか知っているのに、グラントは何もできないでいた。
ここで一緒に育ったマーシャのことが好きだった。
孤児院からも修道院からも近い場所に、貧民街とは思えない一軒家がある。小さいが。
壁が崩れた集合住宅だらけの周囲からは浮いたような印象だ。
「あら、珍しい」
執務室に顔を覗かせると、肘掛け付き椅子に座っていた女性が笑いかけた。
髪を束ねている。着ているワンピースはうっかりすると貴族の家にありそうなくらい品が良かった。
よくそんなものをつけていて首を刎ね飛ばされないな、というくらいの大きな宝石のついたネックレスをつけている。
グラントはそんな彼女の向かいに行って、頑丈なテーブルに腰掛けた。
「久しぶり、マーシャ」
家の至る所にいる人相の悪い人間たちのことは気にしない。
グラントは家の主に挨拶した。最近娘に会ったかとか、孤児院への寄付のお礼とか、そんなことを話す。
「今日来たのは、頼み事があってね」
グラントがそう申し出ると、マーシャは占い師みたいな顔になった。
知っているが、言ってごらん、といったような。
「人足を借りたい。二日ほど。冬の終わりに」
「なぜうちの人出がいるのかな?」
マーシャが楽しそうに聞くから、話した。
グラントが初めてするケンカのことを教えた。
セリッサヒルに住み着いた流れ者の集団を倒しに行く。
彼女はお姉さんみたいに聞いてくれて、その結果は。
「いや」
「なんで?」
「なんででも」
「報酬次第では?」
「グラントに貸すってのが嫌なの」
笑うマーシャの顔は優しげ。だけど決してグラントのことは思っていない。それは知っていた。
「私のじゃなくて、グラントが自分で傘下におさめてからできる人間を持って行ったらいいの」
果たして、彼女が提示したのはグラントが最も嫌がりそうな方法である。
そばに立っていた人間に言って、誰かを呼びに行かせた。
「あとふた月もないよ? 雪解けまでにこの街で兵を募るの?
三人の誰かに恨みを買って殺されてしまう」
シュトラールの縄張り争いは、主に三人の間で行われている。
最大勢力のボロ、次席がフィン、そしてマーシャ。
マーシャは一番の新参者だ。平民との境目に近い、孤児院と修道院を縄張りに入れている。
一方最古参のボロは、一番奥、城壁側が縄張りで、完全自治をしているので入ったことがなかった。
姿も知らない。
「死ぬかもしれない戦いに出るんでしょ?
その前に練習していったらいいじゃない。実地訓練」
「実地……」
茶化した言い方がイラつかせた。
「でも、どうしたらいい? いきなり乗り込んで決闘すればいいって話じゃないだろ?
わたしはマーシャ以外の一家の長を見たことがない」
「グラントはケンカが嫌いな子だものね」
その言い方には毒がある。
幼い頃から、グラントを守ってきたマーシャは、目の前の青年が一度も一緒に戦おうとしなかったことを覚えていた。
「今でも嫌い」
「そうね。そんなグラントにね、いい手を教えてあげる」
マーシャはにこにこと笑う。
「犯罪の証拠を警吏に差し出して、ボロを逮捕してもらうの」
とんでもないことをさらりと言った。
「……は?」
背筋が寒くなる。そんな簡単な話なら、ボロはとっくに牢獄にいた。
「私は証拠を匿っている。あんたにそれを売ってあげる。グラント。弟優待で後払いでいいから」
聞いてしまったら、断れない話である。断ったらグラントだって殺されかねない。
万にひとつ、ボロの縄張りまで逃げて情報を売る? でもその場合は確実にボロに殺される。
「はぁ……」
嫌な顔をして、グラントはマーシャを見下ろした。
この人は、グラントに引けない条件を握らせた。きっと全財産を巻き上げられる。
「いくらなの?」
果たして、彼女が示したのは、ちょっと環境のいい場所に店が買えるくらいの金額。
「指定は?」
「私の言う店で宝石を買ってちょうだい。話はしておくから。
そろそろ新しいのが欲しかったの。ありがとう、グラント」
ただきれいな石をねだった話にしようとしている。
どっぷり疲れた目になったグラントのそばに、マーシャより少し年上くらいの男性が連れてこられた。
「その人は、家令をやってた人なの。会計に強いのよ。仲良くして」
「……どうぞよろしく」
グラントは、その家令の目を覗き込んだ。
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