ただの魔法使いです

端木 子恭

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雪に閉ざされて

親切を贈りあっただけで

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 なんでこちらが切れてしまったかな。

 ちゃんと睡眠をとってみたら、一気に反省した。
 やる面倒よりやらない面倒の方がまさった。

 コーマックの下で領地内の民兵を率いたことはある。
 それは普段からじじいに訓練された兵士たちだ。
 隊長が誰であろうといい働きをしただろう。


 朝、ホールでみんな揃って食事をした。
 レイとシェリーが向かいで、3つ離れた席にグラントとウーシー。グラントの膝にはアリア。

 
 シェリーの顔を見たら、グラントは断る言葉を引っ込めてしまった。
 彼女が望んでいる。
 自分の状況はさておいて、グラントを認めてもらいたいと。

「アリア、君はシェリーに何を話した?」

 どんぐりの葉の帽子をつついて聞いた。

「何でもです」

 アリアはさっぱりと答える。

「シェリーがグラントのことを聞くので、全て教えました。
 ぜーーーーんぶです」

 引っ込めようかな、と真面目に考えた。

「アリアは読み聞かせ上手だもんね。
 グラントの物語も聞かせたの」

 ウーシーがくすくす笑う。本の精霊は大きく首を縦に振った。

「たいへん興味深そうでしたよ」
「……この上ない退屈な話だったと思うけど」



 シェリーには食事を介助してくれる人がついている。
 ここは伯爵家の中でも裕福な家なのだ。

 レイの隣にはケイレブという、同じ騎士団の友達がいる。
 きっとグラントが危険人物だった場合に備えてた。

 戦時ともなれば常に召集される騎士団とあって、ケイレブも体格がいい。
 レイと違って不機嫌じゃない。いい人そうだ。

 コーマックはどんな指導をするのかとか、ウーシーの最近の発明は何だとか、楽しく会話した。
 
「シェリーに魔法を授けたのがグラントなんだって?
 すごいな。そんな魔法は聞いたことがなかった」

 大きな声で話しかけてくる。

「私の魔法ではなく、この杖に宿る精霊です。
 私はエニが出てきている間、魔力で支えるだけ」

 グラントが説明するのを興味深そうに頷いていた。

「最初、レイがシェリーに気がついたんだ。
 さる伯爵家のお茶会で。紛れ込んでいたウサギを抱いて帰ると言い出してな。
 皆驚いていた」
「ユーリー卿は、精霊や人外のものが見える方ですね」
「そう。そうなんだよ。呪われた武器とか教えてもらってる。
 そのレイが言うんだ。このウサギは人だって」
「シェリーに備わったのは獣化の魔法ですか」

 エニは難しい魔法を授けたものだ。

「親切な方に出会ってよかった」
「そうだよな。もし俺が先に見つけていたら食料として持って帰るところだった」

 確かに。その危険が高い。

「グラントは遭難しそうなところをシェリーに助けられたんだって?」
「はい。コーマックのせいで死にかけました」

 じじい。

 ケイレブは笑っている。

「グラントは無害そうだから、シェリーも家に入れたんだろう?
 グラントの精霊が愛おしいと話していた。たくさん彼女を助けたらしいな」
「親切に親切を返しただけです」

 精霊たちはもはやシェリーの味方だ。

「セリッサヒルには俺も行く。敵は三十人ほどだそうだな」

 これはレイに確認している。この隙にグラントとウーシーは残りのパンを口に入れた。
 軍人からはなるべく離れておきたいグラントと、早く帰って装具を作りたいウーシー。

「騎士として訓練を受けた者が四割。半数が平民で、全体の三割は現在傷病者です。
 捕虜もいます。中隊がそのまま逃げてきたような印象を受けました。隊長は一人」

 グラントの呟きに、レイとケイレブは言葉を止めた。

「なぜ詳しい」

 険しい声はレイだ。

「オーク」

 面倒になって、グラントは床の上に小人を呼び出した。

「我々が屋敷に忍び込んで見て参りました」

 10人並んだ騎士に、ケイレブは笑う。
 シェリーが手探りでそれを探した。オークは次々にシェリーの手を伝って登る。

「お久しぶりです、シェリー」
「無事で何よりです」
「戦いには我々も参加いたします」
「敵軍を退けたら、また我々が屋敷を整えますよ」

 膝の上でわあわあと言って賑やかだ。

「戻って」

 グラントが命じると精霊は消えた。

「おお、本当に愛らしいな。なあ?」

 ケイレブは最後レイに投げかける。
 レイが答えないでいると、変な顔をしたシェリーが言った。

「グラントとレイはお友達になりましたよね? なぜグラントはユーリー卿と呼ぶの?」

 親しくないからです。とは言いづらい。

「レイの声はグラントに厳しいです」

 生き方が受け入れ難いからです。とは言えない。

「グラントはレイと呼べますか? レイはもっと優しい口調でグラントに話せますか?」

 はい、という二つの声を聞いて、シェリーは安心した顔になった。

 シェリーが図書室に行くと言うタイミングで、グラントとウーシーも館を辞した。

 館を出る時に執事長づてに、犯罪者を捕まえた褒賞を渡される。
 確認したら、今までの貯金と合わせて店が買えそうだった。
 税金ってこんなところに使われているんだ。

「楽しかったなあ」

 ウーシーはにこにこしている。
 
 よかった。友達は厚遇を受けたようで。


 
 また冷え切った家に帰って暖炉に火を入れた時気づいた。
 セーターを返してもらっていない。
 レイの館は隅々まで暖かくて、全く体が冷えなかった。
 貴族とはそういうものなのか。

 少しの間、愕然とした。
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