ただの魔法使いです

端木 子恭

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雪に閉ざされて

ブラザー

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 コーマックの領地ほどではないものの、ここだって日暮れが早い。
 門番が大門を閉める直前にグラントは辿り着いた。

 危ない。
 もうちょっと遅れたら事情を細かく聞かれて夜中になるところだった。

 三日続いた嵐のせいで峠道が埋まっていた。
 グラントは丘の上から馬車が一台ようやく通れるほどの幅を切り開きながら来たのだ。
 へとへとである。
 自分の背丈よりも高い雪の塊を押しのけ続けるのは体力と根気がいる。

「グラントー。生きてたよ」

 門のところで人待ち顔をしていた修道士が駆け寄った。
 パッサパサの茶色い髪を毛糸の帽子で隠している。
 グラントより頭ひとつ分小さい。
 グラントはそちらに小さく笑いかける。

「ウーシー」

 待っている間暇だからと色々持ってきていたのだろう。
 物のはみ出した大きなカバンを肩から下げていた。
 もしかして三日ずっとここで待ってた?まさか。

「先生、明日には捜しに出ようとしてたんですよ」

 修道士と共に待っていた少女が言った。
 魔法使いの杖を持っている。
 まだ子どもっぽいその顔は、捜しに出てみたかったと、冒険心に溢れた表情をしていた。

「ありがとう。助けに来ようとしてくれてたんだ、ケリー」

 彼女は可愛らしく肩をすくめて笑った。
 グラントの弟子だ。最近ジェロディから引き継いだ。
 もう年だから、ばりばりした指導ができないとか言って。

 グラントはケリーがお腹にいる時から知っている。
 母親とは同じ孤児院ところで育った。

 修道士のウーシーも親はない。
 修道院で産み落とされた後、そこに置いていかれたんだそうだ。

 三人とも、都の端、川が城壁を出ていくその場所にあるシュトラール地区で育ったのである。
 そこはおよそ五百人の人間たちが暮らす貧民街だった。
 
 ケリーをミールズに送り届けて、ジェロディに仕事完了の報告をする。
 嵐のせいで謝礼を積んだ馬車が到着していない。
 報酬は後日ということだった。

 もう宵闇で、街路に雪こそないが気温は氷点下だ。
 なのに無事を確かめて用が済んだはずの親友はまだグラントについてくる。

「どうした? またなんかやった? ウーシー」

 ウーシーはちょっと変わった趣味を持っていた。
 それが元でよく他の修道士と喧嘩になる。
 共同生活を送っているのにまるで協調ということをしない。
 いつも興味の赴くままに生きていた。

 果たして、この人はばつの悪そうな笑みを浮かべる。

「市場でさぁ、南の方でしか採れないっていう薬草を売ってたわけ。
 俺はちょっとだけ分けてもらえたんだ。
 それで蒸留してたら、吸い込んだ仲間が倒れちゃって……」

 ウーシーの修道院は、20人ほどが一部屋で雑魚寝している。
 そこで正体の分からないものを揮発させたということか。
 グラントは指一本分顎が落ちた。ウーシーは続ける。

「すごい怒られてて、今。帰れない」

 これが、ふたつ年上の修道士のやること。

「わたしが心配だったんじゃなく、わたしの部屋を狙ってたんだな」

 門で待っていてくれたと思った時にはうっかり嬉しかった。
 返せ。あのあったかい気持ち。

「たまたまそういう時期とグラントの帰りが遅いのとが重なっただけだって。
 心配してたよ。嵐の中どうしてんだろうって、ずっと心配してた。
 だからしばらく泊めてくれ」
「頼み方が嫌」

 むくれてみたが、話したいことがあるのも事実だった。
 自分の持ち込みたいものは自分で調達するよう言いつける。
 ウーシーは買い物のためにいったん別れた。

 不在にしていたので凍りついているであろう自分の家を思い、グラントは嘆息する。
 薪を手に入れるために街区を歩いた。


 ウーシーとはグラントが12歳の頃から仲良くなった。
 それまでは顔を知っている程度で、一緒に話すことはなかったと思う。

 その当時孤児院にやってきた人がきっかけだった。
 ジェロディと同年代のその人は、エリカといった。
 力強い女性で、燃えるような赤毛がよく似合っていた。
 その人といるうちに、友達になってしまった。あの奇人と。

 夜間もやっている割高な店で、つい腸詰を一本買う。
 シェリーのことを思った。
 彼女の屋敷には今、肉も届けられただろうか。果物も。砂糖も。

 貴族の家の子女に相応しい生活を提供されているだろうか。

 乱雑に片付けられた市場を通ると、自宅が見えてきた。
 広場に並ぶ隔壁2階建ての建物。
 みんな1階が店で、2階が自宅。
 風呂も厠も裏手にある共同のものを使う。

 グラントはいつかこの賃貸物件を出たい。
 もう少し綺麗な街区に、自分の店を買って暮らすのが夢だ。
 今やっている本のレンタル業ではなくて、本屋をしたい。



 それだけでいい。




 家の暖炉に火が入って、ようやく床が温まり始めた頃、ウーシーが来た。
 ワインの瓶を3つも持って。
 何日いるつもりだと確かめたら、今夜の分しか買ってないという。
 グラントの腸詰を半分やったら一本と交換してくれた。
 ウーシーの中の物の価値がよく分からない。

 ウーシーには、秘密にすると約束させてから話した。
 シェリーという人と友達になったこと。
 三日間世話になった、知らない丘のことを。
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