ただの魔法使いです

端木 子恭

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雪に閉ざされて

セリッサヒルの令嬢

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 翌朝、すぐ出ていく人間にはなれないらしいと悟った。

 風の吹き荒ぶ音は酷くなる一方で、雪もかなり積もったらしい。
 窓の板扉が外から圧されて軋みをあげていた。

 体は冷えたままである。
 暖炉の薪も、ストーブの石炭も尽きかけていた。
 勝手に探して足していいか? と迷っているところへ歩行器の音が聞こえる。

「ルースさん、いらっしゃいますか?」

 着替えを済ませたシェリーがホールに顔を出した。
 暖かそうな生地のワンピースに分厚いニットを羽織っている。
 目が見えないはずなのにきれいに整えられていた。

 グラントの気配を察知するとホッとしたような顔になる。
 挨拶の後、ゆっくり歩行器を繰り出した。

「よかった。無理をして出発されたんじゃないかと心配していました。
 昨日より酷い吹雪になっているでしょう?」

 グラントは暖炉にひっついている。
 彼女はその前を通り過ぎた。キッチンへ入っていく。

ご主人ミストレス、何をされるんですか?」

 まさか、この家には本当に使用人が一人もいない?
 けれど屋敷からは貧しさなんて少しも感じないのだ。どういうことなのか。

「わたくしは貴族でも平民でもありません。昨晩申し上げた通りですよ」

 シェリーは野菜の袋から根菜をいくつか取り出しながら言う。

「ただのシェリーです。
 だから、お世話をしてくださる人たちが来られない時には自分で自分のことをするのです」

 目が見えないのに彼女はきちんと野菜を刻んだ。
 ゆっくりとした動作だが、ちゃんと鍋を見つけて水瓶の水を入れる。
 スープが出来上がるのをグラントは見ていた。
 魔法を見ているような気分で。

「ルースさんもどうぞ」

 シェリーはキッチンのカウンターに置いたスープの椀を指す。
 歩行器を使っていては運べないのだ。

「シェリーは席へついてください。スープを運びます。
 それと、わたしのことはグラントと呼んで」

 グラントの言葉にシェリーは笑みを見せる。
 ストーブに近い席に座った。

「フットマン、朝食を作って」

 精霊を呼び出して命じると、シェリーは驚いてキッチンの方を見る。

「あなたは魔法使い?」
「そうです」

 グラントはストーブの上に丸パンを置いた。
 皿を取ってきて彼女の分も分ける。

「避難させてもらったお礼と、
 ……今日もできれば、ここにいさせてほしいので、賄賂? みたいな……」

 後半は急にはっきりしなくなった。

「遠慮なさらないでください。……グラント。
 ここはまだ都まで遠いでしょう? 吹雪が止んでから出発してください」

 精霊たちはキッチンを探して何かを作り始める。
 シェリーから2席離れた位置でパンとスープをいただいた。
 フットマンは焼いた野菜を2人分配膳する。

 彼女の歩行器に本を入れた袋がぶら下がっていた。
 グラントはそれを借りる。

「失礼ですが。シェリーは目が見えていないようだと思っていました。
 本が読める程度には見えるのですか?」

 装丁のきれいな本だ。

「明暗くらいしか分かりません。
 この家には日中少しだけお世話してくれる人が来るのです。
 その時に読んでもらおうと持ち歩いています」
「今日は来ない?」
「そうですね」

 シェリーはゆっくりと食べる。
 もしかしたら平素よりその通いの使用人が来ないことがあるのだ。
 だから自分のことを自分でする習慣がついている。

「わたしも本が好きです。許されるなら一日中読んでいたいくらい」

 グラントはテーブルの上に本を置いた。

「アリア」

 どんぐりの葉でできた帽子をかぶった女の子が現れた。
 テーブルの上に長座して本を手に取る。

「最初から読んでくれない?」

 誰かの旅行記だった。
 暖かい内陸の大都市から、船で川を下って、海に出る。
 すらすらと澱みない精霊の読み聞かせに、シェリーは動きを止めて聞き入った。

 朝食を食べ終えたグラントがふと見ると、彼女はまだアリアの話に夢中だった。
 あまつさえ涙を浮かべている。
 ただの旅行記だ。感動する箇所はほぼない。

「そんなに好きです? これ」

 不思議そうな声色に、シェリーは顔を赤くした。

「美しい読み方だと思って」

 照れたように笑う。

「マークさんもオリビアさんも、読み書きが苦手です。
 よく止まるし、分からない言葉は飛ばすし、面倒になるとやめてしまう。
 こんなに上手に読んでもらえることが嬉しくて」

 褒めてもらえた精霊は気分よく読み進めた。
 暇つぶしにと思っていたのだが、結局1冊読み終わるまで聞いてしまう。

 自分の朗読によって泣くほど感動する人間がいた。
 アリアはそのことに大変満足して消える。

「今日は家のことをお手伝いいたしますよ。
 まず燃料を足しましょうか。シェリー、屋敷の中は把握していますか?」

 皿をフットマンに託してグラントが聞いた。
 食料の確認と、おやつの用意も言いつける。

 オークを呼び出してシェリーに挨拶させた。
 1階にある倉庫の調査に出す。

 シェリーは歩行器を使ってゆっくりと廊下を歩いた。
 廊下のランプの油もところどころ切れている。
 仕事量は多いだろうに、この屋敷には通いの使用人が2人だけとは信じがたかった。


 燃料を足し終えてから、シェリーは図書室に案内してくれた。
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