ただの魔法使いです

端木 子恭

文字の大きさ
上 下
3 / 175
雪に閉ざされて

へんくつじいさん

しおりを挟む
 コーマックの領地は、冬の間、夜が長い。
 昼前にやっと日が昇り、5時間後には沈む。
 夜明け前に起こされたグラントは元気な老人を引き連れて館の前庭を歩いていた。


 逃げた家畜とは

「ヒッポグリフ」

 何飼ってんだじじい、と口の端からこぼれ出る。

「魔獣は飼うもんじゃないんじゃない?」
「せっかく子どものやつを捕まえたんだ。トナカイと繁殖可能か試したい」
「飛べる馬なんて飼ったらそりゃ逃げ出すだろ」
「懐いていた。きっと逃げたんじゃない。
 遊びに出かけて帰って来られなくなったのだ」
「逃げた奥様を探す人みたいなこと言ってる」

 はは、と薄く笑った。
 前半身がワシで後ろ半身が馬の動物を、体当たりで突破可能なトナカイ舎で飼育していたという。
 完全にコーマックの落ち度ではないか。

「お前は今日中に帰ってもらう」

 ムッとした老人はそう言い放った。
 その偏屈そうな顔を、グラントもむっつりと見返す。
 魔法使いの杖を握り直すと騎士の精霊を呼んだ。

「オーク。ヒッポグリフの子を探してくれ。森で迷っているらしい」

 小人の騎士たちが10人現れる。グラントに一礼すると駆け出していった。
 その先には白樺の森が広がっている。

「じじいは館で待っていていいよ。傷が痛む」
「そうだな」

 コーマックは伸びをして東の空を見た。

「グラントはそろそろ店を買うのか」
「そうだね。……気に入った場所に空きがあればね」

 コーマックの問いに答えるグラントの声はややはっきりしない。
 夢を叶えることをためらっているかのようだ。

ノルトエーデここなら、土地はいくらでも余っている」
「荒地に客来ないだろ」
「お前が思うより湯治客は多い」
「やだ。辺境領なんて、じじいにがっつり戦わされる」

 最北の防衛線を、コーマックは長いこと守っている。
 妻も庶子もない彼は、後継をずっと探していた。
 
 グラントがもうちょっとこうだったら、ああだったら、すぐにでも継がせて引退するって。

 ジェロディがよく言う。
 最高に迷惑だ。

「じじいは顔だけで防衛はれるんだから。
 わたしなんていらないだろ」

 コーマックは杖で小突く仕草をした。
 そして、やはり背中が痛んだのか小さく呻く。

 グラントはそばにいた使用人に連れ帰るよう頼んだ。

 コーマックの現役時代とは今から20年ほど前。
 その頃はシュッツフォルトも侵略したりされたりと戦が続いていたそうだ。
 そんな時代を生きた老将は、体のどこかが取り返しのつかないことになっている。

 コーマックを見送ってから、グラントも森の中を窺う。
 下草のない整備された森で、歩きやすかった。
 中に分け入っていく。

 女中長に持たせてもらったパンをかじりながら探していると、ひとりの精霊が戻ってきた。
 あちらです、ときりっと報告してくれる。

 褒美にパンを一切れ分けた。



 子ども、と言ったがすでにグラントの背丈を超えている。
 そんな生き物が、地面の割れ目に挟まっていた。

 助けにきた者へ一丁前に威嚇してくる。
 ぴよぴよ言うくせにその足捌きは捕食者。
 立ち向かう小人たちが必死に避けていた。 

 自然に湧き出た温泉の近くだったので凍えずに済んだらしい。

「ぴよじゃないんだよ」

 呆れと共にグラントはつぶやいた。
 魔法で引き上げて出してやる。
 元気いっぱいに暴れる魔物を引いて帰ったら昼を過ぎていた。

 「じゃあな」と言って、いそいそとトナカイ舎へ連れていく、辺境伯マルクグラーフ

「本気で帰れっていうのか」

 グラントが唖然と言った。

「当たり前だ」

 もうグラントに構ってはいられない。
 そう言わんばかりにコーマックは背中から言う。
 ヒッポグリフの子の体調をいち早く確認したいのだ。

「まだ真昼だ。走れば日暮れに間に合う」
「どこに間に合うんだよ。トナカイを貸してくれ」
「お前は魔法使いだろう。なんとかしろ」

 目をかけていると周知されている青年。
 小なり。
 いま夢中になっている魔獣。

 じじいの中の順位がよくわかった。

 ぴよぴよ鳴く図体のでかい魔物が、じじいの中で最高位。

「私が若い頃は」
「ああ、分かった。分かったから」

 さくりと言を切り落とす。
 はらはら顔の女中長から大量の丸パンを受け取った。
 お礼を言うと、彼女は気遣うように声をかける。

「怒らないでくださいね、グラント。
 旦那さまはこれから天候が荒れるからあなたを早く帰したいのです。
 トナカイを貸すと甘くなったとジェロディあたりに笑われるからって」
「分かってます。本当に」

 いつも何だかんだと言っては徒歩で帰らされる。

 女中長に挨拶してからグラントは南の方角へ足を向けた。
 前々から思っているのだが。
 コーマックはその気のないグラントに軍人教育をしている気がする。

 6歳の時戦争孤児としてジェロディの孤児院に来た。
 すぐにコーマックに引き合わせてもらったが、その時から厳しい。

 ジェロディに言わせれば、期待されている。
 コーマックは期待していなければ鍛えない。

 本当に迷惑だ。

 日暮れが近づいてきた頃、いよいよ雪が積もった地域に入った。

「ほら見ろ、じじい。間に合わない」

 うっそりと空に毒づく。
 こうなると魔法で身を守りながら進むほかない。
 コーマックのしたかったことはそれだ。

 シュッツフォルトは近年、戦争をしていない。
 軍に入りさえしなかったグラントを鍛えるには時々こうして歩かせるのがいい。
 じじいはきっとそう考えている。

 杖の頭を雪の塊に向けた。
 この杖は祖父から受け継いだもので、頭には金の台座に嵌め込まれた黒い石がついている。
 少し振ると雪が肩幅分押しのけられた。

「重たい」

 しかし、民家のあるところまで急がなければならない。
 雪の匂いが空からしていた。降ってくる。

 グラントはぐいぐい押しながら積もった雪の中へ入っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...