3 / 97
雪に閉ざされて
へんくつじいさん
しおりを挟む
コーマックの領地は、冬の間、夜が長い。
昼前にやっと日が昇り、5時間後には沈む。
夜明け前に起こされたグラントは元気な老人を引き連れて館の前庭を歩いていた。
逃げた家畜とは
「ヒッポグリフ」
何飼ってんだじじい、と口の端からこぼれ出る。
「魔獣は飼うもんじゃないんじゃない?」
「せっかく子どものやつを捕まえたんだ。トナカイと繁殖可能か試したい」
「飛べる馬なんて飼ったらそりゃ逃げ出すだろ」
「懐いていた。きっと逃げたんじゃない。
遊びに出かけて帰って来られなくなったのだ」
「逃げた奥様を探す人みたいなこと言ってる」
はは、と薄く笑った。
前半身がワシで後ろ半身が馬の動物を、体当たりで突破可能なトナカイ舎で飼育していたという。
完全にコーマックの落ち度ではないか。
「お前は今日中に帰ってもらう」
ムッとした老人はそう言い放った。
その偏屈そうな顔を、グラントもむっつりと見返す。
魔法使いの杖を握り直すと騎士の精霊を呼んだ。
「オーク。ヒッポグリフの子を探してくれ。森で迷っているらしい」
小人の騎士たちが10人現れる。グラントに一礼すると駆け出していった。
その先には白樺の森が広がっている。
「じじいは館で待っていていいよ。傷が痛む」
「そうだな」
コーマックは伸びをして東の空を見た。
「グラントはそろそろ店を買うのか」
「そうだね。……気に入った場所に空きがあればね」
コーマックの問いに答えるグラントの声はややはっきりしない。
夢を叶えることをためらっているかのようだ。
「ノルトエーデなら、土地はいくらでも余っている」
「荒地に客来ないだろ」
「お前が思うより湯治客は多い」
「やだ。辺境領なんて、じじいにがっつり戦わされる」
最北の防衛線を、コーマックは長いこと守っている。
妻も庶子もない彼は、後継をずっと探していた。
グラントがもうちょっとこうだったら、ああだったら、すぐにでも継がせて引退するって。
ジェロディがよく言う。
最高に迷惑だ。
「じじいは顔だけで防衛はれるんだから。
わたしなんていらないだろ」
コーマックは杖で小突く仕草をした。
そして、やはり背中が痛んだのか小さく呻く。
グラントはそばにいた使用人に連れ帰るよう頼んだ。
コーマックの現役時代とは今から20年ほど前。
その頃はシュッツフォルトも侵略したりされたりと戦が続いていたそうだ。
そんな時代を生きた老将は、体のどこかが取り返しのつかないことになっている。
コーマックを見送ってから、グラントも森の中を窺う。
下草のない整備された森で、歩きやすかった。
中に分け入っていく。
女中長に持たせてもらったパンをかじりながら探していると、ひとりの精霊が戻ってきた。
あちらです、ときりっと報告してくれる。
褒美にパンを一切れ分けた。
子ども、と言ったがすでにグラントの背丈を超えている。
そんな生き物が、地面の割れ目に挟まっていた。
助けにきた者へ一丁前に威嚇してくる。
ぴよぴよ言うくせにその足捌きは捕食者。
立ち向かう小人たちが必死に避けていた。
自然に湧き出た温泉の近くだったので凍えずに済んだらしい。
「ぴよじゃないんだよ」
呆れと共にグラントはつぶやいた。
魔法で引き上げて出してやる。
元気いっぱいに暴れる魔物を引いて帰ったら昼を過ぎていた。
「じゃあな」と言って、いそいそとトナカイ舎へ連れていく、辺境伯。
「本気で帰れっていうのか」
グラントが唖然と言った。
「当たり前だ」
もうグラントに構ってはいられない。
そう言わんばかりにコーマックは背中から言う。
ヒッポグリフの子の体調をいち早く確認したいのだ。
「まだ真昼だ。走れば日暮れに間に合う」
「どこに間に合うんだよ。トナカイを貸してくれ」
「お前は魔法使いだろう。なんとかしろ」
目をかけていると周知されている青年。
小なり。
いま夢中になっている魔獣。
じじいの中の順位がよくわかった。
ぴよぴよ鳴く図体のでかい魔物が、じじいの中で最高位。
「私が若い頃は」
「ああ、分かった。分かったから」
さくりと言を切り落とす。
はらはら顔の女中長から大量の丸パンを受け取った。
お礼を言うと、彼女は気遣うように声をかける。
「怒らないでくださいね、グラント。
旦那さまはこれから天候が荒れるからあなたを早く帰したいのです。
トナカイを貸すと甘くなったとジェロディあたりに笑われるからって」
「分かってます。本当に」
いつも何だかんだと言っては徒歩で帰らされる。
女中長に挨拶してからグラントは南の方角へ足を向けた。
前々から思っているのだが。
コーマックはその気のないグラントに軍人教育をしている気がする。
6歳の時戦争孤児としてジェロディの孤児院に来た。
すぐにコーマックに引き合わせてもらったが、その時から厳しい。
ジェロディに言わせれば、期待されている。
コーマックは期待していなければ鍛えない。
本当に迷惑だ。
日暮れが近づいてきた頃、いよいよ雪が積もった地域に入った。
「ほら見ろ、じじい。間に合わない」
うっそりと空に毒づく。
こうなると魔法で身を守りながら進むほかない。
コーマックのしたかったことはそれだ。
シュッツフォルトは近年、戦争をしていない。
軍に入りさえしなかったグラントを鍛えるには時々こうして歩かせるのがいい。
じじいはきっとそう考えている。
杖の頭を雪の塊に向けた。
この杖は祖父から受け継いだもので、頭には金の台座に嵌め込まれた黒い石がついている。
少し振ると雪が肩幅分押しのけられた。
「重たい」
しかし、民家のあるところまで急がなければならない。
雪の匂いが空からしていた。降ってくる。
グラントはぐいぐい押しながら積もった雪の中へ入っていった。
昼前にやっと日が昇り、5時間後には沈む。
夜明け前に起こされたグラントは元気な老人を引き連れて館の前庭を歩いていた。
逃げた家畜とは
「ヒッポグリフ」
何飼ってんだじじい、と口の端からこぼれ出る。
「魔獣は飼うもんじゃないんじゃない?」
「せっかく子どものやつを捕まえたんだ。トナカイと繁殖可能か試したい」
「飛べる馬なんて飼ったらそりゃ逃げ出すだろ」
「懐いていた。きっと逃げたんじゃない。
遊びに出かけて帰って来られなくなったのだ」
「逃げた奥様を探す人みたいなこと言ってる」
はは、と薄く笑った。
前半身がワシで後ろ半身が馬の動物を、体当たりで突破可能なトナカイ舎で飼育していたという。
完全にコーマックの落ち度ではないか。
「お前は今日中に帰ってもらう」
ムッとした老人はそう言い放った。
その偏屈そうな顔を、グラントもむっつりと見返す。
魔法使いの杖を握り直すと騎士の精霊を呼んだ。
「オーク。ヒッポグリフの子を探してくれ。森で迷っているらしい」
小人の騎士たちが10人現れる。グラントに一礼すると駆け出していった。
その先には白樺の森が広がっている。
「じじいは館で待っていていいよ。傷が痛む」
「そうだな」
コーマックは伸びをして東の空を見た。
「グラントはそろそろ店を買うのか」
「そうだね。……気に入った場所に空きがあればね」
コーマックの問いに答えるグラントの声はややはっきりしない。
夢を叶えることをためらっているかのようだ。
「ノルトエーデなら、土地はいくらでも余っている」
「荒地に客来ないだろ」
「お前が思うより湯治客は多い」
「やだ。辺境領なんて、じじいにがっつり戦わされる」
最北の防衛線を、コーマックは長いこと守っている。
妻も庶子もない彼は、後継をずっと探していた。
グラントがもうちょっとこうだったら、ああだったら、すぐにでも継がせて引退するって。
ジェロディがよく言う。
最高に迷惑だ。
「じじいは顔だけで防衛はれるんだから。
わたしなんていらないだろ」
コーマックは杖で小突く仕草をした。
そして、やはり背中が痛んだのか小さく呻く。
グラントはそばにいた使用人に連れ帰るよう頼んだ。
コーマックの現役時代とは今から20年ほど前。
その頃はシュッツフォルトも侵略したりされたりと戦が続いていたそうだ。
そんな時代を生きた老将は、体のどこかが取り返しのつかないことになっている。
コーマックを見送ってから、グラントも森の中を窺う。
下草のない整備された森で、歩きやすかった。
中に分け入っていく。
女中長に持たせてもらったパンをかじりながら探していると、ひとりの精霊が戻ってきた。
あちらです、ときりっと報告してくれる。
褒美にパンを一切れ分けた。
子ども、と言ったがすでにグラントの背丈を超えている。
そんな生き物が、地面の割れ目に挟まっていた。
助けにきた者へ一丁前に威嚇してくる。
ぴよぴよ言うくせにその足捌きは捕食者。
立ち向かう小人たちが必死に避けていた。
自然に湧き出た温泉の近くだったので凍えずに済んだらしい。
「ぴよじゃないんだよ」
呆れと共にグラントはつぶやいた。
魔法で引き上げて出してやる。
元気いっぱいに暴れる魔物を引いて帰ったら昼を過ぎていた。
「じゃあな」と言って、いそいそとトナカイ舎へ連れていく、辺境伯。
「本気で帰れっていうのか」
グラントが唖然と言った。
「当たり前だ」
もうグラントに構ってはいられない。
そう言わんばかりにコーマックは背中から言う。
ヒッポグリフの子の体調をいち早く確認したいのだ。
「まだ真昼だ。走れば日暮れに間に合う」
「どこに間に合うんだよ。トナカイを貸してくれ」
「お前は魔法使いだろう。なんとかしろ」
目をかけていると周知されている青年。
小なり。
いま夢中になっている魔獣。
じじいの中の順位がよくわかった。
ぴよぴよ鳴く図体のでかい魔物が、じじいの中で最高位。
「私が若い頃は」
「ああ、分かった。分かったから」
さくりと言を切り落とす。
はらはら顔の女中長から大量の丸パンを受け取った。
お礼を言うと、彼女は気遣うように声をかける。
「怒らないでくださいね、グラント。
旦那さまはこれから天候が荒れるからあなたを早く帰したいのです。
トナカイを貸すと甘くなったとジェロディあたりに笑われるからって」
「分かってます。本当に」
いつも何だかんだと言っては徒歩で帰らされる。
女中長に挨拶してからグラントは南の方角へ足を向けた。
前々から思っているのだが。
コーマックはその気のないグラントに軍人教育をしている気がする。
6歳の時戦争孤児としてジェロディの孤児院に来た。
すぐにコーマックに引き合わせてもらったが、その時から厳しい。
ジェロディに言わせれば、期待されている。
コーマックは期待していなければ鍛えない。
本当に迷惑だ。
日暮れが近づいてきた頃、いよいよ雪が積もった地域に入った。
「ほら見ろ、じじい。間に合わない」
うっそりと空に毒づく。
こうなると魔法で身を守りながら進むほかない。
コーマックのしたかったことはそれだ。
シュッツフォルトは近年、戦争をしていない。
軍に入りさえしなかったグラントを鍛えるには時々こうして歩かせるのがいい。
じじいはきっとそう考えている。
杖の頭を雪の塊に向けた。
この杖は祖父から受け継いだもので、頭には金の台座に嵌め込まれた黒い石がついている。
少し振ると雪が肩幅分押しのけられた。
「重たい」
しかし、民家のあるところまで急がなければならない。
雪の匂いが空からしていた。降ってくる。
グラントはぐいぐい押しながら積もった雪の中へ入っていった。
10
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました
もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
初対面の婚約者に『ブス』と言われた令嬢です。
甘寧
恋愛
「お前は抱けるブスだな」
「はぁぁぁぁ!!??」
親の決めた婚約者と初めての顔合わせで第一声で言われた言葉。
そうですかそうですか、私は抱けるブスなんですね……
って!!こんな奴が婚約者なんて冗談じゃない!!
お父様!!こいつと結婚しろと言うならば私は家を出ます!!
え?結納金貰っちゃった?
それじゃあ、仕方ありません。あちらから婚約を破棄したいと言わせましょう。
※4時間ほどで書き上げたものなので、頭空っぽにして読んでください。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる