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雪に閉ざされて
よき隣人の行軍
しおりを挟む冬の終わり頃の、よく晴れた日だった。
あたり一面の雪野原。
昼下がりの陽光に反射して光る。
見晴らしのいい丘の上に大きなお屋敷が建っていた。
中には人間たちが大勢たむろしている。
兵士らしいもの。旅人らしいもの。
格好はそれぞれだったが、皆一様に疲れていた。
その屋敷の前の雪原に、突然線が描かれる。
みはりをしていた兵士が跳ね起きた。
線は瞬く間に広がって屋敷に向かってくる。
どどぉっという、雪崩のような音と同時に雪原が爆ぜた。
敵襲、という叫びが屋敷内に響く。
窓から見えるのは吹雪かと思うほどの雪煙だ。
ホールから大声が聞こえてくる。
石のついた長い杖を持った青年と、騎士の格好をした青年が兵士を打ち倒しながら屋敷を進んできた。
「みだりに切り伏せるのやめてほしい。事情があるかもしれないのに」
のんびりそう言ったのは、杖を持っている方。魔法使いである。
切り揃えたばかりの黒髪、漆黒の瞳。その表情はどこかうっそりとしている。
背は軍人たちと比べても遜色ないほど高い。
「事情は生き残った者から後で聞く。今は敵を倒す時だ」
鋭く言い放ったのは騎士の方。長い剣を携えている。
魔法使いの青年よりさらに大柄で、鎧の類は身につけていなかった。
そのため、生真面目そうな顔つきがはっきり分かる。
「グラントと私の隊は隊長の部隊をやる。
残りの者はホールを確保後、捕虜の確認を」
騎士の方が指示をした。
集団の半分ほどがホールに残る。
十人ほどいる敵と争っていた。
三階建ての屋敷に敵が分散している。
階段の上から二、三人の敵が下りてきた。
グラントが杖の先でとらえた者は、大きな手で掴まれたように動きを止める。
杖を振る動きに合わせて隣の兵士にぶつかった。
ひっ絡まるようにして階段を転げ落ちる。
「殺さなくていい、レイ」
剣の刃が閃くのを見て、グラントは制止した。
グラントの隊員が、持っていた棍棒で殴りつける。
おそらくこれが初戦であろう、拙い動きだった。
「剣はこの先で必要なんだ。手だれに使ってくれ」
レイ、と呼ばれた騎士は不満そうに口を歪める。
「切って捨てた方がはやい」
「折れたらどうすんの」
階段を数段上ったところでまた新たな敵と出会した。
魔法使いの杖を鼻先に突きつけられ、足が止まる。
杖の頭には、金の台座に嵌め込まれた黒い石がついていた。
ぐっと押し出すと敵の体は殴られたように飛んで踊り場を転がる。
階段上で廊下の奥を見た。二人いる。
手前にいてすでに剣を構えている者。そしてその奥。
うわあ。でかいー……。
グラントがレイを振り返る。行きたい? あれ。とその目が聞いていた。
「手前をわたしが。奥のあのでかいのはレイで」
「……手だれか?」
呆れたようにグラントを一瞥し、レイは奥に向かう。
グラントは杖を構え直し、その底で強く廊下を叩いた。
レイを見ていた手前の兵士から悲鳴が上がる。
彼は天井いっぱいに投げ上げられた。
壁に叩きつけられて弾かれ、落ちる。
まるでそこに何か大きな獣でもいるかのように。
グラントが隊員に捕獲するよう命じる。
さっきまでは、ピクニックみたいだったんだけどなぁ……。
のどかだった昼餉の様子を思い出した。
峠道の上に馬車が停まっている。
夜中から行軍していた隊は、やっと許された休憩に喜んでいた。
雪解けの道はぬかるんでいて重い。
集めてきた獣を焼いて腰を下ろすと、誰からともなく安堵のため息がもれた。
立派な騎士の格好をした者は10人いない。
半分は商人の服を着ていた。
隊長らしい青年に雇われたのだろうと思われる。
その中にあってもひときわ異質な集団があった。
短剣や、棍棒を携えた、見るからにみすぼらしいなりの人間たち。
なぜか馬車の一番近くにいる。
それがグラントの隊。
馬車には友達のシェリーがいて、閉じた窓越しに話が弾んでいた。
グラントが思いついたようにリュックから本を取り出す。
シェリーに渡そうと窓に手を伸ばした。
「開けるな」
騎士のひとりから厳しく言われた。
「狙われる危険を考えろ」
「……申し訳ございません、ユーリー卿」
のんびりとした動作で、魔法使いの青年は本をリュックに戻す。
「グラント、ありがとう。後で読むから」
馬車の中からかけられた声に、グラントはそっと笑った。
まだ春は先で、昼の日にとけた雪は地面を湿らせ、夜に凍り、またとける。
魔法使いのそばにいた修道士が、ちょいちょいと袖を引いた。
「ぎゆうぐんって、給料は出る仕事?」
言い慣れない言葉がたどたどしい。
「出ないよ。善意で参加するんだから」
「俺、金もらえるって言っちゃったよぅ」
「レイに小遣い程度はもらえるから」
「そっか。なら給金みたいなもんだ」
仲間に嘘をついたことにならなくて安心した。
ぱさぱさの茶色い髪を少し押さえてから、彼は自分のカバンを開けた。
「ウーシー」
グラントはもう自分の道具をいじり始めた友達を見やる。
グラントの隊員は、この中の誰よりも食欲が旺盛だ。
普段は商人をしている兵からヒいた目で見られている。
仕方がない。
食べられる時に食べなければいけない生活をしてきた者たちなのだ。
グラントたちの出身地区。
シュッツフォルト国のシュトラール地区といえば、貧民街という意味だ。
その貧民街から、馬車の婦人を救うための義勇兵を出した。
身分はまだ明かせないがセリッサヒルという丘に住んでいる。
彼女の屋敷は冬の半ば、流れ者に占拠されたというのだ。
レイ・ユーリー卿の保護を受け、都にて冬を過ごした彼女は今日、屋敷を奪い返しにいく。
「ユーリー卿、屋敷までの雪はね、始めます?」
獣が骨に近くなってきたところで聞いた。大将は首肯く。
雪国であるこの地方では、城壁の外には家ほど高く雪が積もるのだ。
春に向けて徐々にとけていき、雪の壁は現在背丈ほどになっている。
シェリーの屋敷は丘の上だ。
峠道から小道に入ってしばらく進む。
グラントは杖の頭を雪へ向けた。
何度か振ると大きな雪玉ができる。
それはごろごろと転がっていき、小道の雪をくっつけながら進んだ。
「うわー、でかい雪だるまが作れるな」
隣にきてはしゃいだ声を出したのはウーシー。
「ユーリー卿が許すと言ったらね」
ちらりと見ると、その顔は「遊ぶんじゃない」と言っている。
グラントとウーシーは顔を見合わせて「ちぇ」と呟いた。
大きくなりすぎた雪玉を木立に放り投げる。
グラントはまた杖を握った。
今度はまじめに雪を切り出しては木立にどけていく。
迷路のようにくねくねした道だった。
「ユーリー卿、この先の小川を越えたらあとは一面の丘です。
一気に雪をはね上げることもできますが、どうします?
作戦ありますか」
杖を振って雪を根こそぎ取り除きながらグラントが聞く。
「一面?」
レイ・ユーリーは小さく笑った。魔法使いに詳しく地形を確認する。
グラントは一度シェリーの屋敷に迷い込んだことがあった。
だからこの場所のことを知っている。
この婦人がどのように扱われていたのか知っている。
彼女は隠されていた。
存在自体をないものとして。
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