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ゲドウ
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その妖の名はゲドウだと伝わっている。
もし匣を破って出てくることがあれば守刀で打てと言われていた。
誉は幼いころにそっと刀を引き抜いてみたことがある。
錆びついていたので何かに使ったことはあるようだ。
結局その時は最後まで抜けずに戻したのである。
あんなので戦えるのかな。
ずっと心の端に引っかかっていた。
初めて研ぎ師に相談した時には研いでもらえなかった。
二度目にお願いしに行った時、実は高名な刀鍛冶の作であると分かった。
妖刀を作ったことで知られるその刀匠は、源平合戦の頃の人だった。
刀身に刃のない刀。
大人になってからも、こんなの72匹倒すまでもつのかと不安に思っていた。
今、勇与はそれを楽しそうに振るう。
「ははっ。本当に軽くなった」
飛びかかって来るイタチを打つと、妖は形を保てずに霧散した。
「初戦は装備不足だったからな。
これであいこだ」
仲間を攻撃されてゲドウは怒っている。
「誉さん、おれはちょっと自分の役目を果たしてくる」
信義の足元にいたイタチがいなくなると、勇与は杖をつきながら奥へ歩いて行った。
信義を殴らずにおいたのは誉のためである。
守刀の威力を目の当たりにして驚いているようだ。
「妖怪も本物なら刀も本物か」
「おまえが自分で言っていたね」
誉が深呼吸を一つする。
信義は懐から箱を取り出した。
札を確かめて床に置く。
それから家の奥へと退いて行った。
誉は構わずその札の上を通ろうとする。
バチバチと蜂の羽音のような音がした。
「わたしは普通の幽霊じゃないんだよ」
鬱陶しそうに誉は札をつまむ。
「匣に守られているからね」
びりびりと札を破り捨てると信義に目がけて踏み込んだ。
ためらわずにこぶしを頬にぶつけてやる。
小さな躯体が吹っ飛んだ。
誉さんは存外に強いんだな。
勇与の言葉に力をもらう。
札の入った箱を奪おうとすると、信義は素早く身を捩ってさらに奥へ走った。
廊下が大きな音を立てて軋む。
裏の戸から山の中へ入った。
誉は夜目がきいているようで藪の中を平気で進んでくる。
信義は箱を抱えてもたもたと進んだ。
幽霊なんだ。
自分でやっておきながら、信義はこの時初めて怪異に肝を冷やす。
下りに差しかかり、そこら中を転げた。
誉の気配はまだ追ってきている。
「おまえをいずれ戻そうと思っていたよ」
山の中をうろうろとしながら信義は叫んだ。
「その時は高泰のやったことも晒してやろうと…」
草に引っかかってまた転げる。
「手を下したのは信義さんの方だ」
顔の近くで誉の声がした。
「わたしの親を殺したのも、わたしを殺したのも、おまえの手だったね」
札を振り回した手は草の中に突っ込む。
札がぼろぼろに裂けた。
「俺は高泰の言いなりだ。俺には何の権力もない。
俺のうわさは聞いているだろう。
親もないから誰にもまともには扱ってもらえないんだ」
どこにいるか分からない誉に信義は訴える。
「おまえは首謀者だ。信義さん」
少し離れたところから話しているように、誉の声が反響した。
「誤って毒を食べたと見せかけたのも。
酒で意識を失わせようとしたのも。
悪行を知られて殺すと決めたのも」
誉の声は、笹薮のざわめきにも聞こえる。
と思えばはっきりと恨みのこめられた人の声にも聞こえた。
「少々不思議なものが見える程度で思い上がった。
高泰さんも思い上がったところがあったからね。
お二人は心底から親友だった」
生意気な口調に信義が目を見開く。
「親友なんかであるものか。
あいつはずっと、後ろ盾のない俺につけこんでやがった。
そろそろ貸しを回収する時だと思ってたのに。
誉、おまえはいつも邪魔をする」
月明かりに札を確かめた。
「あの時だって、下戸は大人しく一杯飲んでのびてりゃ済んだんだ」
悪態をつきながら一枚を取り出したとき、ふわりとその手を掴まれる。
「下戸とは、甘い言葉を使ってくれる」
誉の顔が眼前にあった。
「私はおまえに殺されたのだよ。
息ができず、動けなくなって死んだんだ」
凄絶な笑みを見せる。
その栗色の瞳には、怒りとも喜びともとれる光があった。
「言いなりだったものか。
おまえは高泰さんより早くわたしに手を下した」
誉はそう言いながら、信義の手から札と箱を奪い取る。
あっ、と後ずさった信義の体が消えた。
踏んだところに足場がなかったらしい。
大きな水の音が聞こえた。
誉の姿はもうそこになかった。
もし匣を破って出てくることがあれば守刀で打てと言われていた。
誉は幼いころにそっと刀を引き抜いてみたことがある。
錆びついていたので何かに使ったことはあるようだ。
結局その時は最後まで抜けずに戻したのである。
あんなので戦えるのかな。
ずっと心の端に引っかかっていた。
初めて研ぎ師に相談した時には研いでもらえなかった。
二度目にお願いしに行った時、実は高名な刀鍛冶の作であると分かった。
妖刀を作ったことで知られるその刀匠は、源平合戦の頃の人だった。
刀身に刃のない刀。
大人になってからも、こんなの72匹倒すまでもつのかと不安に思っていた。
今、勇与はそれを楽しそうに振るう。
「ははっ。本当に軽くなった」
飛びかかって来るイタチを打つと、妖は形を保てずに霧散した。
「初戦は装備不足だったからな。
これであいこだ」
仲間を攻撃されてゲドウは怒っている。
「誉さん、おれはちょっと自分の役目を果たしてくる」
信義の足元にいたイタチがいなくなると、勇与は杖をつきながら奥へ歩いて行った。
信義を殴らずにおいたのは誉のためである。
守刀の威力を目の当たりにして驚いているようだ。
「妖怪も本物なら刀も本物か」
「おまえが自分で言っていたね」
誉が深呼吸を一つする。
信義は懐から箱を取り出した。
札を確かめて床に置く。
それから家の奥へと退いて行った。
誉は構わずその札の上を通ろうとする。
バチバチと蜂の羽音のような音がした。
「わたしは普通の幽霊じゃないんだよ」
鬱陶しそうに誉は札をつまむ。
「匣に守られているからね」
びりびりと札を破り捨てると信義に目がけて踏み込んだ。
ためらわずにこぶしを頬にぶつけてやる。
小さな躯体が吹っ飛んだ。
誉さんは存外に強いんだな。
勇与の言葉に力をもらう。
札の入った箱を奪おうとすると、信義は素早く身を捩ってさらに奥へ走った。
廊下が大きな音を立てて軋む。
裏の戸から山の中へ入った。
誉は夜目がきいているようで藪の中を平気で進んでくる。
信義は箱を抱えてもたもたと進んだ。
幽霊なんだ。
自分でやっておきながら、信義はこの時初めて怪異に肝を冷やす。
下りに差しかかり、そこら中を転げた。
誉の気配はまだ追ってきている。
「おまえをいずれ戻そうと思っていたよ」
山の中をうろうろとしながら信義は叫んだ。
「その時は高泰のやったことも晒してやろうと…」
草に引っかかってまた転げる。
「手を下したのは信義さんの方だ」
顔の近くで誉の声がした。
「わたしの親を殺したのも、わたしを殺したのも、おまえの手だったね」
札を振り回した手は草の中に突っ込む。
札がぼろぼろに裂けた。
「俺は高泰の言いなりだ。俺には何の権力もない。
俺のうわさは聞いているだろう。
親もないから誰にもまともには扱ってもらえないんだ」
どこにいるか分からない誉に信義は訴える。
「おまえは首謀者だ。信義さん」
少し離れたところから話しているように、誉の声が反響した。
「誤って毒を食べたと見せかけたのも。
酒で意識を失わせようとしたのも。
悪行を知られて殺すと決めたのも」
誉の声は、笹薮のざわめきにも聞こえる。
と思えばはっきりと恨みのこめられた人の声にも聞こえた。
「少々不思議なものが見える程度で思い上がった。
高泰さんも思い上がったところがあったからね。
お二人は心底から親友だった」
生意気な口調に信義が目を見開く。
「親友なんかであるものか。
あいつはずっと、後ろ盾のない俺につけこんでやがった。
そろそろ貸しを回収する時だと思ってたのに。
誉、おまえはいつも邪魔をする」
月明かりに札を確かめた。
「あの時だって、下戸は大人しく一杯飲んでのびてりゃ済んだんだ」
悪態をつきながら一枚を取り出したとき、ふわりとその手を掴まれる。
「下戸とは、甘い言葉を使ってくれる」
誉の顔が眼前にあった。
「私はおまえに殺されたのだよ。
息ができず、動けなくなって死んだんだ」
凄絶な笑みを見せる。
その栗色の瞳には、怒りとも喜びともとれる光があった。
「言いなりだったものか。
おまえは高泰さんより早くわたしに手を下した」
誉はそう言いながら、信義の手から札と箱を奪い取る。
あっ、と後ずさった信義の体が消えた。
踏んだところに足場がなかったらしい。
大きな水の音が聞こえた。
誉の姿はもうそこになかった。
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