端木 子恭

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往生

猜疑

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 姉と結婚したあたりからとは。

 であれは十年近く匣を望んでいたのに誉は気づいていなかったことになる。
 
 鈍感すぎたなあ。

 誉は苦しい息の下で苦笑した。

「なあ、誉。俺はあの匣がどうしても欲しいんだよ。
 譲ってくれ。
 春には選挙があるだろ?勝ちたいんだ」

 高泰は言い募る。

「殺しておいてよくもそんな事を言う…」

 高泰の言っているのは村長を決める選挙だ。

「俺じゃない。俺は死なせようなんて考えてなかった。
 死んでいるのを見た時には本当に驚いた」
「ではあの日、何しにうちへ来たんだ。
 工場の門の鍵なんて朝でもいい用事で」

 とぎれとぎれの誉の問いに、高泰はぐっと黙った。
 意識がもうろうとしているはずの誉ははっきりと侮蔑の表情を浮かべた。

「確かめに、来たんだ。
 信義さんがどれほどの事をしたのか。

 わたしも倒れているはずだった」

 足元から念仏が聞こえてきた。
 高泰がそれにやめろと怒鳴った。

「俺は匣を探す時間を稼いでほしかっただけだ」

 高泰の申し開きを、誉は空々しいと聞いていた。

 信義の爪の汚れは、草の根から毒を絞った時に付いたものだ。
 染まった指先はなかなかきれいにならないことを知っていた。
 身の手入れをよくしない信義の爪は、百日の間証拠を付けたまま。

 この土地で育った高泰だって知っていたはず。
 意識を失わせるだけにしては猛毒だ。

「舅から聞いた時は冗談だと思ったが、それでもほしかった。
 信義があの刀を見て本物の妖刀だと言ったんだ。
 匣の中身も本当のはずだって」
「人が妖怪を使おうなんて思い上がりです」

 息の合間に誉はやっと言った。
 心臓がはやい。
 
「かつて先祖は一代であっという間に栄えたと聞いたぞ。
 誉、協力してくれ。
 一緒にやろう。
 なんなら取り殺される前にまた封印してやればいいじゃないか」
「人の犠牲を承知でなんてやりたくない」

 誉は吐き捨てた。

「高泰さんの計画だってそうだ。
 ひとが死ぬなんて知ったことではないという態度が許せない」

 ほとんど声が出ないので、高泰は耳を近づけて誉の言うことを拾っていた。

「匣はやれない」

 その言葉に高泰は床を叩いた。
 足を押さえる円明の手がびくりと震えた。

「円明さま。このようなこと、やめさせてください。
 わたしの命は乞いません。
 妖を手なづけようなど人には無理です。
 きっと皆不幸を手にします。
 やめさせてください」

 聞こえていないかもしれない。
 けれど誉は懸命に伝えた。

「匣の使い方も父から聞いた?」

 どこにいるか見えない高泰に尋ねた。
 飛びつくように耳をそばだてる気配があった。

「どのような使い方だ?」

 その様子に誉はふふっと笑っただけだった。

「明則、見張っていろ。俺も匣を探してくるから」

 もし延井家にあの妖怪が行けば、姉にとりつく。
 妖怪は72匹の群れになると落ち着く。
 そしてその家は急激に繁栄する。
 妖怪は家の娘にとりついて、その娘が嫁ぐ時に新しい群れが一緒について行く。
 元の群れが残った家はしばらく繁栄しているが、やがて滅ぼされる。
 そんな恐ろしい娘を嫁にもらいたい家などない。

 そして高泰の計画は、どこか知らない場所でひとを殺す手伝いをして富を得ることだ。

 妖怪抜きにしたって誉は協力できない。

 念仏をやめない円明に誉は手探りで触れた。
 体を折り曲げて、じりじりとそちらを向く。

「円明さま。なぜこんなことに手を貸すんですか」

 その弱い指の力に、円明は思わず手を離した。
 その刹那、誉の両手がその体を力いっぱい突き飛ばす。
 反動で誉自身も倒れたが、すぐ起き上がって土間へはい出ようとした。

「円明はな」

 耳元で信義の声がした。
 襟と腰を掴まれて、体が浮いた。
 背中からどこかへ打ちつけられた。

「子どもの頃、家の金を盗んだ罪を俺に着せた」

 再び家の中へ引き戻され、誉は手探りで壁に触れた。

 ここは。

 まずい場所だった。
 信義は誉のそばにしゃがみこんでそれを観察していた。

「あいつはそれから俺に逆らえない。
 良心が残ってたってだめさ。
 今の地位は俺の犠牲と引き換えたものなんだから」

 誉を壁から引きはがすように転がした。
 高泰に声をかける。

「ここにあるらしい」

 薪を持ってきて壁を叩き始めた。



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