端木 子恭

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往生

相談

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 両親の死後、姉と高泰は毎日誉の様子を見に立ち寄ってくれた。

 二人一緒に来ることはなく、たいていどちらか一人で訪れた。
 家の方もやらなければならないので無理からぬのか。
 それともやはり仲はよくないのかな。
 誉はそんなことを感じていた。

「新しい女中さんに入ってもらうか?」

 縁側に腰かけて高泰が言った。
 寒くなってきたので父の残した酒を温めてだした。

 たいてい高泰は仕事帰りに立ち寄った。
 一杯飲ませると飲み切って帰っていく。

 誉は家事の一切に不自由しないたちなので特に女中は必要ない。

「いりません。
 今は己で手を動かすほうが良いので」

 誉の言葉に、高泰は確かに、と言った。

「誉はなんでもひとりでするからな」

 そう褒めて笑う高泰は、幼いころに見た兄さんだった。

「でも、不自由は我慢するなよ?
 何でもすぐ言ってくれ」
「はい。いつでもすぐ申しておりますよ」

 誉は穏やかに言った。

 今もまだ顔がひきつった感じがして、うまく笑えない。
 
 工場の方は大部分高泰が見てくれている。
 誉は帳簿をひたすら眺めていた。
 両親だって突然工場を任されて、最初は引きつった顔をしながら頑張っていたっけ。

 誉が工場にかかわるようになって、高泰は一度も機械工場の話をしていなかった。
 彼なりの労りなのだろうか。
 
 継いでしまった物を思い遣り、誉は不安げに溜息をついた。
 
「次の年始は延井の家に泊まるといいよ」
 
 高泰は最後の一口を飲み切るとそう提案した。

「どうせ喪中同士だから、年始挨拶も要らない。
 普段通りみんなで話しながら過ごそう」

 ごちそうさま、といって立ち上がり、帰っていった。


 百日の法要が済んだ時分には十二月も半ばになっていた。
 親戚たちの飲み食いのあとを片付け終わると、誉はこれで仕事が一区切りついたような気持になった。

 三月みつきが経っても顔は強張ったままだ。
 
 どけた雪は塀の真ん中あたりまで積まれている。
 その上にまた雪が降ってきていて、明日はまた早起きかなあ、と思う。


 その雪が数日かけて踏みしめられ固くなったあたりに、高泰が訪れた。

 仕事帰りにしては遅い時間だった。
 通用門を開けると手には大きな荷物を持っていた。

「少し話そうと思ってきたんだ」

 その笑顔に、何故か首筋がちりちり痛んだ。

 高泰が背後を示すと、そこに無量寺の円明の姿があった。
 誉はお辞儀をして中へ招いた。
 
 不思議そうなその顔は、三人目の来客に歪んだ。

 信義だった。

 彼は当然のような顔をして土間から囲炉裏の傍へあがった。

「何のお話でしょうか」

 囲炉裏の上に勝手に網をかけて肴を焼き始めている高泰に尋ねた。
 円明はその煙から逃げるようにちょっと間をあけて座っている。
 信義は高泰の近くで大きな徳利の封を切っていた。

「供養もひと段落したことだ。
 将来の話をしようと思ってきたんだよ」

 誉が酒はやれないと知っているのに、高泰は杯を並べた。

「年始でよろしいでしょう」

 壁を背に座り、誉は言った。
 いろいろと神経を逆撫でされて、むっと訪問者たちを見た。

 円明だけはおどおどとしていた。
 その頭は赤く上気していて、汗が浮かんでいる。
 何度も何度も大きい息を吐く。

「円明さま、今日はお供の方がいらっしゃらないのですか?」

 誉の質問に住職ははっきりしない返事を返した。

「円明は俺の同級でな。
 腐れ縁なので、私的に誉との話に立ち会ってもらおうと連れてきたんだ。
 だから布施はなしだ。得な相談だろう?」

 高泰の言うように得なのかどうかは分からなかった。

 父が何年か前に言っていた。
 信義は中学の頃、無量寺から盗みを働いて村を追い出されたのだ。
 大きな額を寺の奥から盗み出し、子どものくせに遊興に使い果たした。
 親の姿を見たことがないとも言っていた。
 
 円明がそのような過去のある信義と共に行動していることに違和感を禁じえなかった。

 誉は閉めた雨戸を開け放ちたいと思った。
 火事にでも見舞われているような感じがする。
 
「将来と言う話はほかでもない」

 勝手に酒を飲みだしながら高泰は言った。

「俺の、将来の話だ」

 ざらざらとしたものが耳に触れた気がした。
 誉はちょっと身を引いて高泰を見た。

「俺に匣をくれ」

 その目は信義と同じ光を宿していた。



 
 
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