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往生
あに
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誉が店の方を任されて3年ほど経つ頃には、高泰は幼なじみと言う男を家に住まわせていた。
信義と言うその人を、誉は好きになれなかった。
高泰の方は馬が合うようで、たいていいつも一緒に見かけた。
「誉」
工場に届け物をした帰り、誉は高泰に呼び止められた。
冬で、雪が降ったばかりの道を難儀しながら歩いているところであった。
雪道で誉を待っていたのは高泰だけではなかった。
信義も一緒にいる。
「積もったね」
毛皮の襟のコートを着た高泰は誉の家へ寄っていいかと尋ねた。
「うちでもらった芋が多くてね。たくさん煮たから一緒に食べようと思うんだが」
信義に持たせた鍋を指した。
「それでしたら工場の方へ差し入れてください」
穏やかに笑みながら誉は言った。
「両親は今日遅くなりそうだと申しておりましたので、その方が喜びます。
わたしはこれから帳簿づけがあります。
失礼します」
丁寧に礼をしてすれ違った。
高泰は大人しく工場へと足を向けた。
信義の睨め付けるような目つきが嫌いだった。
いつも下から気持ちの悪い視線を送ってくる。
着物の懐に差した木箱も不気味で、誉は知らず高泰まで避けるようになっていた。
雪の日に乾物屋の方へ客はあまり来ない。
こんな日は女中も来なくていいと言ってある。
自分の家の世話で大変だろうから。
誉は底冷えする土間を通って囲炉裏のそばへ行った。
12月が目前に迫っていた。
今年も何くれと忙しく過ぎて年の瀬を迎える。
それが喜ばしい。
雪が積もる寸前に、信義が道で誉を呼び止めたことがあった。
珍しく一人でいる、と不思議に思った。
墓に用事でもあったのか、寺の近くであった。
「誉は配達かい。よく稼ぎなさることだ」
見下げるような口調だった。
信義は誰にでもこのような口調なのだ。
真面目に働く者を小ばかにしているところがある。
そこもまた好きになれなかった。
「信義さんはおつかいでございますか」
丁寧に頭を下げて通り過ぎようとした。
「誉のうちでは、妖を飼っておるのだって?」
突然そのようなことを聞かれた。
気味悪くて腕の先から粟気立つ。
「俺は霊媒師だから、高泰に相談されたんだよ。
どんな妖怪なんだろうと気にしていたよ」
ああ、と思った。
あの睨め上げる視線の意味は、誉の後ろを見ていたのか。
「ひとには明かせません」
「見せてくれ。俺なら見てわかる」
「承知しかねます」
じりじりと離れようとする誉に、信義は一歩近づこうとした。
どうにも我慢ならなくて、誉はいとまをして走りだした。
あの信義が家に居ついてから、高泰は変わってしまった気がする。
それとも本性がそうだったのだろうか。
取りつかれたように儲け話や権力やらを欲する姿が悲しかった。
次の村長を決める選挙では高泰も立候補するつもりらしい。
誉は1級納税者だから、高泰は今のところもてなしてくれている。
そんな腹の内も透けて見えるようでいやだった。
ここを出ればよかった。
誉はこのところ特にそう思うようになっていた。
ここは誰もかれもが父や高泰とつながっていて、お坊様にさえ本音は明かせない。
ずっしりと重い胸を幾度か叩いてから、誉は帳簿と向かい合った。
あの変わってしまった兄と一緒にいて、姉さんは平気なのか。
嫁いで7、8年になるけれどまだ子はない。
喧嘩したという話も聞かないから、仲はいいのだろうか。
不安や嫌悪や厭世を振り払うように、誉は必死に数字を見つめた。
信義と言うその人を、誉は好きになれなかった。
高泰の方は馬が合うようで、たいていいつも一緒に見かけた。
「誉」
工場に届け物をした帰り、誉は高泰に呼び止められた。
冬で、雪が降ったばかりの道を難儀しながら歩いているところであった。
雪道で誉を待っていたのは高泰だけではなかった。
信義も一緒にいる。
「積もったね」
毛皮の襟のコートを着た高泰は誉の家へ寄っていいかと尋ねた。
「うちでもらった芋が多くてね。たくさん煮たから一緒に食べようと思うんだが」
信義に持たせた鍋を指した。
「それでしたら工場の方へ差し入れてください」
穏やかに笑みながら誉は言った。
「両親は今日遅くなりそうだと申しておりましたので、その方が喜びます。
わたしはこれから帳簿づけがあります。
失礼します」
丁寧に礼をしてすれ違った。
高泰は大人しく工場へと足を向けた。
信義の睨め付けるような目つきが嫌いだった。
いつも下から気持ちの悪い視線を送ってくる。
着物の懐に差した木箱も不気味で、誉は知らず高泰まで避けるようになっていた。
雪の日に乾物屋の方へ客はあまり来ない。
こんな日は女中も来なくていいと言ってある。
自分の家の世話で大変だろうから。
誉は底冷えする土間を通って囲炉裏のそばへ行った。
12月が目前に迫っていた。
今年も何くれと忙しく過ぎて年の瀬を迎える。
それが喜ばしい。
雪が積もる寸前に、信義が道で誉を呼び止めたことがあった。
珍しく一人でいる、と不思議に思った。
墓に用事でもあったのか、寺の近くであった。
「誉は配達かい。よく稼ぎなさることだ」
見下げるような口調だった。
信義は誰にでもこのような口調なのだ。
真面目に働く者を小ばかにしているところがある。
そこもまた好きになれなかった。
「信義さんはおつかいでございますか」
丁寧に頭を下げて通り過ぎようとした。
「誉のうちでは、妖を飼っておるのだって?」
突然そのようなことを聞かれた。
気味悪くて腕の先から粟気立つ。
「俺は霊媒師だから、高泰に相談されたんだよ。
どんな妖怪なんだろうと気にしていたよ」
ああ、と思った。
あの睨め上げる視線の意味は、誉の後ろを見ていたのか。
「ひとには明かせません」
「見せてくれ。俺なら見てわかる」
「承知しかねます」
じりじりと離れようとする誉に、信義は一歩近づこうとした。
どうにも我慢ならなくて、誉はいとまをして走りだした。
あの信義が家に居ついてから、高泰は変わってしまった気がする。
それとも本性がそうだったのだろうか。
取りつかれたように儲け話や権力やらを欲する姿が悲しかった。
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誉は1級納税者だから、高泰は今のところもてなしてくれている。
そんな腹の内も透けて見えるようでいやだった。
ここを出ればよかった。
誉はこのところ特にそう思うようになっていた。
ここは誰もかれもが父や高泰とつながっていて、お坊様にさえ本音は明かせない。
ずっしりと重い胸を幾度か叩いてから、誉は帳簿と向かい合った。
あの変わってしまった兄と一緒にいて、姉さんは平気なのか。
嫁いで7、8年になるけれどまだ子はない。
喧嘩したという話も聞かないから、仲はいいのだろうか。
不安や嫌悪や厭世を振り払うように、誉は必死に数字を見つめた。
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