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不可思議
易く
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寒空がまた続いていた。
勇与の実家に着るものを取りに行ってくれる話は恐らく忘れられている。
匣を巾着に入れ、路銀を早道に詰めた勇与は工場にいる木原を訪ねた。
「一旦帰ります」
朝一で絶望的な顔をする木原の肩を軽く叩く。
「逃げるわけじゃないですよ。
木原さん、いつまでもおれの服運んできてくれないから。
自分で取りに行くんです」
案の定「あっ」と鋭い声をあげられた。
「道みちなにか届け物でもあればついでに届けますが」
「いやぁ、足の悪いおまえに頼むのはなぁ…」
そんなことを言いつつ、彼は封筒をひとつ差し出してくる。
「郵便に出してくれないか。
もう一つの工場で使う書類なんだが、昨日出しそびれた」
「承知しました」
肩にかけた鞄に入れて敷地を出た。
駅が近くなったところで鞄から封筒を取り出す。
所在地は同じ県境であったが、違う町にあった。
汽車で向かって数時間ほどか。
勇与は思いついてそちらへ向かうことにする。
昼間は誉が出てこられないので、自由にできた。
こんなことをしていたらまた怒られる。
それは後で受けることにして、紐でとじた書類をそっと開けた。
報告書や、商品の図解などの合間に決算書のようなものがある。
「機械工場だ」
そこは軍需工場となっているようだ。
部品をいろいろと受注していた。
商売をしていた誉なら、工場の経営状態がわかるのだろうか。
何のことやら分からない表を自分の持っていた紙に書き写した。
父もこんな表を付けてはいない。
もとから興味のない勇与にはただの数字だ。
工場に近づいた時にはちょうど昼時に差しかかる。
ぞろぞろと昼餉に出てきた従業員の顔つきを見て、勇与はぎょっとした。
稼げるはずの産業で、従業員は総じて俯き、疲れている。
木原さんとこの人たちとずいぶん違う空気だな。
勇与は封筒を工場の事務に渡したときその理由を知れた。
奥で話す人相の悪い男が見える。
信義だった。
寄り道をしたので、実家に着いた時には日暮れであった。
突然戻った息子に親は首尾を問う。
「もう少しかかりそうです」
まだ帰宅していなかった女中に荷物をまとめてもらうことにした。
夕飯をどこかで食べようと歩く。
妙に人の出が多いと思ったら、どこかで神輿を担ぐ声が聞こえてきた。
祭りだったか。
まずい日に帰ってきた、と勇与は口を歪める。
杖と人ごみは相性が悪い。
神社へ帰っていく神輿の気配を見送った。
急いで屋台を選んで飯を食う。
ふと、誉が思い浮かんだ。
あの村で育った彼は、こういう場にも遊びに来たことがあるだろうか。
嫌いそうかな。
ゆっくり移動して、一通り見世を見た。
竹に埋もれるように細い参道を見つけて入る。
祭りをしているのとは別のところのようだ。
小さく静かな神社である。
「勇与、ここは…」
傍らで誉の声がした。
驚いて辺りを見回している。
月を振り仰いでぽかんと口を開けた。
「空が小さいね」
「おれの実家の近くです」
なぜだ、というように誉は勇与を見る。
「服をいただくのを口実に戻りました。
俺の着られる洋服はなかなか人から譲ってもらえないので。
匣を持ってくれば、あるいは誉さんも遠出できるのではと。
気まぐれに来てみました。
明日また向こうへ戻ります」
そして勇与は人の多い通りを指した。
「今日は近くの神社の祭りだったようです。
少し歩いて帰ろうかと考えているのです。
誉さんはこういうがやがやしてるの嫌いか?」
「慣れてはないね」
「きっと人が多いから、幽霊ひとり紛れたところで分からない。
ちょっと行ってみよう」
「本当かい?騒ぎにならない?」
参道の細竹の葉が顔にかかり、誉は思わず避ける。
「他にも幽霊、いるかもしれねえくらいだ」
勇与は笑って誉の先を歩いた。
「誉さん、こういう道もあると思わないか」
人混みの中で勇与が言う。
「ここらは普段からこうして夜まで人が商いをしている。
誉さんは商売人だろ。
夜だけちょっと働いて、人に紛れて暮らす。
恨みやなんかは黙っておいて、楽に。
…誉さんが喧嘩したくないならそれもいい」
誉は黙って歩いた。
それは誉にとって易しい道で、勇与にとっては度し難い道である。
そのことには気づいていた。
神輿が神社に納められるといよいよ人が増えてくる。
誉は頭半分人ごみから出ていて見張りやすかった。
灯りがあるせいだろうか。
今日はいちだんと幽霊に見えない。
店を楽しそうに眺めては、ときどきそのどんぐり色の目を勇与に向けた。
子どもを気遣うような表情の勇与と目が合う。
彼の方は自分の足元に注力しているので、店の方はあまり見ていなかった。
不意に呼ばれ、勇与は店の方を見る。
幼馴染たちが祭りの装束で酒を飲んでいた。
少し会話した後、お連れさん?と背後を指される。
誉が誰かに絡まれてた。
酒を勧められ、苦笑して躱している。
「友達だ」
勇与はそう言った。
誉に絡んでいる者は勇与がうわばみであることを知っている。
親切でその友人に酒を分けてやろうとしているのだった。
「悪いんだが、その人は…」
酒はやらない。
止めようとした勇与は目を見開いた。
誉はがっしりと右手を掴まれている。
口に酒の入った枡を押し込まれるところだった。
誉もそれに驚いていて、視線を定まらせない。
避けようとした方向と押された方向が重なった。
そのままのけぞって倒れていく。
「誉さん」
勇与が右手で支えようとしたが足が踏ん張れずに倒れ込んだ。
通行人の足が周りを囲んでいる。
勇与はゾッと戦慄した。
一瞬で視界が暴徒に取り囲まれた時まで引き戻される。
こわ張った勇与の腕を強く掴んだ者がいた。
近くを探すとすぐ誉を見つける。
「立てるか」
そう聞いたのは誉だ。
真っ青な顔をしながら先に立ち上がると、勇与を引っ張り上げる。
地元の友人たちは口々に軽く謝っていた。
またすぐ仕事に発つから、と言い置いて帰る道をたどる。
「…どういうわけ」
誉にだけ聞こえるような声で聞いた。
勇与の体を支えて歩きながら、誉は首を横に振る。
実体がある。
手はひどく冷たくて、顔に血色はなかった。
しかしちゃんと力は入る。
勇与の家に着くころ、誉は具合が悪くなっていた。
呼吸が浅く苦しそうになる。
「誉さん、幽霊のくせに酔っぱらうのか」
不思議な事態が続き、勇与はどういう顔がいいのか分からない。
とにかく家に入ると板間に誉と座った。
急に水道から水が流れ出す。
誉の喉がそれを飲んでいるように上下した。
勇与はただただそれを見ている。
初めて、ちょっと怖いと思った。
最初に誉を見た人が、死体のように倒れている誉を見ている。
あれは、まさか。
「ふつか酔いの誉さんだったのか?」
誉が何か言いたそうに手を上げかけ、諦めた。
「具合がよくなったら聞くよ。その抗議」
勇与が笑うと、誉はずるりと滑り落ちる。
動かない右足に頭が乗った。
苦しいようで胸のあたりを押さえている。
そういえば隊の中にも酒の合わない体質の者がいたな。
勇与はそのようなことを思い出した。
どれだけ薄めてもものの一時で具合が悪くなる。
その隊員も誉のように呼吸が浅くなっていたっけ。
その時、出しっぱなしの水道が止められた。
誉が止めたのかと気に留めないでいたら、声をかけられる。
「勇与」
そちらを向くと、起き出してきた母だった。
うちの倅はまた何を、という顔をしている。
「戻りました」
勇与はそう答えておいて、その視線を辿り、誉に行きついた。
「こちらは件の幽霊さんです。連れてまいりました」
「足がありますよ?」
「ですね」
「退治しに行ったのでは」
「そうです」
「それはただのご友人では?」
「そうとも言えます」
しばし問答がその場を回る。
「昨日まで普通の幽霊だったのです。
触っても通り抜けて、不思議なものだと笑っておりました」
言葉足らずでは話が進まないことに気づいた。
勇与は呆気に取られている母に説明する。
「先刻、生きている人のように体があるようになったのです。
どういうことか皆目見当もつきませんが」
すると母は溜息をついて言った。
「外国の昔話だったかしら。
どこかのお坊様が呪符の力で霊魂をひとの体のあるようにしたり、うっすらとした魂に戻したりというくだりがありましたっけ…」
勇与は、は。とその顔を見上げる。
「母さんはやはり千里眼をお持ちですか。
この人の家には山のように札が貼ってあります」
「うちの倅はまた乱暴なことを考えておりますね」
半眼になった母は勇与を睨んだ。
息子に関してのみ千里眼の彼女はその数手先の考えを読む。
その札、全部ひっぺがしてやりゃあどうなる、と考えている。
呆れたように、ふぅっと息を吐いた。
「幽霊でも友人でも、お泊めなさいな。
そして最後まで取り組んでおいでなさい」
「母さんは達観していらっしゃる」
勇与が笑う。母はますます顰め面になった。
「そりゃあ、コック船長だのなんだのに憧れて海軍に入ってしまうようなずれた息子を生んでしまいましたから。
勇与がどんな突拍子もない拾いものしてきたって驚きません」
「クックですよ」
生真面目に勇与が訂正する。
「大英帝国の、海軍に所属していた人です。
日本だって、もしかして国力がもっとつけばそういうものに予算を割くかもしれません」
「冒険の前に、三十路を迎えるってことをよく考えてもらいたいのですけれど」
母は、息子としばし睨みあった後、おやすみと言って去っていった。
明くる朝、誉の姿が消えていることで母も本当に信じたようだった。
勇与は抱えていた問題の共有者ができて、心軽く家を出た。
勇与の実家に着るものを取りに行ってくれる話は恐らく忘れられている。
匣を巾着に入れ、路銀を早道に詰めた勇与は工場にいる木原を訪ねた。
「一旦帰ります」
朝一で絶望的な顔をする木原の肩を軽く叩く。
「逃げるわけじゃないですよ。
木原さん、いつまでもおれの服運んできてくれないから。
自分で取りに行くんです」
案の定「あっ」と鋭い声をあげられた。
「道みちなにか届け物でもあればついでに届けますが」
「いやぁ、足の悪いおまえに頼むのはなぁ…」
そんなことを言いつつ、彼は封筒をひとつ差し出してくる。
「郵便に出してくれないか。
もう一つの工場で使う書類なんだが、昨日出しそびれた」
「承知しました」
肩にかけた鞄に入れて敷地を出た。
駅が近くなったところで鞄から封筒を取り出す。
所在地は同じ県境であったが、違う町にあった。
汽車で向かって数時間ほどか。
勇与は思いついてそちらへ向かうことにする。
昼間は誉が出てこられないので、自由にできた。
こんなことをしていたらまた怒られる。
それは後で受けることにして、紐でとじた書類をそっと開けた。
報告書や、商品の図解などの合間に決算書のようなものがある。
「機械工場だ」
そこは軍需工場となっているようだ。
部品をいろいろと受注していた。
商売をしていた誉なら、工場の経営状態がわかるのだろうか。
何のことやら分からない表を自分の持っていた紙に書き写した。
父もこんな表を付けてはいない。
もとから興味のない勇与にはただの数字だ。
工場に近づいた時にはちょうど昼時に差しかかる。
ぞろぞろと昼餉に出てきた従業員の顔つきを見て、勇与はぎょっとした。
稼げるはずの産業で、従業員は総じて俯き、疲れている。
木原さんとこの人たちとずいぶん違う空気だな。
勇与は封筒を工場の事務に渡したときその理由を知れた。
奥で話す人相の悪い男が見える。
信義だった。
寄り道をしたので、実家に着いた時には日暮れであった。
突然戻った息子に親は首尾を問う。
「もう少しかかりそうです」
まだ帰宅していなかった女中に荷物をまとめてもらうことにした。
夕飯をどこかで食べようと歩く。
妙に人の出が多いと思ったら、どこかで神輿を担ぐ声が聞こえてきた。
祭りだったか。
まずい日に帰ってきた、と勇与は口を歪める。
杖と人ごみは相性が悪い。
神社へ帰っていく神輿の気配を見送った。
急いで屋台を選んで飯を食う。
ふと、誉が思い浮かんだ。
あの村で育った彼は、こういう場にも遊びに来たことがあるだろうか。
嫌いそうかな。
ゆっくり移動して、一通り見世を見た。
竹に埋もれるように細い参道を見つけて入る。
祭りをしているのとは別のところのようだ。
小さく静かな神社である。
「勇与、ここは…」
傍らで誉の声がした。
驚いて辺りを見回している。
月を振り仰いでぽかんと口を開けた。
「空が小さいね」
「おれの実家の近くです」
なぜだ、というように誉は勇与を見る。
「服をいただくのを口実に戻りました。
俺の着られる洋服はなかなか人から譲ってもらえないので。
匣を持ってくれば、あるいは誉さんも遠出できるのではと。
気まぐれに来てみました。
明日また向こうへ戻ります」
そして勇与は人の多い通りを指した。
「今日は近くの神社の祭りだったようです。
少し歩いて帰ろうかと考えているのです。
誉さんはこういうがやがやしてるの嫌いか?」
「慣れてはないね」
「きっと人が多いから、幽霊ひとり紛れたところで分からない。
ちょっと行ってみよう」
「本当かい?騒ぎにならない?」
参道の細竹の葉が顔にかかり、誉は思わず避ける。
「他にも幽霊、いるかもしれねえくらいだ」
勇与は笑って誉の先を歩いた。
「誉さん、こういう道もあると思わないか」
人混みの中で勇与が言う。
「ここらは普段からこうして夜まで人が商いをしている。
誉さんは商売人だろ。
夜だけちょっと働いて、人に紛れて暮らす。
恨みやなんかは黙っておいて、楽に。
…誉さんが喧嘩したくないならそれもいい」
誉は黙って歩いた。
それは誉にとって易しい道で、勇与にとっては度し難い道である。
そのことには気づいていた。
神輿が神社に納められるといよいよ人が増えてくる。
誉は頭半分人ごみから出ていて見張りやすかった。
灯りがあるせいだろうか。
今日はいちだんと幽霊に見えない。
店を楽しそうに眺めては、ときどきそのどんぐり色の目を勇与に向けた。
子どもを気遣うような表情の勇与と目が合う。
彼の方は自分の足元に注力しているので、店の方はあまり見ていなかった。
不意に呼ばれ、勇与は店の方を見る。
幼馴染たちが祭りの装束で酒を飲んでいた。
少し会話した後、お連れさん?と背後を指される。
誉が誰かに絡まれてた。
酒を勧められ、苦笑して躱している。
「友達だ」
勇与はそう言った。
誉に絡んでいる者は勇与がうわばみであることを知っている。
親切でその友人に酒を分けてやろうとしているのだった。
「悪いんだが、その人は…」
酒はやらない。
止めようとした勇与は目を見開いた。
誉はがっしりと右手を掴まれている。
口に酒の入った枡を押し込まれるところだった。
誉もそれに驚いていて、視線を定まらせない。
避けようとした方向と押された方向が重なった。
そのままのけぞって倒れていく。
「誉さん」
勇与が右手で支えようとしたが足が踏ん張れずに倒れ込んだ。
通行人の足が周りを囲んでいる。
勇与はゾッと戦慄した。
一瞬で視界が暴徒に取り囲まれた時まで引き戻される。
こわ張った勇与の腕を強く掴んだ者がいた。
近くを探すとすぐ誉を見つける。
「立てるか」
そう聞いたのは誉だ。
真っ青な顔をしながら先に立ち上がると、勇与を引っ張り上げる。
地元の友人たちは口々に軽く謝っていた。
またすぐ仕事に発つから、と言い置いて帰る道をたどる。
「…どういうわけ」
誉にだけ聞こえるような声で聞いた。
勇与の体を支えて歩きながら、誉は首を横に振る。
実体がある。
手はひどく冷たくて、顔に血色はなかった。
しかしちゃんと力は入る。
勇与の家に着くころ、誉は具合が悪くなっていた。
呼吸が浅く苦しそうになる。
「誉さん、幽霊のくせに酔っぱらうのか」
不思議な事態が続き、勇与はどういう顔がいいのか分からない。
とにかく家に入ると板間に誉と座った。
急に水道から水が流れ出す。
誉の喉がそれを飲んでいるように上下した。
勇与はただただそれを見ている。
初めて、ちょっと怖いと思った。
最初に誉を見た人が、死体のように倒れている誉を見ている。
あれは、まさか。
「ふつか酔いの誉さんだったのか?」
誉が何か言いたそうに手を上げかけ、諦めた。
「具合がよくなったら聞くよ。その抗議」
勇与が笑うと、誉はずるりと滑り落ちる。
動かない右足に頭が乗った。
苦しいようで胸のあたりを押さえている。
そういえば隊の中にも酒の合わない体質の者がいたな。
勇与はそのようなことを思い出した。
どれだけ薄めてもものの一時で具合が悪くなる。
その隊員も誉のように呼吸が浅くなっていたっけ。
その時、出しっぱなしの水道が止められた。
誉が止めたのかと気に留めないでいたら、声をかけられる。
「勇与」
そちらを向くと、起き出してきた母だった。
うちの倅はまた何を、という顔をしている。
「戻りました」
勇与はそう答えておいて、その視線を辿り、誉に行きついた。
「こちらは件の幽霊さんです。連れてまいりました」
「足がありますよ?」
「ですね」
「退治しに行ったのでは」
「そうです」
「それはただのご友人では?」
「そうとも言えます」
しばし問答がその場を回る。
「昨日まで普通の幽霊だったのです。
触っても通り抜けて、不思議なものだと笑っておりました」
言葉足らずでは話が進まないことに気づいた。
勇与は呆気に取られている母に説明する。
「先刻、生きている人のように体があるようになったのです。
どういうことか皆目見当もつきませんが」
すると母は溜息をついて言った。
「外国の昔話だったかしら。
どこかのお坊様が呪符の力で霊魂をひとの体のあるようにしたり、うっすらとした魂に戻したりというくだりがありましたっけ…」
勇与は、は。とその顔を見上げる。
「母さんはやはり千里眼をお持ちですか。
この人の家には山のように札が貼ってあります」
「うちの倅はまた乱暴なことを考えておりますね」
半眼になった母は勇与を睨んだ。
息子に関してのみ千里眼の彼女はその数手先の考えを読む。
その札、全部ひっぺがしてやりゃあどうなる、と考えている。
呆れたように、ふぅっと息を吐いた。
「幽霊でも友人でも、お泊めなさいな。
そして最後まで取り組んでおいでなさい」
「母さんは達観していらっしゃる」
勇与が笑う。母はますます顰め面になった。
「そりゃあ、コック船長だのなんだのに憧れて海軍に入ってしまうようなずれた息子を生んでしまいましたから。
勇与がどんな突拍子もない拾いものしてきたって驚きません」
「クックですよ」
生真面目に勇与が訂正する。
「大英帝国の、海軍に所属していた人です。
日本だって、もしかして国力がもっとつけばそういうものに予算を割くかもしれません」
「冒険の前に、三十路を迎えるってことをよく考えてもらいたいのですけれど」
母は、息子としばし睨みあった後、おやすみと言って去っていった。
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