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居候
旧友
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村内をうろうろしていたら、寺の近くで和装の男性と行き会った。
こんにちは、と声をかけると、相手は帽子を取って挨拶を返してくる。
「君は実藤の屋敷に頼まれてきた人か?」
しわの多い目元だ。
よく笑い顔を作っているらしい。
両の頬にひときわ深いしわが縦に刻まれていた。
髭をきれいに整えている。
「木原くんの友人だそうだね。
私は工場の所有者で、延井高泰だ」
無意識に早道を掌で庇った。
勇与はその漆のように黒い瞳ではっきりと高泰を見据える。
「お世話になっております。
徳地勇与です。
初め幽霊退治とはふざけた話と思いましたが。
おかげさまでなかなか楽しく過ごしております」
勇与の言葉に高泰は笑った。
「楽しいのか」
笑ったというより、にやつかれたようで少し腹が立つ。
「あまりこの世で遊びすぎず、早くあの世へ行くように言ってくれ」
その物言いがひどく薄情なように聞こえた。
自分に言われたものではないが聞き流せない。
「この世に縛られる訳がおありなんでしょう。
延井さんは仔細をご存じか。
それが知れれば疾く成仏してくださるのではないか」
胸がむかむかしていて口調がついきつくなった。
高泰はそんな勇与を横目に見ている。
「もう24年前の事なのだよ。
己も耄碌したので仔細など覚えておらぬ。
ご両親の死後、百日の法要の直後に消えた。
覚えておるのはそれだけである」
きっぱりと高泰は言い切った。
その時、風もないのに背後の木立が軋む音を出す。
ぎぃっ、ぎぃっ、と高泰に迫るようだった。
気味悪げに木々を向く。
「仲がよろしかったんでしょう?」
勇与は言った。
「誉さんは、村の兄さんとして延井さんを慕っておられたはず。
ご両親が亡くなった後は頼りにされたのでは?
一番仔細を知るはずの旧友が覚えておらぬとは、思いがたい」
それに。
「おれが来る以前にも、噂は広まっていた。
早くあの世へ行くよう、なぜ説得に行かないのでしょう」
すると高泰は勇与の口を塞ぐような笑い方をする。
「それは怖いからだ。
幽霊だぞ。
いくら赤ん坊のころから知っている者だとしたって、幽霊に軽口は中々言えん」
言うだけ言うと、彼は帽子をかぶって行ってしまった。
「幽霊なんか、怖がってそうにないよな」
小箱に話しかける。
日差しの下で返事はなかった。
寺の前を通り過ぎて更に行くと、川に着く。
勇与は水際をさかのぼった。
「ここは気持ちがいいな。空気が冷たい」
誉には聞こえていないのかもしれない。
匣の中はどんな世界なのか。
しばらく歩くと、川の分岐点があった。
山から流れてきた水は、そこでふたまたに分かれている。
こっちを下るとどこに出るんだろう。
勇与は怖いもの知らずに進んでみた。
途中までは水量も少なく、ごろごろとした石の上は大して難儀でもなかった。
ところが途中から水かさが増す。
一度木々の間へのぼらねば進めなかった。
先に杖を放り投げ、両腕で木を掴むとするするのぼっていく。
高い木にのぼれば村への道筋が見えるだろうか。
杖を拾うとベルトの背側に差し、早道をシャツの中へ入れた。
低い木から徐々に高い木へと移っていく。
ちょうど真正面が誉の家の横にある田んぼだった。
「やった」
家の近くに戻ってきていたと知り安堵する。
木を下りようと下を見た。
そこに真っ黒い獣をみとめて息を止める。
イタチのようだ。
しかし目は空ろで、生き物の感じがしない。
そろそろと杖に手をかけた。
こんな木の棒きれでなんとかなるとも思えないのだが。
最初に飛びかかられたのを杖の先で突き落とした。
一度ベルトに杖を差し戻し、枝にぶら下がると勢いをつけて近くの枝に飛び移る。
素早く枝に立ち上がった。獣の位置を確認する。
イタチは瞬く間に木の幹を駆けて来た。
飛びかかられると同時に勇与は身を引いて跳ぶ。
低い枝に立って、杖を引き抜くと獣を打ち据えた。
地面にはたき落とされたそれは鋭く高い声でなく。
「…効かねえよなあ」
勇与は口元を引きつらせた。
まずい。
「幽霊は夜しか出ねえのに、妖は昼間も行けるのか」
イタチが再び飛びかかる。
身を捩って躱したが、勇与はそのまま草の中を転がり落ちた。
勢いが止まったところで杖を両手で握る。
`あけろ’
声が聞こえた気がした。
「誉さん? 起きてるのか?」
大きく裂けた獣の口が眼前に迫る。
箱を確認する余裕などなかった。
敵の喉奥に思い切り杖を打ち込む。
一時、獣の顔はかたちが崩れる。
その隙に箱を取り出して獣に示した。
今にも開けて見せようかというふうに爪先を立てる。
イタチの動きが止まった。
「入れ替わりてえか、獣」
とにかく知っているふうに押し切ってみる。
イタチは前足をとんと下ろすと、勇与から離れる方向へ走り去った。
息を整える。周りの気配を確認してから田んぼの方へ下りた。
片手で杖を繰りながら、もう片方の掌で匣を抱くように守る。
家へ入ると、用意された昼飯があった。
ああ、食べ損ねていたな。
勇与は杖を放り投げるように床へ置く。
匣を両掌に出して確かめた。
「無事か」
返事はない。
ないが、誉は頷いた気がした。
こんにちは、と声をかけると、相手は帽子を取って挨拶を返してくる。
「君は実藤の屋敷に頼まれてきた人か?」
しわの多い目元だ。
よく笑い顔を作っているらしい。
両の頬にひときわ深いしわが縦に刻まれていた。
髭をきれいに整えている。
「木原くんの友人だそうだね。
私は工場の所有者で、延井高泰だ」
無意識に早道を掌で庇った。
勇与はその漆のように黒い瞳ではっきりと高泰を見据える。
「お世話になっております。
徳地勇与です。
初め幽霊退治とはふざけた話と思いましたが。
おかげさまでなかなか楽しく過ごしております」
勇与の言葉に高泰は笑った。
「楽しいのか」
笑ったというより、にやつかれたようで少し腹が立つ。
「あまりこの世で遊びすぎず、早くあの世へ行くように言ってくれ」
その物言いがひどく薄情なように聞こえた。
自分に言われたものではないが聞き流せない。
「この世に縛られる訳がおありなんでしょう。
延井さんは仔細をご存じか。
それが知れれば疾く成仏してくださるのではないか」
胸がむかむかしていて口調がついきつくなった。
高泰はそんな勇与を横目に見ている。
「もう24年前の事なのだよ。
己も耄碌したので仔細など覚えておらぬ。
ご両親の死後、百日の法要の直後に消えた。
覚えておるのはそれだけである」
きっぱりと高泰は言い切った。
その時、風もないのに背後の木立が軋む音を出す。
ぎぃっ、ぎぃっ、と高泰に迫るようだった。
気味悪げに木々を向く。
「仲がよろしかったんでしょう?」
勇与は言った。
「誉さんは、村の兄さんとして延井さんを慕っておられたはず。
ご両親が亡くなった後は頼りにされたのでは?
一番仔細を知るはずの旧友が覚えておらぬとは、思いがたい」
それに。
「おれが来る以前にも、噂は広まっていた。
早くあの世へ行くよう、なぜ説得に行かないのでしょう」
すると高泰は勇与の口を塞ぐような笑い方をする。
「それは怖いからだ。
幽霊だぞ。
いくら赤ん坊のころから知っている者だとしたって、幽霊に軽口は中々言えん」
言うだけ言うと、彼は帽子をかぶって行ってしまった。
「幽霊なんか、怖がってそうにないよな」
小箱に話しかける。
日差しの下で返事はなかった。
寺の前を通り過ぎて更に行くと、川に着く。
勇与は水際をさかのぼった。
「ここは気持ちがいいな。空気が冷たい」
誉には聞こえていないのかもしれない。
匣の中はどんな世界なのか。
しばらく歩くと、川の分岐点があった。
山から流れてきた水は、そこでふたまたに分かれている。
こっちを下るとどこに出るんだろう。
勇与は怖いもの知らずに進んでみた。
途中までは水量も少なく、ごろごろとした石の上は大して難儀でもなかった。
ところが途中から水かさが増す。
一度木々の間へのぼらねば進めなかった。
先に杖を放り投げ、両腕で木を掴むとするするのぼっていく。
高い木にのぼれば村への道筋が見えるだろうか。
杖を拾うとベルトの背側に差し、早道をシャツの中へ入れた。
低い木から徐々に高い木へと移っていく。
ちょうど真正面が誉の家の横にある田んぼだった。
「やった」
家の近くに戻ってきていたと知り安堵する。
木を下りようと下を見た。
そこに真っ黒い獣をみとめて息を止める。
イタチのようだ。
しかし目は空ろで、生き物の感じがしない。
そろそろと杖に手をかけた。
こんな木の棒きれでなんとかなるとも思えないのだが。
最初に飛びかかられたのを杖の先で突き落とした。
一度ベルトに杖を差し戻し、枝にぶら下がると勢いをつけて近くの枝に飛び移る。
素早く枝に立ち上がった。獣の位置を確認する。
イタチは瞬く間に木の幹を駆けて来た。
飛びかかられると同時に勇与は身を引いて跳ぶ。
低い枝に立って、杖を引き抜くと獣を打ち据えた。
地面にはたき落とされたそれは鋭く高い声でなく。
「…効かねえよなあ」
勇与は口元を引きつらせた。
まずい。
「幽霊は夜しか出ねえのに、妖は昼間も行けるのか」
イタチが再び飛びかかる。
身を捩って躱したが、勇与はそのまま草の中を転がり落ちた。
勢いが止まったところで杖を両手で握る。
`あけろ’
声が聞こえた気がした。
「誉さん? 起きてるのか?」
大きく裂けた獣の口が眼前に迫る。
箱を確認する余裕などなかった。
敵の喉奥に思い切り杖を打ち込む。
一時、獣の顔はかたちが崩れる。
その隙に箱を取り出して獣に示した。
今にも開けて見せようかというふうに爪先を立てる。
イタチの動きが止まった。
「入れ替わりてえか、獣」
とにかく知っているふうに押し切ってみる。
イタチは前足をとんと下ろすと、勇与から離れる方向へ走り去った。
息を整える。周りの気配を確認してから田んぼの方へ下りた。
片手で杖を繰りながら、もう片方の掌で匣を抱くように守る。
家へ入ると、用意された昼飯があった。
ああ、食べ損ねていたな。
勇与は杖を放り投げるように床へ置く。
匣を両掌に出して確かめた。
「無事か」
返事はない。
ないが、誉は頷いた気がした。
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