端木 子恭

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居候

霊媒

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 駅から、村の中には大きな道がひとつだけ通っている。
 自動車が通れるようにきれいに整備されていた。
 それを山の重なる方向へ辿ると、延井家の屋敷がある。

「誉さんちよりでけえな」

 勇与ゆうやはそう呟いて横に長い塀を見渡した。
 誉の家よりも築年数は浅そうである。
 しかしなんだかうす黒く暗い印象のある屋敷だ。

 通用門から声をかけると、年の頃60ほどの男が出てくる。
 自己紹介した勇与を細い目で見あげた。

「あんたが幽霊屋敷に来た人かい。
 ご苦労様です」

 侮るような笑みを見せる。
 
「高泰はいま不在にしている。
 用なら聞いておくが」

 家主を呼び捨てにし、訪客に無礼を働くその男を、勇与は不快そうに見返した。
 品質のいい布で作られた着物を身に着けている。
 知らないで訪れたら家主かと尋ねそうだ。

「信義さんですね。まだ居候しておいでなんだ」

 梅雨の中休み。
 春から夏へ様子を増していく青空が広がる。

 しかし延井家のこの男の周りだけ灰色をしているようだった。

「誉さんから話を聞いている。あんたでも構いませんよ。
 あの人が幽霊になったいきさつを知っておいでか」

 そう聞いた信義は塩でも撒きそうな形相になる。

「あんたの見たのは本当に誉なのかい?証はあるのか?」
「嘘を名乗る幽霊というのもいないでしょう」

 一尺の差をもって勇与は相手を睨み下ろした。 

 不快の訳ははっきりとしない。
 けれどこの信義には気味の悪い雰囲気がまとわりついていた。

 背が低く、腰も曲がり始めている。
 仕立てのよい着物の懐が大きく膨らんでいた。
 木でできた入れ物を差し入れている。

「幽霊の生前を知りたくて、人を訪ねているんだ。
 ご当主でなくともよい。奥様の和佳さんには会えますか」

 なるべく静かに請う。
 信義は否と言った。

「奥様ひとりに知らない男と応対させたのでは高泰に怒られる。
 だめだよ。いったん帰りな」

 そう言った信義が、勇与のベルトに目を遣る。

「…あんたそれ」

 素早い動きで早道へ手を伸ばしてくるのを、勇与は咄嗟に身を引いて避けた。
 覚えず杖で信義の腕を弾く。

 触らせてはならないような気になったのだ。

「何するっ」

 信義が気色ばむ。
 
「大切な預かり物だ。無礼はよせ」

 勇与は次こそ本気で叩くというように杖の真ん中を握った。

「信義さん、お客様ですか?」

 突然信義の後ろから声がかかる。
 通用口でのやり取りが長く、不審がるような動きで近づいてくる女性がいた。

「奥様」

 邪魔なものを見るような目で見遣る。

「こちらは幽霊屋敷に滞在されている方でして。
 弟の生前を知りたいと申される」

 しぶしぶそのような事情を説明した。
 勇与はその女性に対して頭を下げる。
 
 誉とは顔立ちはあまり似ていない。
 性格は近いようで穏やかな空気があった。

「滞在されてどのくらいなんですか?」

 和佳と名乗った後で、彼女は勇与に尋ねる。

「何日間か…、1週間近いのかな。
 誉さんは大らかな方ですね。
 知らないおれに、同居をお許しくださいました」
「本当に幽霊?」

 確かめるような口調だった。

「そうだと思います。何せ、透けています。
 お互いにさわってもすり抜けるのです。

 誉さんは生きていれば50に近い方でしょう?
 でも、姿はおれより若いです」

 勇与は愉快そうに答える。
 和佳は一時うつむいて口を結んだ。
 それから勇与を見上げる。

「誉は両親が亡くなった後すぐ、いなくなったんですよ」

 その顔には観念したような気持ちが浮かんだ。

「やはり弟も亡くなっていたのですね。
 もしかして出奔なら、いまも元気にしているはずとどこかで縋っていましたの」

 ああ、成程。と勇与は先日の円明を思い出す。

「この信義さんは霊媒師をしておいでなのです。
 誉が死んでいるなら分かるはずなのですけど、はっきりしないと言うことでした。
 それであるいは生きているのかもと考えていました」

 和佳は頭を横に振って何事か振り落とすようにした。
 それからさっぱりと笑う。

「弟の生前と言っても、私が覚えているのは家での姿です。
 誉はあまり教えられたくないと思いますが、お答えいたしますよ」

 和佳はそうして、幼い頃からの話や成長してからの仕事ぶりなどを話した。

「誉は小さいころから大人しくて、誰とも喧嘩しないんです。
 背丈は大きいのにそっとしている子でした。

 気が小さいのとは違うんですよ。
 喧嘩で何か示せるならするが、そうではないからと言っていました」

 勇与は穏やかそうな彼の姿を思い浮かべる。
 喧嘩を買う方が簡単だろうに、彼はずっとそうして自分を制していたようだ。

「弟は商いが得意でした。
 このような田舎で育って無学なのですけど。
 訪れた先で外国の方とやりとりして取引を得るような子でした。
 ここでは外国語を話す人なんておりませんから、主人も珍しがっていました」

 和佳は弟とわりあい仲が良かったらしい。
 大きくなってからの誉の事もよく知っていた。

 ただ、その話す顔が苦しそうなのが気にかかる。
 何か胸につかえているのに口には出せないようだ。
 勇与はそばにいる信義のせいかと彼を目の端に見る。
 その手先は和佳をいつでも止められるよう緊張していた。

 いなくなる前の様子についても、特に変わりはなかったらしい。
 まっすぐに工場を継ぐべく勤しんでいた。

 やはりおやつが大好きだったそうである。
 仕入れに出かけた先でよく土地のものを買っていた。

「また、夜に誉さんが出てきたら何かお伝えいたしますか」

 勇与が去り際に聞く。
 ひとつ、と和佳は言った。

「謝らなければならないことがあります。

 実家には妖怪を封じていると伝わる匣がございました。
 その妖怪を打ち倒すために守刀もりがたなも伝わっていたのです。
 匣は誉とともに姿を消したので、私が刀だけを引き継ぎました。

 けれど10年ほど前、延井の家が火事にあった際に、刀も失われてしまいました」

 心を痛めているようだが、その重大さにはそこまで気づいていない様子である。

 延井を辞した後、田んぼの方へ歩いて行きながら勇与は嘆息した。
 和佳は本当に匣に詳しくはない。

 ベルトの小物入れのふたをそっと開けてみた。
 ちゃんと小箱が収まっているのを確認して再びとじる。

 野良仕事をしている年寄りに村長の評判を聞いてみた。
 概ねいい村長でである。
 そんな声が多かった。
 
 工場の転換についてだけ、不満があがる。
 徴収金が増えるのは困る。
 
 そうは言っても20年、村の自治を取り仕切ってきてくれた信頼は厚いようだった。
  

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