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9.次作ヒロインは平和と百合を享受した

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「やった、まだ売り切れてない!」

 学校帰り、大急ぎで寄った書店でついはしゃいだ声を上げる。
 もし教師がこの場に居たらはしたないと叱られてしまうだろう。

 けれどその場合叱られるのは私だけではない。
 魔法学校最寄りのこの書店には今私の同じ制服を着た少女が数人屯していた。

「サクラ乙女と黒ユリの姫、最新刊ゲットだぜ!」

 二人の美少女が描かれた文庫本を手に取りながら思わずガッツポーズをする。
 流石にそれは駄目だったらしく、周囲から白い目で見られ冷や汗をかいた。
 魔法学校内だったら、これだから平民はと貴族出身の生徒に嫌味を言われていたに違いない。

 でも私がこうなのは平民育ちだからじゃない。
 私には前世の記憶がある。
 今の私はアンズという名前の金髪碧眼の美少女だ。
 その前は黒髪に茶色い瞳の地味な顔の日本人だった。でも調べた限りだとこの世界に日本という国は無い。

 だけど私は日本という国を知っていて、それが自分の故郷だと小さい頃から思っていた。
 両親以外にはそれを言ったことが無い。頭がおかしい人扱いされるからだ。
 親に話していたのも六歳ぐらいまでだ。

 友達と遊ぶようになってわかったけれど、そういう妄想って結構大勢がしたことあるらしい。
 本当の自分はお姫様だとか、妖精だとか、聖女だとか。そんな感じで。
 ただそれをいつまでも信じて堂々と口にするのは恥ずかしいというのも共通認識だった。だから私も話さなくなったのだ。

 それに私の場合は話しても余り共感を得られないのだ。
 まず日本という国を知っている人がいない。
 そして何よりも今いるこの世界は私が前世でプレイしていた乙女ゲームと似ているのだ。

 でもこの世界には乙女ゲームなんて無いので、言っても伝わることが無い。
 そして最近は、私も乙女ゲームって何だっけという感じになっている。
 毎日充実しつつも忙しくて、正直生まれる前のことなんて考えている暇が無いのだ。

 私はレアな光の魔力持ちらしい。小学校の魔力テストでそれが判明した。
 そして学費が無料で、なおかつ卒業後給料の良い就職先を紹介して貰えると説明を受けて魔法学校に進むことになった。
 お金はあればあるほど良い。最近祖母が体調を崩しがちなので尚更だ。
 早く就職して、家計を支えたい。そう口にすると大抵の人が偉いねと褒めてくれる。

 たまにそれだけ美人なんだから働くより金持ちの男を捕まえて結婚すればと言ってくる人間もいる。
 腹が立つけれど、昔は私も似たようなことを考えていた。

 自分はこの世界の主人公で、その気になれば王子様や貴族と恋人になれるなんて怒られそうな妄想だ。
 当然誰にも言ったことは無い。それに今の私は恋愛よりも夢中なものがある。

 その一つが今日最新刊が発売されたこの大人気少女向け小説だ。
 孤児の少女が光の魔力に目覚め、貴族の養子となり魔法学校へ進学する。
 そして同級生で闇の魔力持ちの貴族令嬢と強い絆で結ばれつつ学校で起こるトラブルを解決するのだ。

 同級生の一人が「このヒロイン、貴女に似ているわ」と本を貸してくれたのがきっかけですっかりはまってしまった。
 放課後や休みの日にアルバイトをして貯めたお金で、数十巻ある既刊を頑張って揃えた。
 この小説が原作の舞台を観たり、友人たちとカフェで語り合うのも楽しみだ。

 でも光の魔力以外では私とヒロインはあまり似ていないと思っている。
 同じ平民出身だけれど、ヒロインは随分と過酷な環境で生きている。というか平民の暮らしが過酷なのだ。

 お金が無くて医者にも行けないとか考えられない。
 だって大きな町には必ず救護院があって、収入が低い人間は無料で医療が受けられる。
 薬だって普通に買える。
 でも祖母が子供だった頃はそうじゃなかったらしい。

 貴族が今よりももっと横暴で平民を馬車で轢いても無罪だったとか言われても信じられない。
 今でも貴族は偉そうな人が多いけれど、平民相手だろうが罪を犯せばきっちり裁かれる。
 それに彼らは救護院とかに多額の寄付をしているから実際偉い。

「今みたいに平民向けの本が出るなんて、考えられなかったわ」

 そう言いながら笑う祖母も半年前からサクラ乙女シリーズにはまっている。
 最初は私が朗読してあげていたけれど、今では字の勉強をして頑張って自分で読んでいる。

「この女の子と御令嬢、成長したら聖女様と補佐様みたいになりそうね」

 というか絶対あの御二人がモデルよね。そう皺だらけの頬を染めて彼女は力説する。
 数十年間神殿のトップに居る女性二人。
 祖母が言うにはどちらも凄い美女らしいが私は顔を見たことが無い。

 ただ年齢を考えれば今頃はどちらもお婆ちゃんになっているだろう。
 このサクラ乙女シリーズは今の聖女様が神殿に就任した翌年から始まったらしい。
 毎年一冊新刊が出て今回で六十巻目だ。自分が死ぬまでに完結して欲しいが最近の祖母の口癖だった。

「年一冊じゃなく、せめて半年に一冊のペースで新刊出してくれればいいのに」
「新しい聖女が来てくれたら、執筆ペースも上がるんだけどね」

 独り言に返事をされて思わず飛び上がる。
 恐る恐る振り向くと、そこには妙齢の美女が悪戯っぽい笑みで立っていた。
 可愛い系の顔立ちだが桃色の髪が上品にまとめられている為子供っぽさは無い。寧ろ神々しさを感じる。
 
「え、あの」
「貴女とか、素質ありそうよね。地獄の特訓して次期聖女にならない?」

 私そろそろ引退して恋人とイチャイチャしたいのよね。
 女神のような美女の唇から放たれる俗な発言に目を丸くしていると、いつのまにか黒髪の美女が彼女の隣に立っていた。
  
「……サクラ、若い娘にちょっかいかけるなって何回言ったらわかるのかしら?」
「あら、嫉妬?」
「あのね、平民の暮らしを観察するだけって言ったのは貴女よ。今すぐ神殿に帰りたいのかしら」
「やだ、心配しなくても私はずっとリリーナ一筋だよ?」
「いいから、正体がばれる前にさっさと来なさい!」

 そんな会話を小声で交わした後、高貴な雰囲気の黒髪の女性は桃色の髪の女性の手を引いて去っていった。
 小声だけどしっかり聞こえたのは私の魔力が人よりも強いかららしい。
 魔力は肉体機能を高めてくれていると先生が話していた。

 そして強い魔力とそれに適応した肉体を持つ者は常人よりも長く若々しい姿でいられるとも。
 サクラとリリーナ。それは祖母がよく話す聖女様と聖女補佐様の御名前と同じで。
 ついでに言えば先程の二人のカラーリングは今手に持つ小説のヒロイン二人にそっくりで。

「まさか、ね」

 内心浮かんだ答えを打ち消しながら、私は新刊を二冊買った。自分と祖母の分だ。
 感想を語り合う時用のクッキーと紅茶も買っていこう。

 祖母が娘だった時代は平民がお菓子を食べるなんて有り得なかったらしい。
 でも今は違う。平民出身の聖女様が庶民の暮らし向上に尽力してくれた結果だ。教科書で読んだ。

「ありがとう、聖女様」

 そう何重もの意味を込めて私は呟いた。
 執筆ペースが上がるなら、なろうかな。次期聖女。
 
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