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第一章
六十四話 王太子の憂鬱
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正直、妹姫が魔王に攫われたと報告を受けた時「まあいいや」と思った。
娘を気持ち悪いぐらいに溺愛する父王が国の騎士たちを魔王城に突撃させ大量に犬死にさせた時は「ふざけるな」と思った。
寧ろお前が単独で魔王城に挑んで老骨を散らしてこいとさえ思った。
結局ツテを頼り勇者の素質を持つ少年と、魔物のような怪力の女戦士、正体不明の魔女を雇って魔王討伐の旅に出させた。
正直本当に魔王を倒せるとは思っておらず、兵を温存させる為の生贄のようなものだった。
魔王城への道のりは困難で人間には辿り着けないつくりになっているらしい。
王女奪還に挑んだ騎士や兵士たちも魔王と会う前に死んで脱落した。
だが、勇者たちは見事魔王を退治してきた。更に王女も救出してきた。
このことに素直に感心したし、勇者というものは実在したのだと年甲斐もなく少年のように内心はしゃいだ。
妹も元気そうで良かったし、これで父も毎日喚き散らして泣き暮らすのをやめるだろう。
勇者が平和をもたらしてくれた。そう心から安らげたのはその日一日だけだった。
そう、この国の王太子アリューゼは溜息を吐く。
「勇者に会いにいきたい? 大嘘で拷問まで受けさせておいて?」
頭の中に蛆虫しか詰まってないのではないか。そうアリューゼは妹からの手紙を床に投げ捨てた。
便せんに吹き付けたらしい香水の匂いが不快だ。
王女付きの侍女が怯えた目でこちらを見た。別に愚妹と違い八つ当たりをする癖はないから安心して欲しい。
「あの、ライル様と結婚の約束をしていた女性が村を出たと聞いたらしくて……」
「それで、別れた恋人の間に割り込もうといのか。王女のやることではないな」
大体その作戦が成功するのは実行者に対し男側がある程度の好感を抱いている場合だけだ。
魔王の腹の子を勇者の子だと偽り、勇者が自分の子だと認めるまで拷問した女を好きになる男はいない。
彼は決して自分の子だとは認めなかったので事態に気づいた自分が救出しなければ死んでいたかもしれない。
酷い拷問の末、体に醜い傷跡が出来心を病んだ勇者はこのままだと死んでしまうと医師に判断された。
妹の言葉を無条件で信じる父は牢で死なせろと騒いだ。
だが彼が故郷に帰りたいと譫言のように繰り返すのを不憫に思い強引に故郷に運ばせた。
そのせいで王太子の座を剥奪されそうになったが、急に妹が産気づいたせいでそうならずに済んだ。
生まれた子供は蝙蝠のような肌を羽根を持っていた。確実に勇者の、人間の男との子ではなかった。
己の妹は、エア王女は姿や声こそは清楚で愛らしいが中身は汚濁だ。
魔王との子とはいえ産み落とした赤子を即に酒に漬けさせたと聞いた時は気が狂ったのかと思った。
「いずれ価値が出るかと思って」
美容や延命に効果があるといいわね。そうあっさりと言われた時心底目の前の女がおぞましくなった。
しかし今は恐ろしがっている場合ではない。妹が勇者ライルに会いに行こうとするのを阻止すべきだろう。
数か月前の勇者の故郷で起きた事件について報告は受けている。
魔族の報復対象が勇者たちや彼らの故郷になることは想定して当然のことだった。申し訳ない気持ちになる。
毒草に精神を蝕まれた勇者はまだ療養中らしい。そんな弱っている彼に妹を会わせる程己は非道ではない。
だが、自分が許可を出さなくても父親が出してしまうだろう。許可も金も護衛も。
それに勇者の身も心配だが、村の麓の街に住んでいるらしい彼の元婚約者の身も心配だ。
妹がついでとばかりに始末する可能性がある。そういう女なのだ。
アリューゼは頭を悩ませた。そして結局妹姫の外出に許可を出す。
代わりに護衛はこちらで手配すると主張した。勇者パーティーの女戦士と魔女。申し訳ないが彼女たちに頼るつもりだった。
当然エア王女の護衛が本命ではない、勇者とその元婚約者の身を守る為に王太子は二人を選んだのだ。
アリューゼは自分付きの執事を呼び書面を二枚したためる。
これは三人の女性が貸し切りの店で酒盛りをする一か月前の出来事だった。
娘を気持ち悪いぐらいに溺愛する父王が国の騎士たちを魔王城に突撃させ大量に犬死にさせた時は「ふざけるな」と思った。
寧ろお前が単独で魔王城に挑んで老骨を散らしてこいとさえ思った。
結局ツテを頼り勇者の素質を持つ少年と、魔物のような怪力の女戦士、正体不明の魔女を雇って魔王討伐の旅に出させた。
正直本当に魔王を倒せるとは思っておらず、兵を温存させる為の生贄のようなものだった。
魔王城への道のりは困難で人間には辿り着けないつくりになっているらしい。
王女奪還に挑んだ騎士や兵士たちも魔王と会う前に死んで脱落した。
だが、勇者たちは見事魔王を退治してきた。更に王女も救出してきた。
このことに素直に感心したし、勇者というものは実在したのだと年甲斐もなく少年のように内心はしゃいだ。
妹も元気そうで良かったし、これで父も毎日喚き散らして泣き暮らすのをやめるだろう。
勇者が平和をもたらしてくれた。そう心から安らげたのはその日一日だけだった。
そう、この国の王太子アリューゼは溜息を吐く。
「勇者に会いにいきたい? 大嘘で拷問まで受けさせておいて?」
頭の中に蛆虫しか詰まってないのではないか。そうアリューゼは妹からの手紙を床に投げ捨てた。
便せんに吹き付けたらしい香水の匂いが不快だ。
王女付きの侍女が怯えた目でこちらを見た。別に愚妹と違い八つ当たりをする癖はないから安心して欲しい。
「あの、ライル様と結婚の約束をしていた女性が村を出たと聞いたらしくて……」
「それで、別れた恋人の間に割り込もうといのか。王女のやることではないな」
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魔王の腹の子を勇者の子だと偽り、勇者が自分の子だと認めるまで拷問した女を好きになる男はいない。
彼は決して自分の子だとは認めなかったので事態に気づいた自分が救出しなければ死んでいたかもしれない。
酷い拷問の末、体に醜い傷跡が出来心を病んだ勇者はこのままだと死んでしまうと医師に判断された。
妹の言葉を無条件で信じる父は牢で死なせろと騒いだ。
だが彼が故郷に帰りたいと譫言のように繰り返すのを不憫に思い強引に故郷に運ばせた。
そのせいで王太子の座を剥奪されそうになったが、急に妹が産気づいたせいでそうならずに済んだ。
生まれた子供は蝙蝠のような肌を羽根を持っていた。確実に勇者の、人間の男との子ではなかった。
己の妹は、エア王女は姿や声こそは清楚で愛らしいが中身は汚濁だ。
魔王との子とはいえ産み落とした赤子を即に酒に漬けさせたと聞いた時は気が狂ったのかと思った。
「いずれ価値が出るかと思って」
美容や延命に効果があるといいわね。そうあっさりと言われた時心底目の前の女がおぞましくなった。
しかし今は恐ろしがっている場合ではない。妹が勇者ライルに会いに行こうとするのを阻止すべきだろう。
数か月前の勇者の故郷で起きた事件について報告は受けている。
魔族の報復対象が勇者たちや彼らの故郷になることは想定して当然のことだった。申し訳ない気持ちになる。
毒草に精神を蝕まれた勇者はまだ療養中らしい。そんな弱っている彼に妹を会わせる程己は非道ではない。
だが、自分が許可を出さなくても父親が出してしまうだろう。許可も金も護衛も。
それに勇者の身も心配だが、村の麓の街に住んでいるらしい彼の元婚約者の身も心配だ。
妹がついでとばかりに始末する可能性がある。そういう女なのだ。
アリューゼは頭を悩ませた。そして結局妹姫の外出に許可を出す。
代わりに護衛はこちらで手配すると主張した。勇者パーティーの女戦士と魔女。申し訳ないが彼女たちに頼るつもりだった。
当然エア王女の護衛が本命ではない、勇者とその元婚約者の身を守る為に王太子は二人を選んだのだ。
アリューゼは自分付きの執事を呼び書面を二枚したためる。
これは三人の女性が貸し切りの店で酒盛りをする一か月前の出来事だった。
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