65 / 66
第一章
六十三話
しおりを挟む
自分を救い出してくれた勇者に美しいお姫様が恋をする。
夢見る少女が好みそうな物語だと思う。
ただ夢物語と違うのは勇者には村で待っている女性がいて。
お姫様は心までは美しくなかったということだ。
彼女の愛を受け入れなかった勇者は怒った姫とその父王によって呪われてしまった。
そして勇者を庇った仲間たちも反逆者扱いされて力を封印されたのだ。
エミリアさんたちが話してくれた内容は私を王家嫌いにするのに十分だった。
「つまり、ライルもエミリアさんたちも、私も、レン兄さんも……リンナも全部その偉い人たちの被害者ですよね」
村の事件全部、いやそれだけでない。私がライルを看護していた数年間だって。
腹が立つという感情では済まない、もやもやした気持ちが私の中に渦を巻く。
「勇者の力を奪った人たちは魔王がいなくなってからお城で毎日優雅に暮らして、私たちは魔族からの復讐に怯えなければいけないんですか?」
「ライルを城に送るという方法もありますわ」
「それは絶対、嫌です」
城の人はライルなんて守ってくれないでしょうから。私は憮然とした顔でエミリアさんに答えた。
私の態度に彼女は少し不思議そうに首を傾げる。
「アディさんとライルは正式に婚約解消したと聞きましたけれど……」
「それとこれとは話が別です。結婚しないからと言って幼馴染だったことは変わらないから」
「優しいのね、アディちゃんは」
そうワインを優雅に飲みながらミランダさんが言う。そういう訳でもないと私は首を振った。
「優しいとかじゃなくて、ライルの功績に対して理不尽過ぎて……図々しくありませんか?」
私の台詞に珍しくミランダさんが吹き出しそうになった。
しかしワインを盛大に溢すことはなくハンカチで軽く口を隠して終わった。
「図々しい、ふふっ、確かに図々しいわね、そういう考え方をしたことはなかったわ」
確かに彼らは払う対価が少なすぎるわね。そう美しい瞳だけで笑ってミランダさんは立ち上がる。
「王家から護衛の仕事を頼まれていたけれど、やっぱり断ることにするわ」
「あら、まだ返事をしていなかったんですのミランダ。私なんて話が来た時点で即お断りいたしましたわ」
ミランダさんの言葉にけろりとした顔でエミリアさんが言う。
恩を仇で返すような真似をした相手にまだ仕事を依頼する王家の図々しさに私は心底呆れてしまった。
「全員断ったらライルに頼むしかないって脅しをかけてきてね、でもよく考えたら簡単なことだったわ」
彼らがライルの元に辿り着けないようにすればいいだけだもの。そうにっこりと酔いに染まった顔でミランダさんは笑う。
その手には透明な瓶が握られていた。
その中ではまるで庭のように複数の植物が小さいながらも茂っている。そこには土も敷かれているようだ。
まるで鑑賞物のような瓶を見つめていると、使い魔の住処よと言われぎょっとする。
「死にかけていた魔物草を拾っちゃってね。哀れなぐらい従順だし褒めてあげると凄く喜ぶから可愛いわ」
今回は彼にも活躍して貰いましょう。そう言いながら踊るように外に出てミランダさんは箒に飛び乗っていった。
店内に戻ったら会計分のお金が机に置かれていて驚く。
「わたくしはまだおりますわよ。美味しい食事は堪能する主義ですもの」
大皿の食事を上品に一人で平らげながらエミリアさんは言った。当然私に彼女の長居を嫌がる気持ちはない。
追加の料理を作りますかと訊くと、貴女も食事を楽しみなさいと言われた。なので彼女の向かいに座る。
そして自分の作った料理を口に運んだ。エミリアさんも食べ続けているから沈黙と咀嚼音が場を支配している。
暫くそのような時間を過ごした後でエミリアさんは空になった口を開いた。
「なんていうか、ライルとのこと、残念ですわね」
「……そうですね」
確かに残念というしかない。口惜しいという気持ちもある。
ライルに落ち度がなかったわけではないが、ライルだって別の人間に裏切られ酷い目に遭わされていた。
悲しいのはそんな事実を知っても私がライルに抱き続けた恋心は戻って来ないことだ。
「正直、そのお姫様、思いっきりビンタしたいんですよね」
寧ろ拳で何発も殴ってやりたい。私の台詞にエミリアさんはかなり激しくむせた。清潔な布巾と水を差しだす。
「なんだかもう死刑になってもいいから殴り倒したいって思うんですよ。ライルの敵討ちとかじゃなくて」
でも私が愛したライルも、ライルを愛していた私もそのお姫さまのせいで死んじゃったじゃないですか。
これで貴女は満足なんですかって訊いてみたいんです。そう私は言った。
「エア王女様とやらに何度だってそう訊いてみたいし嫌味だって言いたいし喧嘩だってしたいですね」
殴り合いの血が出る奴を。そう私は吐き捨てて手酌でワインを仰いだ。
今の生活だって悪い物じゃない。
得意の料理が仕事に出来たのは嬉しいし。エミリアさんとミランダさんが飲み友達みたいになったのは楽しい。
でも殴りたいものは殴りたい。ライルは女性を殴らないだろうから私が鈍器でなぐってやりたい。
酔ってぶつぶつ呟く私にエミリアさんは「わかりましたわ」と答えた。
夢見る少女が好みそうな物語だと思う。
ただ夢物語と違うのは勇者には村で待っている女性がいて。
お姫様は心までは美しくなかったということだ。
彼女の愛を受け入れなかった勇者は怒った姫とその父王によって呪われてしまった。
そして勇者を庇った仲間たちも反逆者扱いされて力を封印されたのだ。
エミリアさんたちが話してくれた内容は私を王家嫌いにするのに十分だった。
「つまり、ライルもエミリアさんたちも、私も、レン兄さんも……リンナも全部その偉い人たちの被害者ですよね」
村の事件全部、いやそれだけでない。私がライルを看護していた数年間だって。
腹が立つという感情では済まない、もやもやした気持ちが私の中に渦を巻く。
「勇者の力を奪った人たちは魔王がいなくなってからお城で毎日優雅に暮らして、私たちは魔族からの復讐に怯えなければいけないんですか?」
「ライルを城に送るという方法もありますわ」
「それは絶対、嫌です」
城の人はライルなんて守ってくれないでしょうから。私は憮然とした顔でエミリアさんに答えた。
私の態度に彼女は少し不思議そうに首を傾げる。
「アディさんとライルは正式に婚約解消したと聞きましたけれど……」
「それとこれとは話が別です。結婚しないからと言って幼馴染だったことは変わらないから」
「優しいのね、アディちゃんは」
そうワインを優雅に飲みながらミランダさんが言う。そういう訳でもないと私は首を振った。
「優しいとかじゃなくて、ライルの功績に対して理不尽過ぎて……図々しくありませんか?」
私の台詞に珍しくミランダさんが吹き出しそうになった。
しかしワインを盛大に溢すことはなくハンカチで軽く口を隠して終わった。
「図々しい、ふふっ、確かに図々しいわね、そういう考え方をしたことはなかったわ」
確かに彼らは払う対価が少なすぎるわね。そう美しい瞳だけで笑ってミランダさんは立ち上がる。
「王家から護衛の仕事を頼まれていたけれど、やっぱり断ることにするわ」
「あら、まだ返事をしていなかったんですのミランダ。私なんて話が来た時点で即お断りいたしましたわ」
ミランダさんの言葉にけろりとした顔でエミリアさんが言う。
恩を仇で返すような真似をした相手にまだ仕事を依頼する王家の図々しさに私は心底呆れてしまった。
「全員断ったらライルに頼むしかないって脅しをかけてきてね、でもよく考えたら簡単なことだったわ」
彼らがライルの元に辿り着けないようにすればいいだけだもの。そうにっこりと酔いに染まった顔でミランダさんは笑う。
その手には透明な瓶が握られていた。
その中ではまるで庭のように複数の植物が小さいながらも茂っている。そこには土も敷かれているようだ。
まるで鑑賞物のような瓶を見つめていると、使い魔の住処よと言われぎょっとする。
「死にかけていた魔物草を拾っちゃってね。哀れなぐらい従順だし褒めてあげると凄く喜ぶから可愛いわ」
今回は彼にも活躍して貰いましょう。そう言いながら踊るように外に出てミランダさんは箒に飛び乗っていった。
店内に戻ったら会計分のお金が机に置かれていて驚く。
「わたくしはまだおりますわよ。美味しい食事は堪能する主義ですもの」
大皿の食事を上品に一人で平らげながらエミリアさんは言った。当然私に彼女の長居を嫌がる気持ちはない。
追加の料理を作りますかと訊くと、貴女も食事を楽しみなさいと言われた。なので彼女の向かいに座る。
そして自分の作った料理を口に運んだ。エミリアさんも食べ続けているから沈黙と咀嚼音が場を支配している。
暫くそのような時間を過ごした後でエミリアさんは空になった口を開いた。
「なんていうか、ライルとのこと、残念ですわね」
「……そうですね」
確かに残念というしかない。口惜しいという気持ちもある。
ライルに落ち度がなかったわけではないが、ライルだって別の人間に裏切られ酷い目に遭わされていた。
悲しいのはそんな事実を知っても私がライルに抱き続けた恋心は戻って来ないことだ。
「正直、そのお姫様、思いっきりビンタしたいんですよね」
寧ろ拳で何発も殴ってやりたい。私の台詞にエミリアさんはかなり激しくむせた。清潔な布巾と水を差しだす。
「なんだかもう死刑になってもいいから殴り倒したいって思うんですよ。ライルの敵討ちとかじゃなくて」
でも私が愛したライルも、ライルを愛していた私もそのお姫さまのせいで死んじゃったじゃないですか。
これで貴女は満足なんですかって訊いてみたいんです。そう私は言った。
「エア王女様とやらに何度だってそう訊いてみたいし嫌味だって言いたいし喧嘩だってしたいですね」
殴り合いの血が出る奴を。そう私は吐き捨てて手酌でワインを仰いだ。
今の生活だって悪い物じゃない。
得意の料理が仕事に出来たのは嬉しいし。エミリアさんとミランダさんが飲み友達みたいになったのは楽しい。
でも殴りたいものは殴りたい。ライルは女性を殴らないだろうから私が鈍器でなぐってやりたい。
酔ってぶつぶつ呟く私にエミリアさんは「わかりましたわ」と答えた。
1
お気に入りに追加
6,093
あなたにおすすめの小説
隠密スキルでコレクター道まっしぐら
たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。
その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。
しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。
奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。
これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。
『忘れられた公爵家』の令嬢がその美貌を存分に発揮した3ヶ月
りょう。
ファンタジー
貴族達の中で『忘れられた公爵家』と言われるハイトランデ公爵家の娘セスティーナは、とんでもない美貌の持ち主だった。
1話だいたい1500字くらいを想定してます。
1話ごとにスポットが当たる場面が変わります。
更新は不定期。
完成後に完全修正した内容を小説家になろうに投稿予定です。
恋愛とファンタジーの中間のような話です。
主人公ががっつり恋愛をする話ではありませんのでご注意ください。
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
ヤンデレ悪役令嬢の前世は喪女でした。反省して婚約者へのストーキングを止めたら何故か向こうから近寄ってきます。
砂礫レキ
恋愛
伯爵令嬢リコリスは嫌われていると知りながら婚約者であるルシウスに常日頃からしつこく付き纏っていた。
ある日我慢の限界が来たルシウスに突き飛ばされリコリスは後頭部を強打する。
その結果自分の前世が20代後半喪女の乙女ゲーマーだったことと、
この世界が女性向け恋愛ゲーム『花ざかりスクールライフ』に酷似していることに気づく。
顔がほぼ見えない長い髪、血走った赤い目と青紫の唇で婚約者に執着する黒衣の悪役令嬢。
前世の記憶が戻ったことで自らのストーカー行為を反省した彼女は婚約解消と不気味過ぎる外見のイメージチェンジを決心するが……?
私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる