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第一章
五十八話 ※ある魔物視点
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ああ、やっぱり最悪の事態じゃないか。
勇者を殺すこともできないまま、つまらない嫌がらせを勇者の想い人にし続けて。
アデリーンが村を出るつもりになったことを地下で盗み聞きしたなら愚かにも慌てて。
彼女を挑発し自分を憎ませることで阻止しようとして失敗して。
挙句たまたま訪れた勇者の仲間に行動を不審がられて、本当に我が宿主は愚かでしかない。
大急ぎで地下に戻り本体であるリンナと対面しながらも双子草は内心の苛立ちを必死で隠した。
それでも抑えきれない恨み言は出てくる。
どうして後数日、せめてあの忌々しい女戦士どもが去るまで大人しくできなかったのか。
戦闘経験など全くないリンナは皮肉なことに落ち着いていた。
巨大な魔物となり地下を支配する己の力を過信しきっているのだ。
けれど植物は火にも氷にも弱いことを最早彼女の手下と化した双子草は知っている。
何より相手は魔王を倒した戦士たちだ。
奇跡的に勇者は毒草による精神汚染で無力化できたが、それは時間があったからこそできたことだ。
対峙して勝てる相手ではない。そう双子草は必死にリンナに説明する。
すると彼女はあっさりと双子草に命令を下した。
「じゃあ、あンたが戦ってきてよ」
戦ったとして倒せる筈がないだろう。村娘一人の体すら乗っ取れなかった己に。
せめて、今ここに魔樹将軍を呼ぶことができたなら。
勇者一同全員を倒しきれなくても、命と引き換えに手傷を負わせることは叶うだろうに。
いやせめて弱り切った勇者だけでも。
しかしその考えを全て知った上でリンナは双子草を嘲る。
「馬鹿ね、勝てなんて言ってない。あンたは戦って倒されろって言ッてるのよ」
悪い魔物としてね。
成程。身代わりか。
怒りを覚えるよりも、この愚かな女にもそんな策を考える頭があったのかと双子草は感心した。
双子草は最早リンナにとって末端の枝葉程度の認識でしかない。
女戦士たちには表面に出た枝の一本を切り落とさせることで地下にいる己に辿り着かせないつもりなのだ。
人間の姿をしたリンナが倒されたなら、もう双子草の擬人化能力だって不要だろう。
つまりこの女にとって己は用済みになるのだ。
「でもこの地下のことは絶対ばらしちャ駄目。別の場所で暴れなさい」
双子草の内心など頓着せずリンナは自らの都合のみで語り続ける。
村の中央で盛大に暴れるか、それともアデリーンの家を再度訪れて滅茶苦茶に暴れるか。
あの女の家を壊せばそれこそ村を出るのを後押しするだけではないか。
自らの死が急速に近づいた双子草は無力感に苛まれながらも、律儀に宿主へ意見する。
「確かにそうネ。 ……あら、あの二人、なんで……? でも、いいわね」
少しだけ考え込むそぶりを見せていたリンナが、突然遠くを見るような目をして独り言を呟き出す。
今や彼女は村内のほぼすべての範囲を盗聴できる。気になる会話を捕えたのだろう。
魔物としてのスペックだけなら大したものなのだ。ただ下らないことにしかそれを活かさないだけで。
「なるほど、墓地ね。決まったわ、あンたの死に場所」
今から勇者たちがそこにいくから、待ち伏せて戦いを挑みなさい。
暫くすれば女戦士たちもくるでしょう。
そこで私に憑依した魔物として派手に死ね。
リンナに正式に命じられ、反論は許さないどばかりに会話の手段も断たれる。
墓地が死に場所とは随分と悪趣味なことだ。
やや人間臭くなった思考で双子草は自嘲する。そして自嘲の裏で密かに謀り巡らせる。
リンナはこの後は念入りに自分を監視し操ろうとするだろう。
万が一にもこの場所を双子草の口から戦士たちに伝えられないようにする為だ。
だが双子草が攻撃を受ける間、恐らくリンナはこちらとの感覚の共有を嫌がるだろう。
致命傷の直前には確実に双子草を己から完全に切り離す筈だ。
そして死に絶えるまでの唯一自由になった時間で、勇者を殺す。
幸か不幸か墓場には双子草が色々と試したものが残っている。
死に向かう絶望感の中で、女の奴隷となった魔物はそれでも刹那の希望を夢見た。
勇者を殺すこともできないまま、つまらない嫌がらせを勇者の想い人にし続けて。
アデリーンが村を出るつもりになったことを地下で盗み聞きしたなら愚かにも慌てて。
彼女を挑発し自分を憎ませることで阻止しようとして失敗して。
挙句たまたま訪れた勇者の仲間に行動を不審がられて、本当に我が宿主は愚かでしかない。
大急ぎで地下に戻り本体であるリンナと対面しながらも双子草は内心の苛立ちを必死で隠した。
それでも抑えきれない恨み言は出てくる。
どうして後数日、せめてあの忌々しい女戦士どもが去るまで大人しくできなかったのか。
戦闘経験など全くないリンナは皮肉なことに落ち着いていた。
巨大な魔物となり地下を支配する己の力を過信しきっているのだ。
けれど植物は火にも氷にも弱いことを最早彼女の手下と化した双子草は知っている。
何より相手は魔王を倒した戦士たちだ。
奇跡的に勇者は毒草による精神汚染で無力化できたが、それは時間があったからこそできたことだ。
対峙して勝てる相手ではない。そう双子草は必死にリンナに説明する。
すると彼女はあっさりと双子草に命令を下した。
「じゃあ、あンたが戦ってきてよ」
戦ったとして倒せる筈がないだろう。村娘一人の体すら乗っ取れなかった己に。
せめて、今ここに魔樹将軍を呼ぶことができたなら。
勇者一同全員を倒しきれなくても、命と引き換えに手傷を負わせることは叶うだろうに。
いやせめて弱り切った勇者だけでも。
しかしその考えを全て知った上でリンナは双子草を嘲る。
「馬鹿ね、勝てなんて言ってない。あンたは戦って倒されろって言ッてるのよ」
悪い魔物としてね。
成程。身代わりか。
怒りを覚えるよりも、この愚かな女にもそんな策を考える頭があったのかと双子草は感心した。
双子草は最早リンナにとって末端の枝葉程度の認識でしかない。
女戦士たちには表面に出た枝の一本を切り落とさせることで地下にいる己に辿り着かせないつもりなのだ。
人間の姿をしたリンナが倒されたなら、もう双子草の擬人化能力だって不要だろう。
つまりこの女にとって己は用済みになるのだ。
「でもこの地下のことは絶対ばらしちャ駄目。別の場所で暴れなさい」
双子草の内心など頓着せずリンナは自らの都合のみで語り続ける。
村の中央で盛大に暴れるか、それともアデリーンの家を再度訪れて滅茶苦茶に暴れるか。
あの女の家を壊せばそれこそ村を出るのを後押しするだけではないか。
自らの死が急速に近づいた双子草は無力感に苛まれながらも、律儀に宿主へ意見する。
「確かにそうネ。 ……あら、あの二人、なんで……? でも、いいわね」
少しだけ考え込むそぶりを見せていたリンナが、突然遠くを見るような目をして独り言を呟き出す。
今や彼女は村内のほぼすべての範囲を盗聴できる。気になる会話を捕えたのだろう。
魔物としてのスペックだけなら大したものなのだ。ただ下らないことにしかそれを活かさないだけで。
「なるほど、墓地ね。決まったわ、あンたの死に場所」
今から勇者たちがそこにいくから、待ち伏せて戦いを挑みなさい。
暫くすれば女戦士たちもくるでしょう。
そこで私に憑依した魔物として派手に死ね。
リンナに正式に命じられ、反論は許さないどばかりに会話の手段も断たれる。
墓地が死に場所とは随分と悪趣味なことだ。
やや人間臭くなった思考で双子草は自嘲する。そして自嘲の裏で密かに謀り巡らせる。
リンナはこの後は念入りに自分を監視し操ろうとするだろう。
万が一にもこの場所を双子草の口から戦士たちに伝えられないようにする為だ。
だが双子草が攻撃を受ける間、恐らくリンナはこちらとの感覚の共有を嫌がるだろう。
致命傷の直前には確実に双子草を己から完全に切り離す筈だ。
そして死に絶えるまでの唯一自由になった時間で、勇者を殺す。
幸か不幸か墓場には双子草が色々と試したものが残っている。
死に向かう絶望感の中で、女の奴隷となった魔物はそれでも刹那の希望を夢見た。
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