勇者の帰りを待つだけだった私は居ても居なくても同じですか? ~負けヒロインの筈なのに歪んだ執着をされています~

砂礫レキ

文字の大きさ
上 下
58 / 66
第一章

五十七話 ※ある魔物視点

しおりを挟む
 アデリーンに奇妙な執着を見せている勇者とリンナ。

 こそこそと彼女の部屋に忍び込んでいる両名が鉢合わせするのは自然ななりゆきだったのだろう。

 勇者と対面したのは地下で魔植物となったリンナではなく、今や端末として操られている双子草の方だったが。

 殺されると、正直思った。勇者を前にした魔物なら当然の恐怖だった。

 だが、彼はひたすら狼狽していた。

 ふしだらな行為を第三者に見られ狼狽える愚かな若者のように。いや、愚かな凡人そのものだった。

 それを確信した双子草は勇者の殺害へと動く。しかしそれをリンナが止めた。

 魔植物の宿主は、アデリーンを精神的に痛めつける為にまだ彼に生きていてもらう必要があるのだと告げた。

 しかしこの時ばかりは双子草も必死で抵抗した、だが女王であるリンナから支配権を取り戻すことはできなかった。

 なぜ、己はこんなにも無力なのだろう。

 それは植物である為感情の希薄な双子草が初めて覚えた深刻な悲しみだった。

 自分は偉大なる魔樹将軍に直々に創られた存在の筈なのに、どうしてたかが人間の女の走狗と化しているのだろう。

 彼の願いである勇者討伐を果たせる絶好の機会だというのに。

 魔樹将軍は数千の植物の種をその身に宿し己が望む性能の魔植物を創り出すことが出来る。

 その彼に勇者殺害の手段として選ばれた己のこの無力さは何だと言うのだろう。

 最早言葉を自らの意思で発する権利すら取り上げられ地中のリンナの端末となり双子草は勇者を仕草と言葉で惑わす。

 アデリーンに他の男がいると囁くだけでライルは驚くほど簡単に自暴自棄になった。

 愛している筈の女の悪口を、こちらが唆すままに口にして歪んだ笑みで笑う。


「いや恋人とかまじ無理だよ、あいつ地味で居ても居なくても同じだし」


 それは、そう思えたら楽になると言う暗示でしかない。

 なぜなら勇者は笑いながら涙を流しているのだから。

 勇者という存在でありながら相手の男を殺して女を奪う気概もないのか。そこが魔族と人間の違いなのか。

 扉の向こうに人間の気配を感じる。アデリーンだろう。

 今すぐ扉を蹴破り怒鳴り込めばいいと思うがそれもしない。ただ嗚咽のような微かな声が聞こえた。

 扉を隔てて男と女が泣いている。

 魔王を討伐した勇者と、故郷で帰りを待っていた女という立場に似合わない惨めさだった。

 その事態を招いたリンナだけが双子草にのみ聞こえる声でひたすら醜く哄笑していた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

姉妹差別の末路

京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します! 妹嫌悪。ゆるゆる設定 ※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

今度こそ幸せになります! 小話集

斎木リコ
ファンタジー
『今度こそ幸せになります!』の小話集です。

処理中です...