勇者の帰りを待つだけだった私は居ても居なくても同じですか? ~負けヒロインの筈なのに歪んだ執着をされています~

砂礫レキ

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第一章

三十三話

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「私の、部屋……」

「そうよ。窓が開いた状態で数時間放置されていたからわかりやすかったのかもしれない」


 風に飛ばされてきた非常に小さな種たちが部屋の中に舞っていたわ。

 そう告げられ私は言葉を失った。

 窓に鍵はかけていなかったが、しかし窓を開けて外出した覚えはない。

   
「その種は亡霊綿毛という植物のものでね。体内に入り込んでも肉体には害を及ぼさないの」


 だが人間の精神を憑りついた悪霊のように弄ぶ。恐ろしいことを言いながら腰の皮袋から透明な板を取り出す。
 
 差し出され、よくよく注意して見てみると真ん中に小さな種が挟まれていた。見覚えがある。

 干した後のシーツや衣類などにたまに付着している綿毛だ。


「これは嘘雪草の種じゃないんですか?」


 嘘雪草は花自体は可愛らしくも地味だが、花が枯れた後に綿のような独特の姿になる。

 その綿毛の先には小さな種がついていて、風に吹かれて遠くまで飛んでいくのだ。

 暖かい季節にしか咲かず、白くふわふわと舞い飛ぶ様が偽物の雪のような植物である。

 寒くない場所ならどこにでも生えている雑草で、村などでは花弁を干して茶に混ぜて飲んだりする。


「よく似ているけれど違うわ。これは嘘雪草よりも若干種が小さくて周りが少しぬめっているように見えるでしょう?」

「……言われてみれば、そんな気も」


 すると言いたいがそもそも良く似た植物が存在することを知らなかったので比較が難しい。

 言葉を濁した私を追及することもなく魔女は初めて聞く植物についての解説を始めた。


「亡霊綿毛は嘘雪草と一緒に生えている場合があるわ。二つとも種だけでなく花や葉の形もよく似ているわね」

「それは……紛らわしいですね」

「そうね。それなのに嘘雪草と違って有害だから面倒だわ」

 
 風に飛ばされた亡霊綿毛の種が耳や口などから体内に入った場合、暫くすると種の外皮が熱でとろりと溶け出す。

 そして粘液のようなったそれに包まれ種は内側に張り付く。そうミランダさんは語った。

 その溶けた外皮に精神に作用する毒性があるのだと。
 

「個人差はあるけれど、体内に種を取り込んでから二日程で常時気鬱になるわ。喜びや楽しさを強く感じなくなる」

「え……」

「その後不安症状が強くなって、些細なことで落ち込むようになる。そして自分が周りから嫌われたり馬鹿にされたりしていると思いこむようになる」
 
「思い込む?」

「責める幻聴(こえ)が聞こえ始めるとかなり不味い段階だわ。末期には自分への罵詈雑言が頭の中で常時鳴り響くようになって眠れなくなる。この時点で室内や人の多い場所を避けだす。森などに逃げて自殺する場合が多いわ」


 そして、その亡骸が種たちの養分になる。

 なんと恐ろしい植物なのだろう。ミランダさんの説明に私はぞっとした。


「でも大抵は手遅れになる前に家族や周囲が気づいて薬師とかに診せるのよ。だって明らかに様子がおかしくなっていくのだもの。……先程までの私みたいにね」


 ただ普段から悩みを抱えていたり暗い気持ちを抱えていたりする人は気づかれず手遅れになりやすいみたいね。

 そう突き放すように言われる。違う、ミランダさんはそんなに冷たく言った訳ではない。私が勝手にそう感じただけだ。

 ……もしかしてこれが、亡霊綿毛の効果なのだろうか。

 ぐるぐるとそんなことを思い巡らせている私の目の前に、白く美しい手が差し出される。


「私が不安にさせたから、アディちゃんの症状も再発したみたいね。ごめんなさい」

「ミランダさん……」


 彼女の広げられた掌には何かを固めたような大き目の黒い粒が数個並んでいた。

 なんだか形容のしがたい悪臭がする。

 腐臭ともまた違う、なんというか嗅いでいるだけで口の中が苦くなる嫌な臭いだ。


「この薬に害はないわ。寧ろ健康にはいい。ただ苦いし臭いし辛いし後味は暫く残り続けて最悪。……でも、だからこそ症状に勝てる」

「症状に、勝てる?」

「口の中が大変なことになっている間は落ち込んでいる余裕なんてないってことよ。……奥歯で磨り潰すように噛んで。ゆっくりよ。」


 そうして飲み込みなさい。

 私は少し躊躇ったが、結局は美しい魔女に言われた通りにした。
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