34 / 66
第一章
三十三話
しおりを挟む
「私の、部屋……」
「そうよ。窓が開いた状態で数時間放置されていたからわかりやすかったのかもしれない」
風に飛ばされてきた非常に小さな種たちが部屋の中に舞っていたわ。
そう告げられ私は言葉を失った。
窓に鍵はかけていなかったが、しかし窓を開けて外出した覚えはない。
「その種は亡霊綿毛という植物のものでね。体内に入り込んでも肉体には害を及ぼさないの」
だが人間の精神を憑りついた悪霊のように弄ぶ。恐ろしいことを言いながら腰の皮袋から透明な板を取り出す。
差し出され、よくよく注意して見てみると真ん中に小さな種が挟まれていた。見覚えがある。
干した後のシーツや衣類などにたまに付着している綿毛だ。
「これは嘘雪草の種じゃないんですか?」
嘘雪草は花自体は可愛らしくも地味だが、花が枯れた後に綿のような独特の姿になる。
その綿毛の先には小さな種がついていて、風に吹かれて遠くまで飛んでいくのだ。
暖かい季節にしか咲かず、白くふわふわと舞い飛ぶ様が偽物の雪のような植物である。
寒くない場所ならどこにでも生えている雑草で、村などでは花弁を干して茶に混ぜて飲んだりする。
「よく似ているけれど違うわ。これは嘘雪草よりも若干種が小さくて周りが少しぬめっているように見えるでしょう?」
「……言われてみれば、そんな気も」
すると言いたいがそもそも良く似た植物が存在することを知らなかったので比較が難しい。
言葉を濁した私を追及することもなく魔女は初めて聞く植物についての解説を始めた。
「亡霊綿毛は嘘雪草と一緒に生えている場合があるわ。二つとも種だけでなく花や葉の形もよく似ているわね」
「それは……紛らわしいですね」
「そうね。それなのに嘘雪草と違って有害だから面倒だわ」
風に飛ばされた亡霊綿毛の種が耳や口などから体内に入った場合、暫くすると種の外皮が熱でとろりと溶け出す。
そして粘液のようなったそれに包まれ種は内側に張り付く。そうミランダさんは語った。
その溶けた外皮に精神に作用する毒性があるのだと。
「個人差はあるけれど、体内に種を取り込んでから二日程で常時気鬱になるわ。喜びや楽しさを強く感じなくなる」
「え……」
「その後不安症状が強くなって、些細なことで落ち込むようになる。そして自分が周りから嫌われたり馬鹿にされたりしていると思いこむようになる」
「思い込む?」
「責める幻聴(こえ)が聞こえ始めるとかなり不味い段階だわ。末期には自分への罵詈雑言が頭の中で常時鳴り響くようになって眠れなくなる。この時点で室内や人の多い場所を避けだす。森などに逃げて自殺する場合が多いわ」
そして、その亡骸が種たちの養分になる。
なんと恐ろしい植物なのだろう。ミランダさんの説明に私はぞっとした。
「でも大抵は手遅れになる前に家族や周囲が気づいて薬師とかに診せるのよ。だって明らかに様子がおかしくなっていくのだもの。……先程までの私みたいにね」
ただ普段から悩みを抱えていたり暗い気持ちを抱えていたりする人は気づかれず手遅れになりやすいみたいね。
そう突き放すように言われる。違う、ミランダさんはそんなに冷たく言った訳ではない。私が勝手にそう感じただけだ。
……もしかしてこれが、亡霊綿毛の効果なのだろうか。
ぐるぐるとそんなことを思い巡らせている私の目の前に、白く美しい手が差し出される。
「私が不安にさせたから、アディちゃんの症状も再発したみたいね。ごめんなさい」
「ミランダさん……」
彼女の広げられた掌には何かを固めたような大き目の黒い粒が数個並んでいた。
なんだか形容のしがたい悪臭がする。
腐臭ともまた違う、なんというか嗅いでいるだけで口の中が苦くなる嫌な臭いだ。
「この薬に害はないわ。寧ろ健康にはいい。ただ苦いし臭いし辛いし後味は暫く残り続けて最悪。……でも、だからこそ症状に勝てる」
「症状に、勝てる?」
「口の中が大変なことになっている間は落ち込んでいる余裕なんてないってことよ。……奥歯で磨り潰すように噛んで。ゆっくりよ。」
そうして飲み込みなさい。
私は少し躊躇ったが、結局は美しい魔女に言われた通りにした。
「そうよ。窓が開いた状態で数時間放置されていたからわかりやすかったのかもしれない」
風に飛ばされてきた非常に小さな種たちが部屋の中に舞っていたわ。
そう告げられ私は言葉を失った。
窓に鍵はかけていなかったが、しかし窓を開けて外出した覚えはない。
「その種は亡霊綿毛という植物のものでね。体内に入り込んでも肉体には害を及ぼさないの」
だが人間の精神を憑りついた悪霊のように弄ぶ。恐ろしいことを言いながら腰の皮袋から透明な板を取り出す。
差し出され、よくよく注意して見てみると真ん中に小さな種が挟まれていた。見覚えがある。
干した後のシーツや衣類などにたまに付着している綿毛だ。
「これは嘘雪草の種じゃないんですか?」
嘘雪草は花自体は可愛らしくも地味だが、花が枯れた後に綿のような独特の姿になる。
その綿毛の先には小さな種がついていて、風に吹かれて遠くまで飛んでいくのだ。
暖かい季節にしか咲かず、白くふわふわと舞い飛ぶ様が偽物の雪のような植物である。
寒くない場所ならどこにでも生えている雑草で、村などでは花弁を干して茶に混ぜて飲んだりする。
「よく似ているけれど違うわ。これは嘘雪草よりも若干種が小さくて周りが少しぬめっているように見えるでしょう?」
「……言われてみれば、そんな気も」
すると言いたいがそもそも良く似た植物が存在することを知らなかったので比較が難しい。
言葉を濁した私を追及することもなく魔女は初めて聞く植物についての解説を始めた。
「亡霊綿毛は嘘雪草と一緒に生えている場合があるわ。二つとも種だけでなく花や葉の形もよく似ているわね」
「それは……紛らわしいですね」
「そうね。それなのに嘘雪草と違って有害だから面倒だわ」
風に飛ばされた亡霊綿毛の種が耳や口などから体内に入った場合、暫くすると種の外皮が熱でとろりと溶け出す。
そして粘液のようなったそれに包まれ種は内側に張り付く。そうミランダさんは語った。
その溶けた外皮に精神に作用する毒性があるのだと。
「個人差はあるけれど、体内に種を取り込んでから二日程で常時気鬱になるわ。喜びや楽しさを強く感じなくなる」
「え……」
「その後不安症状が強くなって、些細なことで落ち込むようになる。そして自分が周りから嫌われたり馬鹿にされたりしていると思いこむようになる」
「思い込む?」
「責める幻聴(こえ)が聞こえ始めるとかなり不味い段階だわ。末期には自分への罵詈雑言が頭の中で常時鳴り響くようになって眠れなくなる。この時点で室内や人の多い場所を避けだす。森などに逃げて自殺する場合が多いわ」
そして、その亡骸が種たちの養分になる。
なんと恐ろしい植物なのだろう。ミランダさんの説明に私はぞっとした。
「でも大抵は手遅れになる前に家族や周囲が気づいて薬師とかに診せるのよ。だって明らかに様子がおかしくなっていくのだもの。……先程までの私みたいにね」
ただ普段から悩みを抱えていたり暗い気持ちを抱えていたりする人は気づかれず手遅れになりやすいみたいね。
そう突き放すように言われる。違う、ミランダさんはそんなに冷たく言った訳ではない。私が勝手にそう感じただけだ。
……もしかしてこれが、亡霊綿毛の効果なのだろうか。
ぐるぐるとそんなことを思い巡らせている私の目の前に、白く美しい手が差し出される。
「私が不安にさせたから、アディちゃんの症状も再発したみたいね。ごめんなさい」
「ミランダさん……」
彼女の広げられた掌には何かを固めたような大き目の黒い粒が数個並んでいた。
なんだか形容のしがたい悪臭がする。
腐臭ともまた違う、なんというか嗅いでいるだけで口の中が苦くなる嫌な臭いだ。
「この薬に害はないわ。寧ろ健康にはいい。ただ苦いし臭いし辛いし後味は暫く残り続けて最悪。……でも、だからこそ症状に勝てる」
「症状に、勝てる?」
「口の中が大変なことになっている間は落ち込んでいる余裕なんてないってことよ。……奥歯で磨り潰すように噛んで。ゆっくりよ。」
そうして飲み込みなさい。
私は少し躊躇ったが、結局は美しい魔女に言われた通りにした。
11
お気に入りに追加
6,090
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
姉妹差別の末路
京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します!
妹嫌悪。ゆるゆる設定
※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
勇者の幼馴染は、いつも選ばれない。
柑橘 橙
恋愛
「家族を迎えに行ってくる」
そういって、連れていかれた母と弟を追いかけた父。
「魔王を倒してくる」
そういって、魔王の一人を倒しに旅立った幼馴染。
――え?私は?
※思い付いて、頭から離れなかったストーリーです。
※※他サイトにも掲載しています。
※※※お読みくださってありがとうございます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる