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第一章
三十話
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「それが、地下への入り口?」
本当にあったのね。鉢を宙に浮かせながらミランダさんが言う。
私はそれに返事を返しながら指先で取っ手を掴んだ。
一本の細い板のようなそれの片方を強く押すと逆側が持ち上がる仕組みだ。
地下への扉はそこまで重くなかった。扉というよりも蓋という感じだ。
途中までは片手で持ち上げて、十分な隙間ができたら両手を使う。
「よっこい、しょっと……!」
勢いをつけて扉を外すと、四角い闇が現れる。
そして部屋に入った時と比べ物にならない程生臭い匂いが鼻を直撃した。
思わず咳込む私にミランダさんが心配するような声をかける。
「だ、大丈夫、です」
ポケットからハンカチを取り出し顔半分を押さえる。
堆肥とはまた違う、なんというか血が腐ったような酷い臭いがする。
音もなく鉢を床に置いてミランダさんは私へ歩み寄る。
「目や喉は痛くなったりしていない?」
幸いにもそのようなことはなかった。ただ、このまますぐに突入するのは無理だ。
少なくとも、大き目の布などで鼻から下を隠すぐらいの対策はした方がいい。
この家に丁度いいものがあるといいのだが、私は立ち上がって室内を見渡す。
そうしてあることに気づいた。
ミランダさんが先程まで持ち上げていた鉢だが、土の表面が見事に凍り付いている。
まるで霜が降りたように。ちょうど真ん中辺りが奇妙に盛り上がっていた。
「うっ」
土から少しだけ出ていた部分を中止して私は小さく叫ぶ。それは人間の指先に見えた。
触らない方がいいわよ。私の視線に気づいたのか彼女は注意の言葉を投げかけた。
「貴女が地下への扉を開けた途端、鉢の中がいきなり暴れだしたのよ」
だから暫く魔法で凍らせていた。そう何でもないことのようにミランダさんは言った。
植物は霜にも弱いけれど、できたら安全な場所で焼却したいわね。
そう言いながら再度鉢を浮かせ、結局いい場所を見つけられなかったのか先程の場所に戻した。
どう見ても人間の体にしか見えないけれど、植物なのか。
私がそう尋ねるとミランダさんは頷く。そして何事か呟くと同時に凍り付いた土の表面が割れた。
そして先程まで僅かに見えていた植物が掘り起こされたように出てくる。
矢張り人間の大人の腕にしか見えない。指先から肘の先まで見えるそれは凍結から解放されて蠢き出していた。
これが本当に植物だというのか。
「これは、手招き草。管理されていない墓場とかにたまに生えているわね」
遺体に種が付着すると、その死肉を糧に成長し人の腕そっくりの姿になる。日があるうちは地中に潜っている。
曇りや夜になると出てきて通りすがりの小動物などをその手で器用に捕まえ潜りそのまま衰弱死させる。
人間にはそこまで害はないが群生している場合はその限りではない。この植物は『協力』するからだ。
そう表情一つ変えずミランダさんは説明する。地面から生物を捕食する手が何本もゆらゆらと生えている光景を思い浮かべ吐き気を堪えた。
恐らく魔物によって、より凶悪に改良されているものだと言いながら彼女はさっさと燃やしてしまいたいと溜息を吐いた。
うっかり繁殖などされたらたまったものではないと。
「なんでそんなおぞましい物がこの家に……」
「地下への侵入者を仕留める為の罠でしょうね。鉢の裏に魔法陣みたいなものが書いてあるし」
「本当……扉の裏にも似たような物が書いてありますね」
「仕組みが分かっていれば鉢を遠ざけてから扉を開ければいい。鉢は見た目ほど重くはないもの」
けれど最低限の距離しか取らなければ扉を外した直後に横合いから突き飛ばされる。
捕らえられて暴れれば鉢ごと地下に落ちる。
そう、この底なしに見える闇の中に。
「……ここを降りたら手招き草なんて目じゃない化け物がいそうね」
ミランダさんの言葉に私はぞっとした。
本当にあったのね。鉢を宙に浮かせながらミランダさんが言う。
私はそれに返事を返しながら指先で取っ手を掴んだ。
一本の細い板のようなそれの片方を強く押すと逆側が持ち上がる仕組みだ。
地下への扉はそこまで重くなかった。扉というよりも蓋という感じだ。
途中までは片手で持ち上げて、十分な隙間ができたら両手を使う。
「よっこい、しょっと……!」
勢いをつけて扉を外すと、四角い闇が現れる。
そして部屋に入った時と比べ物にならない程生臭い匂いが鼻を直撃した。
思わず咳込む私にミランダさんが心配するような声をかける。
「だ、大丈夫、です」
ポケットからハンカチを取り出し顔半分を押さえる。
堆肥とはまた違う、なんというか血が腐ったような酷い臭いがする。
音もなく鉢を床に置いてミランダさんは私へ歩み寄る。
「目や喉は痛くなったりしていない?」
幸いにもそのようなことはなかった。ただ、このまますぐに突入するのは無理だ。
少なくとも、大き目の布などで鼻から下を隠すぐらいの対策はした方がいい。
この家に丁度いいものがあるといいのだが、私は立ち上がって室内を見渡す。
そうしてあることに気づいた。
ミランダさんが先程まで持ち上げていた鉢だが、土の表面が見事に凍り付いている。
まるで霜が降りたように。ちょうど真ん中辺りが奇妙に盛り上がっていた。
「うっ」
土から少しだけ出ていた部分を中止して私は小さく叫ぶ。それは人間の指先に見えた。
触らない方がいいわよ。私の視線に気づいたのか彼女は注意の言葉を投げかけた。
「貴女が地下への扉を開けた途端、鉢の中がいきなり暴れだしたのよ」
だから暫く魔法で凍らせていた。そう何でもないことのようにミランダさんは言った。
植物は霜にも弱いけれど、できたら安全な場所で焼却したいわね。
そう言いながら再度鉢を浮かせ、結局いい場所を見つけられなかったのか先程の場所に戻した。
どう見ても人間の体にしか見えないけれど、植物なのか。
私がそう尋ねるとミランダさんは頷く。そして何事か呟くと同時に凍り付いた土の表面が割れた。
そして先程まで僅かに見えていた植物が掘り起こされたように出てくる。
矢張り人間の大人の腕にしか見えない。指先から肘の先まで見えるそれは凍結から解放されて蠢き出していた。
これが本当に植物だというのか。
「これは、手招き草。管理されていない墓場とかにたまに生えているわね」
遺体に種が付着すると、その死肉を糧に成長し人の腕そっくりの姿になる。日があるうちは地中に潜っている。
曇りや夜になると出てきて通りすがりの小動物などをその手で器用に捕まえ潜りそのまま衰弱死させる。
人間にはそこまで害はないが群生している場合はその限りではない。この植物は『協力』するからだ。
そう表情一つ変えずミランダさんは説明する。地面から生物を捕食する手が何本もゆらゆらと生えている光景を思い浮かべ吐き気を堪えた。
恐らく魔物によって、より凶悪に改良されているものだと言いながら彼女はさっさと燃やしてしまいたいと溜息を吐いた。
うっかり繁殖などされたらたまったものではないと。
「なんでそんなおぞましい物がこの家に……」
「地下への侵入者を仕留める為の罠でしょうね。鉢の裏に魔法陣みたいなものが書いてあるし」
「本当……扉の裏にも似たような物が書いてありますね」
「仕組みが分かっていれば鉢を遠ざけてから扉を開ければいい。鉢は見た目ほど重くはないもの」
けれど最低限の距離しか取らなければ扉を外した直後に横合いから突き飛ばされる。
捕らえられて暴れれば鉢ごと地下に落ちる。
そう、この底なしに見える闇の中に。
「……ここを降りたら手招き草なんて目じゃない化け物がいそうね」
ミランダさんの言葉に私はぞっとした。
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