16 / 66
第一章
十五話
しおりを挟む
リンナの家も無人だった。
ただレン兄さんの時とは状況が違う。
村外れにあるその家の扉は開かれていた。
「お邪魔します」
私が代表して中に向かって声をかけてみる。数十秒待っても返事どころかなんの物音も返ってこなかった。
これはおかしい。
外出する時に鍵をかけないのはこの村では珍しくはない。
ただ近くにいないのに扉を開け放したままにしているのは流石に異常だ。
特にこの家は森の近くにある。冬でもない限りそんなことをすれば中に虫が入ってきてしまう。
『お邪魔しましょう!!』
エミリアさんの決断に従って私はリンナの家に侵入した。
今は両親と彼女の三人暮らしのその家は、やたらと青臭く土の臭いがした。
どうにもリンナの派手なイメージとは異なる。
ただそれには理由がある。
『このお宅、やたら鉢植えが多いですわね』
エミリアさんの言葉に私は頷いた。
リンナとは滅多に話さないが彼女の母親とは雑貨屋で会った時に軽く話をする間柄だ。
最近娘が植物を育てることに夢中になっていると聞かされたのはいつ頃だろうか。
花や草なら裏の森に幾らでもあるのにと笑っていたおばさんは娘を咎める気はなさそうだった。
しかし今室内にある植物は全部同種のようだが、森では見当たらない葉の形をしている
一階だけで小さくない鉢植えが五、六個ある。その内蕾がついているのは一つ。
今にも咲きそうなその姿に奇妙に心がざわつき、指先で膨らんだ赤を軽くつついた。
「タスケテクレ」
ふるりと揺れた蕾が吐き出したのは老年の男性の声だった。
「は?」
「タスケテクレ、アディ、ツマヲ、タスケ、」
それがリンナの父親の声だと気づいた途端私は腰を抜かした。
なぜ彼の声が、鉢植えの花から聞こえてくるのだ。
私の目の前で蕾がゆっくりと開いていく。リンナが持っていた皿に描かれていた赤い花を思い出した。
「ひっ、ひ……」
満開になった花の中央には小さな老人の顔があった。
それが苦悶した表情を浮かべる、リンナの父親のものだと気づいた瞬間私は意識を手放しそうになる。
「はじめましてですわ!!!」
すぐ側に雷が落ちたような衝撃が私の背筋を伸ばした。
実際に傍らにいるのは雷ではなくエミリアさんだ。
彼女の美しい顔には恐怖も嫌悪も一切浮かんでいなかった。
そしてエミリアさんは人面花に向かって丁寧に頭を下げる。
「私、ライルの知人のエミリアと申します!!必ず奥様はお救いいたしますわ!!」
それで奥様はどちらにいらっしゃるのでしょう?
そうエミリアさんに尋ねられ花の中央にある顔はぽかんと口を開けていた。
けれど、エミリアさんと暫く見つめ合った後その葉が人間の腕のように動いて勝手口を差す。
「タノ、タノミマス、ツマヲ、ムスメヲ……」
そう涙を流しながら懇願する花にエミリアさんは躊躇いなく「わかりましたわ」と頷いた。
先程私に告げたリンナを倒す覚悟など存在しないように。それが彼女の強さなのだと思った。
玄関と同じように勝手口のドアも開かれていた。そして私はあることに気づく。
床に置かれた鉢植えだ。よく見れば細い根が幾つも下からはみ出している。
そしてそれは全部、森へつながる勝手口の方へ這うように絡まり合って伸びていた。
『アデリーンさん、この扉の向こうには何がありますの?』
エミリアさんの質問に私は小さな森がありますと答えた。
そして森を抜けたその奥には。
「この村の共同墓地があります……!」
そこにはライルの両親を始め大勢の人が埋葬されている。
私の台詞にエミリアさんは嫌な予感しかしませんわねと真顔で呟いた。
ただレン兄さんの時とは状況が違う。
村外れにあるその家の扉は開かれていた。
「お邪魔します」
私が代表して中に向かって声をかけてみる。数十秒待っても返事どころかなんの物音も返ってこなかった。
これはおかしい。
外出する時に鍵をかけないのはこの村では珍しくはない。
ただ近くにいないのに扉を開け放したままにしているのは流石に異常だ。
特にこの家は森の近くにある。冬でもない限りそんなことをすれば中に虫が入ってきてしまう。
『お邪魔しましょう!!』
エミリアさんの決断に従って私はリンナの家に侵入した。
今は両親と彼女の三人暮らしのその家は、やたらと青臭く土の臭いがした。
どうにもリンナの派手なイメージとは異なる。
ただそれには理由がある。
『このお宅、やたら鉢植えが多いですわね』
エミリアさんの言葉に私は頷いた。
リンナとは滅多に話さないが彼女の母親とは雑貨屋で会った時に軽く話をする間柄だ。
最近娘が植物を育てることに夢中になっていると聞かされたのはいつ頃だろうか。
花や草なら裏の森に幾らでもあるのにと笑っていたおばさんは娘を咎める気はなさそうだった。
しかし今室内にある植物は全部同種のようだが、森では見当たらない葉の形をしている
一階だけで小さくない鉢植えが五、六個ある。その内蕾がついているのは一つ。
今にも咲きそうなその姿に奇妙に心がざわつき、指先で膨らんだ赤を軽くつついた。
「タスケテクレ」
ふるりと揺れた蕾が吐き出したのは老年の男性の声だった。
「は?」
「タスケテクレ、アディ、ツマヲ、タスケ、」
それがリンナの父親の声だと気づいた途端私は腰を抜かした。
なぜ彼の声が、鉢植えの花から聞こえてくるのだ。
私の目の前で蕾がゆっくりと開いていく。リンナが持っていた皿に描かれていた赤い花を思い出した。
「ひっ、ひ……」
満開になった花の中央には小さな老人の顔があった。
それが苦悶した表情を浮かべる、リンナの父親のものだと気づいた瞬間私は意識を手放しそうになる。
「はじめましてですわ!!!」
すぐ側に雷が落ちたような衝撃が私の背筋を伸ばした。
実際に傍らにいるのは雷ではなくエミリアさんだ。
彼女の美しい顔には恐怖も嫌悪も一切浮かんでいなかった。
そしてエミリアさんは人面花に向かって丁寧に頭を下げる。
「私、ライルの知人のエミリアと申します!!必ず奥様はお救いいたしますわ!!」
それで奥様はどちらにいらっしゃるのでしょう?
そうエミリアさんに尋ねられ花の中央にある顔はぽかんと口を開けていた。
けれど、エミリアさんと暫く見つめ合った後その葉が人間の腕のように動いて勝手口を差す。
「タノ、タノミマス、ツマヲ、ムスメヲ……」
そう涙を流しながら懇願する花にエミリアさんは躊躇いなく「わかりましたわ」と頷いた。
先程私に告げたリンナを倒す覚悟など存在しないように。それが彼女の強さなのだと思った。
玄関と同じように勝手口のドアも開かれていた。そして私はあることに気づく。
床に置かれた鉢植えだ。よく見れば細い根が幾つも下からはみ出している。
そしてそれは全部、森へつながる勝手口の方へ這うように絡まり合って伸びていた。
『アデリーンさん、この扉の向こうには何がありますの?』
エミリアさんの質問に私は小さな森がありますと答えた。
そして森を抜けたその奥には。
「この村の共同墓地があります……!」
そこにはライルの両親を始め大勢の人が埋葬されている。
私の台詞にエミリアさんは嫌な予感しかしませんわねと真顔で呟いた。
21
お気に入りに追加
6,090
あなたにおすすめの小説
聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。
彩柚月
ファンタジー
メラニア・アシュリーは聖女。幼少期に両親に先立たれ、伯父夫婦が後見として家に住み着いている。義妹に婚約者の座を奪われ、聖女の任も譲るように迫られるが、断って国を出る。頼った神聖国でアシュリー家の秘密を知る。新たな出会いで前向きになれたので、家はあなたたちに使わせてあげます。
メラニアの価値に気づいた祖国の人達は戻ってきてほしいと懇願するが、お断りします。あ、家も返してください。
※この作品はフィクションです。作者の創造力が足りないため、現実に似た名称等出てきますが、実在の人物や団体や植物等とは関係ありません。
※実在の植物の名前が出てきますが、全く無関係です。別物です。
※しつこいですが、既視感のある設定が出てきますが、実在の全てのものとは名称以外、関連はありません。
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました
しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。
つきましては和平の為の政略結婚に移ります。
冷酷と呼ばれる第一王子。
脳筋マッチョの第二王子。
要領良しな腹黒第三王子。
選ぶのは三人の難ありな王子様方。
宝石と貴金属が有名なパルス国。
騎士と聖女がいるシェスタ国。
緑が多く農業盛んなセラフィム国。
それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。
戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。
ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。
現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。
基本甘々です。
同名キャラにて、様々な作品を書いています。
作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。
全員ではないですが、イメージイラストあります。
皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*)
カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m
小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる