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第一章
十五話
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リンナの家も無人だった。
ただレン兄さんの時とは状況が違う。
村外れにあるその家の扉は開かれていた。
「お邪魔します」
私が代表して中に向かって声をかけてみる。数十秒待っても返事どころかなんの物音も返ってこなかった。
これはおかしい。
外出する時に鍵をかけないのはこの村では珍しくはない。
ただ近くにいないのに扉を開け放したままにしているのは流石に異常だ。
特にこの家は森の近くにある。冬でもない限りそんなことをすれば中に虫が入ってきてしまう。
『お邪魔しましょう!!』
エミリアさんの決断に従って私はリンナの家に侵入した。
今は両親と彼女の三人暮らしのその家は、やたらと青臭く土の臭いがした。
どうにもリンナの派手なイメージとは異なる。
ただそれには理由がある。
『このお宅、やたら鉢植えが多いですわね』
エミリアさんの言葉に私は頷いた。
リンナとは滅多に話さないが彼女の母親とは雑貨屋で会った時に軽く話をする間柄だ。
最近娘が植物を育てることに夢中になっていると聞かされたのはいつ頃だろうか。
花や草なら裏の森に幾らでもあるのにと笑っていたおばさんは娘を咎める気はなさそうだった。
しかし今室内にある植物は全部同種のようだが、森では見当たらない葉の形をしている
一階だけで小さくない鉢植えが五、六個ある。その内蕾がついているのは一つ。
今にも咲きそうなその姿に奇妙に心がざわつき、指先で膨らんだ赤を軽くつついた。
「タスケテクレ」
ふるりと揺れた蕾が吐き出したのは老年の男性の声だった。
「は?」
「タスケテクレ、アディ、ツマヲ、タスケ、」
それがリンナの父親の声だと気づいた途端私は腰を抜かした。
なぜ彼の声が、鉢植えの花から聞こえてくるのだ。
私の目の前で蕾がゆっくりと開いていく。リンナが持っていた皿に描かれていた赤い花を思い出した。
「ひっ、ひ……」
満開になった花の中央には小さな老人の顔があった。
それが苦悶した表情を浮かべる、リンナの父親のものだと気づいた瞬間私は意識を手放しそうになる。
「はじめましてですわ!!!」
すぐ側に雷が落ちたような衝撃が私の背筋を伸ばした。
実際に傍らにいるのは雷ではなくエミリアさんだ。
彼女の美しい顔には恐怖も嫌悪も一切浮かんでいなかった。
そしてエミリアさんは人面花に向かって丁寧に頭を下げる。
「私、ライルの知人のエミリアと申します!!必ず奥様はお救いいたしますわ!!」
それで奥様はどちらにいらっしゃるのでしょう?
そうエミリアさんに尋ねられ花の中央にある顔はぽかんと口を開けていた。
けれど、エミリアさんと暫く見つめ合った後その葉が人間の腕のように動いて勝手口を差す。
「タノ、タノミマス、ツマヲ、ムスメヲ……」
そう涙を流しながら懇願する花にエミリアさんは躊躇いなく「わかりましたわ」と頷いた。
先程私に告げたリンナを倒す覚悟など存在しないように。それが彼女の強さなのだと思った。
玄関と同じように勝手口のドアも開かれていた。そして私はあることに気づく。
床に置かれた鉢植えだ。よく見れば細い根が幾つも下からはみ出している。
そしてそれは全部、森へつながる勝手口の方へ這うように絡まり合って伸びていた。
『アデリーンさん、この扉の向こうには何がありますの?』
エミリアさんの質問に私は小さな森がありますと答えた。
そして森を抜けたその奥には。
「この村の共同墓地があります……!」
そこにはライルの両親を始め大勢の人が埋葬されている。
私の台詞にエミリアさんは嫌な予感しかしませんわねと真顔で呟いた。
ただレン兄さんの時とは状況が違う。
村外れにあるその家の扉は開かれていた。
「お邪魔します」
私が代表して中に向かって声をかけてみる。数十秒待っても返事どころかなんの物音も返ってこなかった。
これはおかしい。
外出する時に鍵をかけないのはこの村では珍しくはない。
ただ近くにいないのに扉を開け放したままにしているのは流石に異常だ。
特にこの家は森の近くにある。冬でもない限りそんなことをすれば中に虫が入ってきてしまう。
『お邪魔しましょう!!』
エミリアさんの決断に従って私はリンナの家に侵入した。
今は両親と彼女の三人暮らしのその家は、やたらと青臭く土の臭いがした。
どうにもリンナの派手なイメージとは異なる。
ただそれには理由がある。
『このお宅、やたら鉢植えが多いですわね』
エミリアさんの言葉に私は頷いた。
リンナとは滅多に話さないが彼女の母親とは雑貨屋で会った時に軽く話をする間柄だ。
最近娘が植物を育てることに夢中になっていると聞かされたのはいつ頃だろうか。
花や草なら裏の森に幾らでもあるのにと笑っていたおばさんは娘を咎める気はなさそうだった。
しかし今室内にある植物は全部同種のようだが、森では見当たらない葉の形をしている
一階だけで小さくない鉢植えが五、六個ある。その内蕾がついているのは一つ。
今にも咲きそうなその姿に奇妙に心がざわつき、指先で膨らんだ赤を軽くつついた。
「タスケテクレ」
ふるりと揺れた蕾が吐き出したのは老年の男性の声だった。
「は?」
「タスケテクレ、アディ、ツマヲ、タスケ、」
それがリンナの父親の声だと気づいた途端私は腰を抜かした。
なぜ彼の声が、鉢植えの花から聞こえてくるのだ。
私の目の前で蕾がゆっくりと開いていく。リンナが持っていた皿に描かれていた赤い花を思い出した。
「ひっ、ひ……」
満開になった花の中央には小さな老人の顔があった。
それが苦悶した表情を浮かべる、リンナの父親のものだと気づいた瞬間私は意識を手放しそうになる。
「はじめましてですわ!!!」
すぐ側に雷が落ちたような衝撃が私の背筋を伸ばした。
実際に傍らにいるのは雷ではなくエミリアさんだ。
彼女の美しい顔には恐怖も嫌悪も一切浮かんでいなかった。
そしてエミリアさんは人面花に向かって丁寧に頭を下げる。
「私、ライルの知人のエミリアと申します!!必ず奥様はお救いいたしますわ!!」
それで奥様はどちらにいらっしゃるのでしょう?
そうエミリアさんに尋ねられ花の中央にある顔はぽかんと口を開けていた。
けれど、エミリアさんと暫く見つめ合った後その葉が人間の腕のように動いて勝手口を差す。
「タノ、タノミマス、ツマヲ、ムスメヲ……」
そう涙を流しながら懇願する花にエミリアさんは躊躇いなく「わかりましたわ」と頷いた。
先程私に告げたリンナを倒す覚悟など存在しないように。それが彼女の強さなのだと思った。
玄関と同じように勝手口のドアも開かれていた。そして私はあることに気づく。
床に置かれた鉢植えだ。よく見れば細い根が幾つも下からはみ出している。
そしてそれは全部、森へつながる勝手口の方へ這うように絡まり合って伸びていた。
『アデリーンさん、この扉の向こうには何がありますの?』
エミリアさんの質問に私は小さな森がありますと答えた。
そして森を抜けたその奥には。
「この村の共同墓地があります……!」
そこにはライルの両親を始め大勢の人が埋葬されている。
私の台詞にエミリアさんは嫌な予感しかしませんわねと真顔で呟いた。
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